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十日伊予

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1568 箱庭

シンシアの本音

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 ラスの様子に、シンシアは目を伏せる。
「お気持ちはわかります」
 彼女のせりふに、ラスがかっとなる。後から後から流れる涙も拭わず、長いことうつむいていた顔を上げて、金色の目でシンシアを責めた。
「わからないよ! 君は誰も好きになったことないじゃないか! 空想ばかりで、自分で恋なんてしたことないくせに!」
 彼の罵倒に、シンシアはふっと唇に笑みを浮かべる。彼女の目は笑わない。
「ええ。空想にとどめるよう、努めましたわ。孕み袋が恋などすれば混乱を招きますもの」
 彼女がそう答え、ラスは予想していなかった返答に怯む。シンシアは嘲りを隠しもしない顔で、ラスをまっすぐ見据えた。
「あなただけが背負っているとでもお思いですか」
 シンシアの声は重く、確かだ。ラスは言葉に詰まる。シンシアは椅子に座り直し、姿勢を正す。
「私は始祖さまの血を紡いで、始祖さまの国を守るために女として生まれて来たのだと思っていました」
 膝の上、自分の腹に少し触れるように手を置き、彼女は語り始めた。
「青い目の子を生むことが私の使命でした。そのために自分の心は殺して生きてきた。少しの恋心も小さなうちに摘み取って、この血族がつつがなく続くように努力してきました。アリアドネや一部の婦女子たちには、あなたのお父上さまの権力を目当てに、あなたの恋人になろうとする者もいましたね。けれど私は絶対に嫌だった。涙を飲んだのだから、絶対に始祖さまの血をこの身で紡ぎたかった」
 シンシアの話の先を察し、ラスはばつが悪くなって彼女から目を背けた。それを「逃げ」ととらえ、シンシアの口調は更に冷たくなる。
「始祖さまの時代はもう終わり。これからは私とあなたの子をはじめとし、雷神さまの血族が紡がれていきます。不敬を承知で言わせていただきますが、これは雷神さまによる国の乗っ取りに他なりません。……悔しくて仕方がないわ」
 彼女の手が震える。シンシアは何度か深呼吸をし、自分を落ち着けようとする。ラスは彼女の声から滲む感情にいたたまれなくなり、目を泳がせた。
「ご自分のお立場と、その口で何を言うかには、慎重になることを勧めます」
 シンシアは手の震えが止まると、いたたまれない様子のラスをもう一度見据えた。
「私もばかではありません。家族を困らせないよう、望まれたことはこなします。だから今ここにいる、わかりますね?」
 そう言い、彼女はまた水差しを手にする。グラスについだ水は、今度は自分で飲み干した。空になったグラスを置くと、かなり気が落ち着いて声音も和らぐ。
「気持ちが落ち着くまで時間はかかるでしょう。ゆっくりでも構いません。現実を受け止めなさい」
「……無理だよ」
 それでも、ラスはシンシアにそう返してしまう。それがどれだけ愚かだと知っていても。
「アルバに会いたい。遠くから見るだけでもいい。本当に、彼が好きだったんだ。許されたかったんだ。だから……」
 懇願するくせにこちらを見ないラスに、シンシアは心底呆れる。
「わかりました。お父さまに掛け合いましょう。期待はしないでくださいませ」
 彼女は目をぐるりとまわし、そう答えてやる。ラスは申し訳なさそうに小さく頷き、シンシアを見られないまま目を閉じた。


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