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十日伊予

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1568 箱庭

覚悟

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 ラスとエルディム、シンシア、ネッドをはじめとする使用人たちが屋敷を発つと、玄関に残されたディアモレは肩をぐっと上げて、それから深く息を吐いてため込んだ不快感も吐き出してしまおうとする。
「……どうだ、あの方の話は。今日も元愛人のことばかりか」
 彼は腕を組んで威張った態度になり、近くにとどまっていたクリコルに声をかける。クリコルはおろおろとして「そうだ」と答えた。ディアモレがまたため息をつく。
「そうか。相変わらず聞けたものではないな。まさか兄上が役に立つ時が来るとは思わなんだ」
 ディアモレの言葉に、クリコルがパッと顔を明るくする。
「私は役に立っているか。そうか。里帰りしているマリートルトにも、彼女が帰ったら報告しよう」
「嫌味だ。それもわからんのか、愚図が」
 嬉しげなクリコルに、ディアモレが呆れて肩をすくめる。たちまち、クリコルはしょんぼりと肩を落とした。
 その時、玄関のドアを守衛の使用人がそっと開ける。守衛は困った様子で、ディアモレの顔を見ると眉根を寄せる。
「ラスさまのことで、ご来客です……」
 守衛はみなまで言わないが、その様子でディアモレは誰が訪ねてきたか察する。
「通せ。私が話を聞こう」
 昨日、跡目が生まれたことで、ザラス家の者がアルバの扱いの相談に来たのだろう。当主である父もラス本人も不在だが、次期当主として自分が対応しよう。そう思い、ディアモレは来訪を受け入れる。クリコルと別れて応接室に向かい、ソファにどっかりと座り込んで来客が通されるのを待つ。彼はアンジャンドかジーグリッドあたりが出てくると思っていたが、応接室のドアを開けたのはアルバ一人だった。
 ザラス家はアルバを匿っているはずではなかったのかと、ディアモレが目を丸くして挨拶もなしにアルバを見つめる。アルバは拳をぎゅっと握って、深呼吸をひとつすると、深々と頭を下げた。
「ラスに謝りに来ました。ラスとのことを終わらせたいんです」
 そう言うアルバの声は最初震えていたが、すぐにはっきりとしたものに変わる。ラスたちを憎む心が消え去ったわけではない。しかし、確執を捨ててでも自分の子どもを絶対に守りたい。息子には自分だけが父親なのだから。我が子を抱いた瞬間から、その思いがアルバの芯となっていた。
 ディアモレは動揺して目を白黒させていたが、やがて状況を察すると呆れてため息をつく。
「謝ってどうにかなるとでも。あの方はお前が思っているより、妄執に取りつかれておかしくなっているぞ。お前の言葉で納得させられるかなど、部の悪い賭けだ」
 彼はそう言って、アルバに「わかったなら帰れ」と手の甲を振って見せる。しかし顔を上げたアルバは、唇をきゅっと噛んでディアモレを見据え、帰ろうとしない。ディアモレはいくらかの皮肉を浴びせてみるが、アルバは少しも堪えないようで、じっとディアモレから目をそらさない。
 ディアモレはアルバをつまみ出そうとするが、思いとどまって少し考え込む。当主である父エルディムは、跡継ぎだというのにひとつもディアモレの好きにさせてくれない。それはディアモレにはひどく不満なことで、自分の才覚は跡継ぎになれなかったクリコルとそう変わらないと言われているようにすら感じている。ディアモレは、父に従うのではなく自分の力で何かを成したいと願ってやまない。そして今は父は不在で、アルバをどうするかの決定権は次期当主の自分にある。アルバを帰らせないと父からせっかんを食らうだろうことも、アルバと会えばラスがいよいよ頭をおかしくしてしまうだろうこともわかっている。それでも、ディアモレはめったとないチャンスに飛びついてしまう。
「まあ、良い。リルぺ家次期当主として、ラスさまへのお目通りを許してやろう」
 そう口にすると、ディアモレは自分が一人前だと感じて気分が良くなる。
 アルバは彼のせりふにゆっくりと頷き、これから臨むラスとの再会を思ってはぶるっと身を震わせた。
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