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1567 復讐
1年
しおりを挟むアルバがザラス家に来てから、もう一年が過ぎた。
一年も経つとアルバもザラス家での生活にも慣れ、家族との接し方がわかってきた。アンジャンドは自分の子たちはそれなりにかわいいと思っているようだが、アルバのことはうっすら嫌っていて、生活するうえでは極力関わろうとしない。妻のリリアンナはリザモンドとのことで稀に小言を言ってくるが、アンジャンドと同じで基本的には放っておいてくれる。関わらないほうがお互い楽だと気づいてからは、アルバは二人には話しかけないようにしている。
ジーグリッドには、気軽に文句を言ったり無茶ぶりをしていいと思っている。ザラス家の中で、アルバが一番親しく話せるのはジーグリッドだ。彼はアルバの無知さや物わかりの悪さでいつも呆れているものの、この一年で少しはアルバを家族として受け入れてくれたようで、態度のきつさは和らいでいる。
マリートルトはクリコルやシンシアにかわいがられ、ディアモレには恐れられて、嫁ぎ先でうまくやっているようだ。ジーグリッドは妹が時折送ってくる手紙をいつも心待ちにし、届けば口元を緩ませて読んでいる。彼女はアルバにも手紙を送ってくれる。マリートルトから来る楽しげな近況報告は、ずっと続けているラスとの手紙のやり取りで疲弊しているアルバの癒しだ。
リザモンドはちょくちょくかまってやらないと怒るので、アルバも最初は相手をしていたが、最近ではもっぱらメルに対応させている。メルには、アルバの代筆だと嘘をついてリザモンドへのラブレターを一から書かせ、ご機嫌取りのちょっとしたプレゼントを用意させ、アルバからの伝言というていで愛の言葉をささやかせている。アルバ自身でリザモンドに何かしてやると言えば、彼女と立ち話をする時に頭を撫でてやるくらいだ。アルバはリザモンドを思慕しているメルにそうさせることは少し心苦しかったが、頼んでみるとメルはすんなりと承知したので、今は任せっきりだ。
リザモンドは普段はメルの対応で納得しているが、アルバが月に一、二度ほど自分を放ったらかしで遠出をして、ジーグリッドと二人で泊まって帰ることにはひどく腹を立てる。彼がジーグリッドと出かける際には直接不満をぶつけに来るものだ。
その日もリザモンドは、馬車に乗り込んでルルトア村に出かけようとしている二人に文句を言いに来た。
「アルバさま、お兄さま!」
かかとをカツカツと鳴らし、リザモンドは鼻息も荒くアルバとジーグリッドを呼ぶ。馬車の中でその声を聞き、アルバはためいきをついた。
「お嬢さま、馬の後ろには近づいてはいけません。危険です」
彼女が不用意に馬の近くを通ろうとするのをメルが止める。しかしリザモンドは忠告をまともに取り合わない。
「どきなさい、メル。私は夫と話があるの!」
リザモンドがドレス姿で危なっかしく馬車に突撃しようとするので、メルをはじめとした使用人たちが止めに入る。アルバは面倒だと思いながらも、仕方なく馬車を降りた。ジーグリッドが彼に続く。
「リザ、馬に蹴られたら死んじゃうよ。危ないから後ろに立っちゃだめだ」
そう言って、アルバは彼女に歩み寄ってやる。彼はこの先も貴族として生きていくつもりがなく、言葉遣いや所作はメルが一年間指摘し続けても、相変わらずくだけた調子だ。
リザモンドは相当怒っているようで、アルバをきつく睨みつけた。
「またルルトアに出られるのね。貴族が下々に姿をさらして、はしたないわ。それに、アルバさまったら私を放ったらかしてお兄さまと過ごして……。私をなんだと思っているんですか! お兄さまもお兄さまよ。妹に遠慮はないの?」
矛先を自分に向けてきた妹に、ジーグリッドはため息をつく。
「今は大事な時期だ。わがままを言うな、リザモンド。事業が軌道に乗り始め、送り込んだザラス家の技術者は順調に育っている。我が家も発電所を持てる見込みが出てきたのだ。父上から許可は下りていることだ。それに、この頃はアルバもお前に対してきちんとつとめているだろう」
「それがなんだって言うのよ!」
言い聞かせてくる兄に、リザモンドが噛みつく。彼女はせきを切ったように、次から次へと文句を口にした。
「リザ!」
それにうんざりし、ジーグリッドが厳しい声を出す。リザモンドは一瞬、うっと怯んだが、すぐに態勢を立て直して彼を睨みつけた。
「お兄さまは私には冷たいのね。マリートルトが嫁ぐときにはあんなに哀れんだのに、私からは平気で夫との時間を取り上げる……」
そう言い、彼女は唇をきつく結んで不満をあらわにする。ジーグリッドは頭を抱えた。
「今はマリーは関係ないだろうが。それに前も言っただろう、マリーは子供で、お前は大人だ。分別を持て」
「分別を持つのはあなたたちです!」
ジーグリッドのせりふに、リザモンドは噴火したように怒り出す。そして、アルバにきつい視線を移すと、一番の不安をぶつけた。
「アルバさま、お兄さまとはやましいことは本当にないんでしょうね!」
顔を真っ赤にして怒るリザモンドに、アルバもため息をつく。
「ないに決まってるでしょ」
そう答え、彼は作り笑いを浮かべてリザモンドに小首を傾げてみせた。機嫌を取るために、彼女をそっと抱きしめてやる。
「出先でも、リザにたくさん手紙を書くよ。帰ったら渡すから、楽しみにしておいて」
アルバはメルに目配せをする。任せたよ、ぼくの代わりに手紙を書いてね。視線でそう伝わり、メルはこっそりと頷き返す。
「……約束ですわよ」
抱擁でちょっと気がおさまったリザモンドは、アルバの胸に顔をうずめて大人しくなる。アルバの体を抱き返したいが、はしたないと我慢した。
「はやく貴様らに子ができたら良いが……。家の存続が決まって私も家督を譲ってもらえるし、リザも子どもがいればそちらに気が向くだろう」
リザモンドを置いて出発し、馬車に揺られながらジーグリッドはつぶやく。
アルバは「そうだね」とは素直に答えられない。リザモンドを抱きしめた時、胸には愛情なんてものはかけらもなかった。愛せない女性が産む子どもを、愛せる自信はない。父親に愛されないなんてかわいそうだ。そう思い、同時に、自分が何のためにルルトア村に向かうのかも考える。復讐を果たせば、アルバの手はこの上なく汚れてしまう。その手で抱かれる自分の子どもや、触れられるリザモンドを思うと、同情なんて言葉では片づけられない感情が体中に染み渡った。
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