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1567 復讐
ラスへの手紙
しおりを挟むラスはこの頃、貴族との付き合いや街に顔を見せなくなった。アトリエにこもり、日がな一日絵を描いて過ごしている。趣味で自由に描く絵はひとつもなく、すべてが仕事の絵だ。親からの資金援助をすべて断り、自分の食い扶持と使用人の給料を稼ぐために、肖像から看板まで受けられる仕事を片っ端から受けては描いている。生きている人を描きたくないという信条も捨てて、自分の作風も殺して機械的に仕事をこなす。画家としての名義は、これまでとは違うものにした。それまでの名義は父親の影響があったから、それは捨てて新しい名義で正体を隠して働いている。
アルバの名前は、一座に謝罪に行ってからは一度も口にしていない。彼を想う資格などないと思っていた。自分にできることは、二度とアルバの人生を邪魔せず、己はしあわせになろうとしないことだけだ。ラスが仕事を詰め込むのは、生活費だけが理由ではなく、自分を追い詰めていたいという気持ちもあった。
シンシアがアトリエに訪ねてきても、ラスは顔を見せない。怪我を知られたくないし、向ける顔もない。シンシアは深入りせず、ネッドに「アルバさんからです」と手紙を預けて帰った。
ネッドに手紙を渡され、ラスは暗い顔になる。寝室で一人になり、震える手で封を開けた。どんな呪いの言葉が書かれていようと、受け止めなければならない。そうわかっていても、愛した人から憎悪を向けられるのはつらかった。
──やっぱりお前が好きだ。
手紙を開き、そんな書き出しを目にした途端、ラスの頬がばら色に染まる。彼は息をのみ、手紙を取り落とした。慌てて手紙を拾う手は、先ほどとは違う理由で震えている。ラスは恐る恐る手紙を読み直して、やがてそれを、ばくばくと激しく鳴っている胸元に押し当てた。
アルバの手紙には、ラスにまだ気持ちがあること、けれどもうまっすぐには愛せないこと、リザモンドと一緒になっても手紙はやり取りがしたいことが彼の字で書かれていた。ラスは夢かと思うが、嘘だとは疑わない。
「あ、アルバ」
手紙を抱きしめ、ラスは彼の名前を口にする。自分の腰に手をまわし、抱き寄せてくれたアルバの体温を思い出し、涙がこぼれた。またアルバの腕に強く抱きしめられたい。アルバの傷ついた心を抱きしめて、癒させてほしい。キスをして、愛を確かめ合って、お互いが生まれてきたことを肯定しあいたい。そんな気持ちが溢れ出してしまう。
ラスは涙をぬぐい、すぐに筆記用具と手紙を出した。アルバへの返事と、シンシアへ仲介を頼む手紙を用意しなければならない。ラスがペンにインクをつけた時、ネッドが部屋のドアをノックした。
「お父上さまが……」
彼は言いづらそうに、よどむ言葉で父の来訪をラスに伝える。ラスは胸が悪くなった。実家を出てから、父は頻繁にアトリエを訪ねてくる。何がいけないのかもわかっていない父親の顔など見たくはなく、ラスはいつも使用人に追い返させていた。今回だって、ネッドに「追い返して」と伝えて自分は玄関に行きもしない。ネッドは親子の仲立ちをしたい気持ちを堪え、雷神の待つ玄関に戻った。
父にはっきりと絶縁を伝えた方がいいのかもしれない。ペンを握り、ラスはそんなことを考える。黙って離れるつもりだったが、わかっていない様子だ。
父に絶縁を伝える手紙でも書こうかと、彼は紙をもう一枚出した。ペン先を紙につけるが、迷わず言葉をつづれない。手が止まり、ペンはインク溜まりを作るばかりだ。両親を心の底から軽蔑しても、生まれてからずっと愛されてきた記憶はラスをためらわせる。ラスはうめき声を上げ、書き損じた手紙をくしゃくしゃに丸めて床に放り投げた。このためらいこそ、アルバのために一番に断ち切らなければいけないものだ。彼は深く息を吐いて心を決め、新しい手紙に絶縁を書き記した。
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