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1567 復讐
ザラス家
しおりを挟むアルバはザラス邸の応接室に通される。アンジャンドが呼びつけ、応接室には夫人と三人の兄妹、執事にメイド長が集められる。ザラス家の三兄妹は、長男のジーグリッド、リザモンド、それからまだ幼い末の妹、マリートルトだ。返り血にまみれ、顔を真っ赤にして昂っている様子のアルバを見て、ジーグリッドはギョッとした。とっさに、妹たちを自分の背中に隠れさせる。リザモンドと夫人が怯えて身を引き、マリートルトは不安のままに兄にしがみつく。そんな家族に、アンジャンドがひと言ふた言、苦言を呈した。
「アルバさまは我が家を選んでくださるそうだ。これで当面は都落ちせずに済む」
彼は腕を大きく広げ、家族にそう告げる。リザはパッと顔を明るくするが、ジーグリッドは怪訝な顔をした。ぎらぎらした目つきのアルバを睨みつける。
「どういうことですか、父上。彼は御子息さまに引き取られたのでは?」
ジーグリッドが尋ねると、アンジャンドは肩をすくめた。
「私にもわからぬ。アルバさまは詳しいことを話そうとされない。彼に権力を持たせることと引き換えに、こちらの条件を全て飲むとだけ」
父の返事に、ジーグリッドは眉間にしわを寄せる。
「御子息さまは納得の上なのですか」
そう尋ねると、アンジャンドは困ったような顔をした。
「わからぬ」
「わからぬとは、父上!」
ジーグリッドが声を荒らげる。
「下手をしたら我々は最高神さまに殺されかねません! これまでもスレスレのことをしてきたのに……」
「大丈夫だよ」
不安がるジーグリッドに、アルバがぶっきらぼうに声をかけた。アンジャンドとジーグリッドが彼を見やると、アルバは乾いた血がこびりついた拳を固く握り、苦々しい顔をしている。
「誰もぼくを追いかけて来ていないから、きっとぼくのことに触れる気はもうない。あいつらがラスのことで報復するつもりなら、ぼくは今頃頭を潰されてるよ」
アルバの脳裏に、幼い頃の記憶の断片、頭を地面に叩きつけられる養父の姿が浮かぶ。憎しみは際限なく湧き出して、行き場がない。彼から滲んでくる強い負の感情に、ジーグリッドが少し臆した。
「何、アルバさまが我々の元にいらすことは、城に連絡を入れてある。上の方々が良いようにしてくださるだろう」
空気を変えようと、咳払いをし、アンジャンドは言う。彼はパンパンと手を軽く叩くと、家族を一列に並ばせる。
「皆、改めて挨拶なさい」
アンジャンドに促され、その場の者たちが一人ずつアルバに礼をする。次期当主となるジーグリッド、アルバの妻となるリザモンド、アンジャンドの夫人リリアンナ、末娘のマリートルト、執事のエンソン、メイド長のイリアの順に挨拶をしていく。挨拶が終わると、アンジャンドはまだ幼いマリートルトを自室に返し、他の者たちで今後の話をしようとする。
「あ、アルバさん!」
リザモンドが、エンソンに一家の中での身分について説明を受けているアルバに近寄ってきた。
「アルバさまでしたね。もう貴族ですもの」
彼女は頬をばら色に染めてはにかみ、アルバの腕に触れようとする。その表情がラスに重なり、アルバの胸に嫌悪が込み上げてくる。
「私、嬉しいです。あなたのことはひと目見た時から──」
リザモンドが言い終わる前に、アルバは彼女の手を乱暴に払った。リザモンドは何をされたかすぐに理解できずに固まってしまう。目元をぴくつかせたジーグリッドが駆け寄ってくる。彼はリザモンドとアルバの間に入ると、アルバをきっと睨みつけた。
「貴様、リザに乱暴をするな」
「ジーグリッド。やめなさい」
アルバに今にも噛みつきそうな息子に、アンジャンドが厳しく言い放つ。ジーグリッドがたじろいだ。その様子を見て、アルバがフンと鼻を鳴らすので、アンジャンドは彼を軽く睨む。
「アルバさまも、リザモンドにそういった扱いはされませんよう。あなたの価値は、娘たちがいて初めて成るものです」
淡々と、しかし確かな口調でアルバをたしなめる。
「我が家はもう随分と血が薄まってしまった。私の次の当主──ジーグリッドが後を継ぐ時点で、始祖さまの曾孫以上の血縁者がいなければ、一族郎党が平民に落とされる。そのために……これ以上は、言葉にせずともご理解いただけるでしょう?」
そう話し、アンジャンドがアルバに首を傾げて見せる。早く子を作れ、そう受け止め、アルバはため息を吐いた。ちらりとリザモンドを見やると、彼女はただの女にしか見えない。興奮できるとは思えない。柔らかく丸みを帯びたからだには、なんの興味もない。
「努力するよ」
それが苦痛だろうことはわかっているが、そう返事をした。
「アルバさまは貴族の作法は不慣れでしょう。まずは従者をつけなければ」
アルバをソファに座らせ、自分と息子もその向かいに座ると、アンジャンドは話を始める。
「従者には、メルをつけましょう。まだ若いが有能で、気の利く男です」
彼の言葉に、執事のエンソンが「承知いたしました」と頷く。ジーグリッドが顔を青くした。
「父上、正気ですか。アルバの従者となれば、閨事の世話までするのですよ。メルは不相応にもリザモンドを……」
ジーグリッドが父に耳打ちをする。
「だからだ。閨の仕事もすれば、奴も身の程を知るだろう」
小声で返事をし、アルバに向き直ると、アンジャンドは別の話題に移る。ジーグリッドは悪趣味だと頭を抱えた。
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