Bro.

十日伊予

文字の大きさ
上 下
170 / 241
1567 復讐

ザラス家

しおりを挟む



 アルバはザラス邸の応接室に通される。アンジャンドが呼びつけ、応接室には夫人と三人の兄妹、執事にメイド長が集められる。ザラス家の三兄妹は、長男のジーグリッド、リザモンド、それからまだ幼い末の妹、マリートルトだ。返り血にまみれ、顔を真っ赤にして昂っている様子のアルバを見て、ジーグリッドはギョッとした。とっさに、妹たちを自分の背中に隠れさせる。リザモンドと夫人が怯えて身を引き、マリートルトは不安のままに兄にしがみつく。そんな家族に、アンジャンドがひと言ふた言、苦言を呈した。
「アルバさまは我が家を選んでくださるそうだ。これで当面は都落ちせずに済む」
 彼は腕を大きく広げ、家族にそう告げる。リザはパッと顔を明るくするが、ジーグリッドは怪訝な顔をした。ぎらぎらした目つきのアルバを睨みつける。
「どういうことですか、父上。彼は御子息さまに引き取られたのでは?」
 ジーグリッドが尋ねると、アンジャンドは肩をすくめた。
「私にもわからぬ。アルバさまは詳しいことを話そうとされない。彼に権力を持たせることと引き換えに、こちらの条件を全て飲むとだけ」
 父の返事に、ジーグリッドは眉間にしわを寄せる。
「御子息さまは納得の上なのですか」
 そう尋ねると、アンジャンドは困ったような顔をした。
「わからぬ」
「わからぬとは、父上!」
 ジーグリッドが声を荒らげる。
「下手をしたら我々は最高神さまに殺されかねません! これまでもスレスレのことをしてきたのに……」
「大丈夫だよ」
 不安がるジーグリッドに、アルバがぶっきらぼうに声をかけた。アンジャンドとジーグリッドが彼を見やると、アルバは乾いた血がこびりついた拳を固く握り、苦々しい顔をしている。
「誰もぼくを追いかけて来ていないから、きっとぼくのことに触れる気はもうない。あいつらがラスのことで報復するつもりなら、ぼくは今頃頭を潰されてるよ」
 アルバの脳裏に、幼い頃の記憶の断片、頭を地面に叩きつけられる養父の姿が浮かぶ。憎しみは際限なく湧き出して、行き場がない。彼から滲んでくる強い負の感情に、ジーグリッドが少し臆した。
「何、アルバさまが我々の元にいらすことは、城に連絡を入れてある。上の方々が良いようにしてくださるだろう」
 空気を変えようと、咳払いをし、アンジャンドは言う。彼はパンパンと手を軽く叩くと、家族を一列に並ばせる。
「皆、改めて挨拶なさい」
 アンジャンドに促され、その場の者たちが一人ずつアルバに礼をする。次期当主となるジーグリッド、アルバの妻となるリザモンド、アンジャンドの夫人リリアンナ、末娘のマリートルト、執事のエンソン、メイド長のイリアの順に挨拶をしていく。挨拶が終わると、アンジャンドはまだ幼いマリートルトを自室に返し、他の者たちで今後の話をしようとする。
「あ、アルバさん!」
 リザモンドが、エンソンに一家の中での身分について説明を受けているアルバに近寄ってきた。
「アルバさまでしたね。もう貴族ですもの」
 彼女は頬をばら色に染めてはにかみ、アルバの腕に触れようとする。その表情がラスに重なり、アルバの胸に嫌悪が込み上げてくる。
「私、嬉しいです。あなたのことはひと目見た時から──」
 リザモンドが言い終わる前に、アルバは彼女の手を乱暴に払った。リザモンドは何をされたかすぐに理解できずに固まってしまう。目元をぴくつかせたジーグリッドが駆け寄ってくる。彼はリザモンドとアルバの間に入ると、アルバをきっと睨みつけた。
「貴様、リザに乱暴をするな」
「ジーグリッド。やめなさい」
 アルバに今にも噛みつきそうな息子に、アンジャンドが厳しく言い放つ。ジーグリッドがたじろいだ。その様子を見て、アルバがフンと鼻を鳴らすので、アンジャンドは彼を軽く睨む。
「アルバさまも、リザモンドにそういった扱いはされませんよう。あなたの価値は、娘たちがいて初めて成るものです」
 淡々と、しかし確かな口調でアルバをたしなめる。
「我が家はもう随分と血が薄まってしまった。私の次の当主──ジーグリッドが後を継ぐ時点で、始祖さまの曾孫以上の血縁者がいなければ、一族郎党が平民に落とされる。そのために……これ以上は、言葉にせずともご理解いただけるでしょう?」
 そう話し、アンジャンドがアルバに首を傾げて見せる。早く子を作れ、そう受け止め、アルバはため息を吐いた。ちらりとリザモンドを見やると、彼女はただの女にしか見えない。興奮できるとは思えない。柔らかく丸みを帯びたからだには、なんの興味もない。
「努力するよ」
 それが苦痛だろうことはわかっているが、そう返事をした。
「アルバさまは貴族の作法は不慣れでしょう。まずは従者をつけなければ」
 アルバをソファに座らせ、自分と息子もその向かいに座ると、アンジャンドは話を始める。
「従者には、メルをつけましょう。まだ若いが有能で、気の利く男です」
 彼の言葉に、執事のエンソンが「承知いたしました」と頷く。ジーグリッドが顔を青くした。
「父上、正気ですか。アルバの従者となれば、閨事の世話までするのですよ。メルは不相応にもリザモンドを……」
 ジーグリッドが父に耳打ちをする。
「だからだ。閨の仕事もすれば、奴も身の程を知るだろう」
 小声で返事をし、アルバに向き直ると、アンジャンドは別の話題に移る。ジーグリッドは悪趣味だと頭を抱えた。
 


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

悪役に転生させられたのでバットエンドだけは避けたい!!

あらかると
BL
主人公・日高 春樹は好きな乙女ゲーのコンセプトカフェの帰りにゲーム内のキャラに襲われ、少女によってトラックへと投げ込まれる――――という異常事態に巻き込まれ、挙句の果てに少女に「アルカ・スパイトフルとして生きて下さい」と。ゲームに似ている世界へと転生させられる。 ちょっと待って、その名前悪役キャラで最後死ぬキャラじゃないですか!!??それになぜ俺がそんな理不尽な目に合わないといけないんだ・・・!!ええっ! あっ!推しが可愛いーーーー!!と、理不尽に心の中で愚痴りながらも必死に、のんびりと気軽に過ごすストーリ(になるはず)です。 多分左右固定 主人公の推し(アフェク)×主人公(春樹) その他cpは未定の部分がありますが少し匂わせで悪役であったアルカ(受)あるかと思います。 作者が雑食の為、地雷原が分かっていない事が多いです。

学園の支配者

白鳩 唯斗
BL
主人公の性格に難ありです。

処理中です...