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1566 蜜月
チャンス
しおりを挟むラスは馬を飛ばし、アルバの泊まるホテルに急いでやってきた。アルバとダイモンにも、もう勅令は届いているようで、二人は困惑した様子でラスを出迎える。
「大丈夫だよ、アルバ。私はどうやってでも君を守る。父さんだって君のために力になるよ」
アルバを抱きしめて安心させてから、ラスはダイモンに目をやる。
「ねえ、アルバの希望通りにしてくれるよね?」
当然のこととしてそう尋ねると、ダイモンは目を泳がせた。
昼前には勅令が関係者以外にも発表され、都は混乱する。多くの貴族が「アルバを我が家の一員に」とダイモンに使者を寄越す。彼らは数え切れないほどの贈り物を急ごしらえし、使者には気が遠くなるような額の袖の下について耳打ちをさせる。貴族だけでなく、特権を欲しがる豪商たちも都に駆けつけている。この好機に乗らないのは、ラスと約束をしたシンシアたちの家くらいだ。
ラスはダイモンについて歩き、寄ってくる使者や豪商を追い払う。彼は、ダイモンは腹にいちもつあると感じていた。ダイモンが金に目をくらませないよう、他の連中がかなわないくらいの額を渡そうかと先に相談をしたが、彼ははっきりと返事をしない。それがラスの心を曇らせていた。
そんなラスの後ろを、アルバは彼のシャツの裾を摘んでついていく。ラスを信じているので不安はない。色々なことが決まった後、ラスとどうするかだけが気がかりだ。勅令が出てからはバタバタしてちゃんと話せておらず、この先アルバが旅芸人を辞めるかラスがついてくるかの結論はまだ出せていない。ダイモンに近寄る者たちを警戒してラスはピリピリしていて、今話すわけにもいかない。
ダイモンがラスたちに付きまとわれながらホテルのロビーを歩いていると、歓声と困惑の混じった声が玄関から聞こえてくる。見やると、何人もの護衛と使用人に囲まれ、三つの豪華な輿が担がれている。ラスはそれを見るなり、追い払おうと立ち上がる。すると輿の護衛たちは、ラスの身分に怯みながらも彼を押し返す。慌てて、ラスの護衛たちが彼を守ろうと飛びついてくる。彼らが揉み合いになっていると、一番豪華で大きい輿から、貴族風の男が降りてきた。
「ご無礼をお許しください、御子息さま。我が家の命運がかかっておりますゆえ」
男はラスにうやうやしく礼をすると、腰を抜かしそうなダイモンに顔を向ける。
「ザラス家の当主、アンジャンド・ザラスだ。わざわざ私自ら出向いてやったのだ、光栄に思え」
彼がふてぶてしく言うと、他の輿から恐る恐るリザモンドとジーグリッドが降りてくる。基本的に平民の前に姿を現さない貴族が三人も出てきて、あたりにはどよめきが広がった。その反応に、ジーグリッドが「卑しく愚かな民草め」と顔をしかめる。
彼らは使用人に言いつけ、ダイモンを捕まえてホテルの外に連れ出す。ラスは追いかけて止めようとしたが、安全のために自分の護衛たちに止められる。ダイモンが連れていかれてしまうと、ラスは大きくため息をついて椅子にどっかりと座り込んだ。
「当主がこんな所まで出て来るなんて、それも次期当主まで連れて。私にあんな態度だったし、彼ら、本気だ」
そう独り言を口にし、ふとアルバの顔色に気がつく。彼は何があったかわかっておらずおろおろとしているので、ラスは安心させるためにニコッと笑って見せた。
「心配しないで」
優しく言い、アルバの髪を撫でる。と、遠巻きに様子を見ていたフランマとスースが駆けてきた。
「お前、大丈夫かよ! ダイモンの野郎、貴族レベルの金を積まれたら何をするかわからねえ!」
ザラス家の登場に目を白黒させながら、フランマがまくしたてる。アルバは彼を落ち着かせようと、両の手のひらを見せて振った。
「そう騒がないの。ラスさまに本気で楯つける貴族なんていないんだし、こんな言い方は良くないけれどあの人だってラスさまの方がお金も権力もあるってわかってますよ」
スースは少し心配しながらも、落ち着いた様子だ。彼女の言葉に、ラスは困ったように頭をかいた。
「うーん、ちょっと、そこが微妙なんだよね。私も一座への融資の話はしたんだけど、反応が悪くって……」
ラスがそう言った途端、スースの目が丸くなる。彼女はダイモンが金で動かなかったのかをもう一度確かめると、頭を抱えて大きく息を吐く。
「あの人、本当に、もう……!」
呆れ返って目をぐるりと回し、スースはホテルの外へと走っていく。彼女には珍しく慌てた様子に、ラスもアルバも、フランマもぽかんと口を開けた。
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