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1566 蜜月
礼儀
しおりを挟むアルバたちは少しばかりミューズの病室で雑談をしてから、アルバの病室に戻る。すると、部屋の前にはエンリットとツィオが二人を待って立っていた。
「ああ、御子息さま。アルバさま。お加減はいかがでしょうか。実は、この子のことについてお話がありまして」
エンリットは被っていた帽子を脱いで、アルバたちに礼をする。ツィオもラスの手前ということで、頭を下げた。
アルバはラスに同意をもらった上で、エンリットとツィオを病室に入れる。エンリットからツィオに国外で働き口を与えるという話を聞き、ツィオと交わす予定の契約書も見せられ、アルバとラスは顔を見合わせた。アルバが「信じていいの?」と尋ねると、エンリットは「ラスさまにこの契約の証人になっていただきます。それで信用していただけたら」と答えた。ラスのような特権を持つ者が立ち会う契約は特別に厳正なもので、不正をすれば極刑にすらなる。それをよくわかっているラスは、アルバに「大丈夫だよ」と言った。
二人の目の前でツィオが契約書と写しに拇印を押し、契約は成立する。写しの一枚はラスに預けられた。用事が終わったので、エンリットは長居せず帰ろうとする。ツィオが働く予定の国への船便は明日なので、それまでにやることが山ほどある。
これが、アルバとは本当に最後だ。エンリットに連れられて病室を出る刹那、ツィオはそんなことを考える。ぶわっと、アルバとの思い出が彼の中に溢れ出した。兄貴、兄貴と自分に懐いてきたアルバ。一生懸命自分について回ってきたアルバ。ひたむきに、自分を好きだと言い続けたアルバ。いらついたことも腹を立てたことも事実だが、そんな彼をかわいいと思い、愛していたのも事実だ。思わず、ツィオは振り返る。最後にその気持ちだけは伝えたくてしょうがない。
アルバは、ラスと寄り添ってツィオを見ていた。アルバの腕は自然とラスの腰を抱き、ラスもそれを受け入れて彼に体を預けている。
もう、アルバは自分の言葉を求めていない。不安など微塵も感じないアルバの穏やかな表情に、ツィオはそう悟る。その言葉はアルバのためにならない。そう思い、悲しくなるのと同時に自分の浅はかさを思い知る。
ツィオは目に涙が滲むのを堪え、唇を一度強く噛んで、それから無理やりな笑顔を浮かべた。
「ありがとう。しあわせになってください」
そう言い、二人に深く頭を下げる。彼のらしくない行動にアルバは驚いた。しかし、驚くだけで肯定も否定も湧いてこない。ラスが自分の腰に触れるアルバの手の上に自分の手を重ねる。その仕草に、ラスが少し不安がっていると感じ、アルバは彼を抱き寄せてやった。
「うん。ラスとしあわせになる」
そう返事をして微笑む。ラスは何も言わないが、安心したようで表情が穏やかになっていた。ツィオは頭を上げ、一連の出来ごとに恍惚としているエンリットを連れて出て行った。
ツィオたちがいなくなってから、ラスは護衛に部屋を出るよう言いつける。
「君と私に運命があるのは……君に出会えたのはどうしてだろう。何のためだろう。そんなことを考えるんだ」
二人きりになると、彼はそんなことを言い出した。
「私はね、アルバは私をより良い人間にしてくれる存在だと思う。君といると成長できる。君だってそうだろう?」
ベッドに二人で向かい合って座り、お互いの目を見つめ合う。アルバは首を傾げた。
「わかんないよ。ぼくには難しい」
そう言い、寝具の上に投げ出されたラスの手を取る。アルバの表情は優しく、ラスへの気持ちをうつしている。
「ぼくはラスに救われてる」
アルバが目を細める。
「悲しくてつらくてさみしい人生に、ラスは優しさを取り戻してくれる。お前に出会えて、ぼくは救われたよ」
そっとラスの顔に触れ、こめかみにかかるさらさらの栗毛を指で梳く。ラスが微笑んだ。アルバは、その表情が愛おしくてたまらない。
「好きだよ」
「うん、私も。好きだよ」
お互いに気持ちを伝え合って、そっとキスをする。少し触れるだけのキスなのに、その一瞬でお互いの体が溶け合って一つになってしまうような気がした。
アルバは退院すると、役人に許可を取って一座の拠点に立ち入る。ラスは連れて来ておらず、何をするかも伝えていない。
彼は自分の馬車に残していたツィオの持ち物をかき集め、全て燃やしてしまった。そうすることがラスへの礼儀だと思っていた。
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