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1566 蜜月
決闘前夜①
しおりを挟む決闘の約束を取り付けてから、一週間が過ぎようとしている。しばらく稽古も舞台もなく筋肉が落ちていたとは言え、元々たくましいものだから、アルバは剣の重さにはもう慣れた。上手とは言えないものの、剣を振る時の危なっかしさはかなり軽減されている。
ラスはこの一週間、アルバを避けたり、遠巻きに様子を見にきたりしていた。スースの言葉からアルバを許そうとは思っていたものの、不貞を受け入れる覚悟は中々できず、彼に話しかけはしない。しかし、もう決闘前日だ。エンリットは手加減をするだろうが、真剣同士の勝負、事故が起こるかもしれない。言えなくなってから後悔はしたくない。ラスは何度も深呼吸をし、重い腰をあげてアルバの泊まるホテルへと向かう。
アルバは、ホテルの部屋のテラスに座っていた。夜の潮風が彼の頬を心地よく撫でる。明日は決闘だと考えると少し緊張してしまう。大衆の前での喧嘩は故郷で飽きるほどしてきたが、一座に入ってからは血が出るような喧嘩はめっきりしていない。なまっている上に、相手は得意で自分は慣れない武器もある。彼は息を吐き、一度大きく背伸びをした。
と、部屋のチャイムが鳴る。アルバはダイモンだろうかと思い、「入って」と大きな返事をする。
「……話がある」
そう言って部屋のドアを開けたのはラスで、アルバは心臓が止まりそうになった。ラスは明日の激励に来た、決闘のことで注意をしに来た、マッツィオのことで改めて怒りに来た、別れを言いにきた……一瞬の間に、さまざまな考えが頭をかけ巡る。嫌な想像に顔を青くするアルバに、ラスは小さなため息をついた。
彼はまだ怒っている心を理性で押さえ付け、アルバに歩み寄る。逃げ出したくてたまらないが、逃げ場などないアルバは、ただ立ち尽くすばかりだ。そんな彼のすぐ傍まで来ると、ラスは苦々しい顔を垣間見せる。それから、アルバの首に腕を回して抱きつき、触れるだけのキスをした。
「え……」
アルバが目を丸くする。ラスは彼の顔をまともに見れず、その首元に顔を埋める。
「……私も少し悪かった」
たくさん悩んで、考えて、伝えようと決めたことを口にする。
「昔の恋人とはもう完全に終わっていると思っていたから、話しても平気だったんだ。でもそれがアルバを不安にさせてたんだね」
ラスの言葉に、アルバは動揺した。あ、あ、と言葉にならない声を漏らし、うろたえる。ラスはひどく喉元がむかむかするが、我慢してまた口を開く。
「君を許すよ」
そう言われ、アルバの青い目はこれ以上ないほど見開かれた。それは心の底から望んで、けれど決してもらえないと思っていた言葉だ。思わず「なんで」とつぶやく彼に、ラスはより強く抱きつく。
「君に私を信じてほしいから」
正直に、そう答える。
たちまち、アルバは泣き出しそうになる。ラスの深い愛情を──そこに依然嫌悪があろうとも──彼に触れた全身で感じられるようだ。あれだけ怒っていたのに、自分を軽蔑していたのに、ラスは許してくれた。ばかな自分を受け入れてくれた。気がつけば、アルバは泣き出している。ラスが好きだ。自然と、そんな感情を掴み取っている。好きだ。好きだ、好きだ。好きでたまらない。
アルバは溢れ出す感情を伝えたくなるが、ぐっと堪えた。今はまだその資格はない。マッツィオとのことを精算して、全て終わらせてからだ。
「ありがとう」
これが終われば、絶対に伝える。アルバはそう心に決め、感謝だけを口にする。
「二度としないでね。私はすごくつらかったんだ」
「うん」
「次があれば君を去勢する。私は本気だからね」
「うん」
「わかってるの? 冗談じゃないよ」
「わかって返事してるよ。ぼくはラスを傷つけるような欲なんかいらない」
「……今言ったこと、忘れないでね」
「忘れない。もしぼくが次にラスを裏切ったら、殺したっていいよ」
アルバはラスを強く抱きしめる。ラスは居心地が悪く、しかし同時に、久々に触れたアルバの体温にほんの少しの愛おしさも感じていた。
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