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1566 蜜月
懇願
しおりを挟む二人が駆けつけると、ホテルのロビーで騒ぎになっていた。
「アルバ、助けてくれ! 旦那さまに殺されちまう!」
ウェイドの手を借りて屋敷から逃げてきたツィオが、アルバにしがみついてなりふり構わず懇願している。ただでさえあざや傷だらけなのに、無理をして開いた傷の血が包帯に滲み、ツィオは目も当てられない風貌だ。旅団のかつての一員の変わり果てた姿に、悲鳴をあげてしまう者も少なくない。
「俺のこと好きだろ⁉︎ なあ、愛してやるから! お願いだ、助けてくれ!」
目をかっ開き、ツィオが叫ぶ。ウェイドもすがりつきはしないが、ツィオのすぐ傍で頭を下げている。その様子を見て、ラスは胸を悪くした。あんなことをしておいて頼みにしてくるツィオへの怒りと、怒りのままに行動して彼を痛めつける結果にさせたことへの罪悪感が混ざり、感情がめちゃくちゃになりそうだ。
アルバはツィオをあからさまに嫌がりながらも、はねつけはしない。その怪我の酷さに、彼の言葉が本物だとわかる。どうしたらとあたりを見渡すと、ラスと目が合った。それまでは目も合わせてくれなかったのに、ラスはじっとアルバを見返す。その目は誠意を求めていると、アルバにもすぐわかった。
「ラス、ぼくはこの人を好きじゃない」
ツィオを自分から引き剥がし、アルバは歩み寄ってくるラスにはっきりと告げる。ツィオとウェイドの顔に、絶望が浮かんだ。ラスが二人を見て、一瞬、悲しい表情を見せる。それを見逃さず、アルバはまた口を開いた。
「でも、見殺しにはできない。人を殺せるぼくじゃ、お前と一緒にはいられないと思う」
それはとっさの決断で、しかし口に出すとアルバには確かな思いになる。パッと、ツィオの顔が明るくなった。
「マッツィオの気持ちはいらない。『兄貴』とはこれっきりだ」
彼が誤解しないよう、アルバは厳しく言う。そして、自分の隣に来たラスとしっかり向き合った。
「……私が嫌って言ったら?」
ラスは眉をひそめて目を開き、恐る恐るアルバに尋ねる。アルバはちょっと迷って、「見捨てるよ」と頷いた。
ツィオも、ウェイドも恐怖に打ちひしがれてラスを見る。彼の一言で、自分たちの未来が決まる。体の痛みなど、感じている余裕はない。二人の心臓はばくばくと早鐘を打った。
「……私はこの人が嫌いだ。本当に大嫌いだ。汚らわしくて、かわいそうな人だと思うよ。助けるのは一人だけでいいじゃないか、そう心から思ってる」
ラスが目を伏せた。
「でも、そんな感情で命を見捨てさせたら、それこそ私は愛する人に顔向けができる人間じゃなくなる」
そう言い、「助けてあげて」と首を小さく縦に振った。アルバはしっかりと頷き返して、ラスに触れようと手を伸ばす。しかし、それは彼を傷つけるかもしれないと、思い止まった。ツィオを抱いた自分には、ラスに触れる資格などない。はっきりとそう感じ、口をつぐむ。
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