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1566 蜜月
後悔
しおりを挟むタバコの香りでアルバは目を覚ます。頭がずきずきと痛んで、気分が悪い。昨晩は飲みすぎた。裸の体で寝返りを打つと、服を着たツィオがベッドに腰掛けてタバコをくゆらせているのが見えた。彼が自分に向ける背中の傷を、アルバはぼんやりと眺める。しばらくそうしていると、ふとツィオが振り返る。アルバはその途端、我に返った。
「ぼ、ぼく、なんてことを」
慌てて起き上がり、自分の体を抱く。酒で薄れた記憶の中に、ツィオの肌触りは確かにある。アルバは額に汗が伝うのを感じた。ラスの落胆する顔が浮かび、彼に捨てられたくないという恐怖が襲ってくる。大丈夫、ラスはきっと許してくれる、ぼくを愛したままで……何度そう自分に言い聞かせても、それは甘ったれた妄想だと思い知らされる。
アルバはすがるようにツィオを見た。彼は、ニタニタと笑ってアルバを見返す。その表情に、ツィオは自分を陥れたのだとアルバは悟った。自分に向けたくない怒りが、彼に向かう。
「なんであんなこと! ぼくをそそのかしたな!」
そう叫んで飛びかかろうとするアルバの頬に、ツィオは唾を吐いた。動揺し、アルバの体が固まる。頬を拭くこともできない。
「誘いに乗ったのはお前だろ」
ひどくショックを受けているアルバに、ツィオは言う。
「俺が尻を振って見せたら飛びついて、猿みたいに盛ってよ。お前みたいなばかな男、御子息さまが飼い犬以上に思うわけがないだろ。お前とあいつじゃ釣り合わないよ。所詮は貴族のお遊びだ。いつか必ず捨てられる」
ツィオは続ける。その顔は紅潮し、暴言でアルバを征服していることへの快感に満ちている。ツィオは嬉しげに微笑むと、アルバの頬を拭いてやった。
「でも俺はお前をずっと好きでいてやれるよ」
アルバの耳元に顔を寄せ、ささやく。彼の体を抱きしめると、欲情のままに彼の背筋を撫でた。ぞくっと、アルバの体が震える。
──なんでこんな人のこと、好きだったんだろう。
そんな思いが、アルバの心にはっきりと生まれる。あんなに愛して、求めて、すがった人は今や醜悪を丸めてできた生き物のように思える。いや、それまで気が付かなかっただけかもしれない。
後悔がアルバの身体中に染み渡る。彼は自分の体から、ツィオの細い肢体を引き剥がした。文句を言うツィオには目もくれず、急いで服を着てしまうと宿を飛び出す。
「アルバ!」
と、宿を出たところでラスと鉢合わせした。護衛を引き連れてアルバを探しに来ていたラスは、彼の姿を見とめると安堵の表情で駆け寄ってくる。
「大丈夫⁉︎ 探したんだよ、心配させないで!」
ラスがアルバに抱きついた。彼の胸元に顔を埋め、力一杯抱きしめる。アルバは何も言えず、突っ立ったままだ。何かを言えば、ぼろが出てばれてしまうかもしれない。
ほっとした顔で、ラスがアルバの目を見ようと顔を上げた。その瞬間、金色の眼が絶望に見開かれる。その視線の先には、ツィオがわざとアルバの首筋に残した赤い痕があった。
「……あの人に会ってたの?」
震える声で尋ね、アルバから離れる。アルバは胸がギュッとなった。まるで靴の中にでも押し込められたように、心臓が速く脈を打つ。背後からは、宿から出てきたツィオの押し殺した笑い声が聞こえる。
「ご、ごめんなさい」
アルバはそれしか口にできない。ラスが目元をぴくつかせた。
「なんで謝るの……」
彼自身、その理由はわかっている。しかし尋ねずにはいられない。
ラスの顔に、嫌悪と軽蔑がありありと浮かび上がる。アルバはたまらなくなって、許しを請おうと彼に手を伸ばした。すると、ラスはバッと身を引いて、その手を避ける。
「汚い」
そんな言葉が、ラスの唇から転がり出た。アルバの目に涙が滲む。
「穢らわしい、気持ちが悪い。触らないで。近寄らないで。顔も見たくない」
ラスは溢れる言葉を喉に留められない。アルバはショックを受けて、涙をこぼした。「泣きたいのはこっちだよ」と、ラスがうつむく。
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