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1566 蜜月
父の望み
しおりを挟むその夜、ラスは両親の屋敷にいた。父の書斎で、父とアルバのことについて話している。
「国祖神にアルバのこと、かけあってくれてありがとう。父さんと国祖神は仲が悪いのに、ごめんね」
彼は一座の営業停止の際に助けてくれたことに礼を言う。父──雷神は「ラスのためなら」と頷いた。
「母さんには言わないでね。心労をかけたくない」
何かとアルバを気遣ってくれる母を心配して、ラスが雷神に頼む。雷神はまた頷き、それからためらいがちに口を開いた。
「……噂は聞いているぞ」
父のそんな言葉に、ラスがビクッと体を震わせる。屋敷から出ない母とは違い、父には知られているだろうとは思っていた。言及されることはなかったが、いつかは話さなければとラスも覚悟はしていた。しかし目の前で口に出されると、覚悟などは吹き飛んでしまう。額には汗が吹き出してくる。雷神は目を細め、優しく息子の頭を撫でる。
「遊ぶのは構わないが、いつかは落ち着いてくれ」
穏やかに雷神が言う。ラスは深い悲しみが心に押し寄せるのを感じた。父には、アルバは「遊び」にしか思えないのだ。
「父さんたちが出会ったのは、母さんがラスより少し年上の頃だな。ラスもそろそろ、素敵な女性を見つける頃だ」
息子の胸中も知らず、雷神は続ける。
「家庭はいいぞ、ラス。私はドナに出会って愛を知って、ラスが生まれて幸福を知った。千年の隠居生活なんて比べ物にならないくらい、お前たちとの二十年ほどは価値がある」
嬉しげに話す父に、ラスは胸が痛くなる。うつむき、深呼吸を一つした。
「……父さんたちには、たくさん困難があったんだよね」
ラスのつぶやきに、雷神は微笑む。
「そうだな。種族の違いだとか、身分の違いだとか。だから私はドナの生涯を守り抜くと誓ったんだ」
雷神は、ドナを失っていた期間のことは言わない。ドナに口止めされているし、雷神自身も息子には知られたくない。最愛の妻を弟に傷つけられてその子どもまで産ませられ、挙げ句の果てに他の男に妻にされていたなど生涯で何より恥ずべきことだ。弟──国祖神はよく雷神を愚鈍な男と罵ったが、彼は全くその通りだ。アルバが何者かなのかすら見当がついていない。
「……いつか、心から好きな人を紹介するよ」
ラスは顔を上げ、笑顔を作って見せた。受け入れてくれるのなら、アルバに本気だと言ってしまいたい。しかし父には無理だろう。恋人を父に否定されたくなく、父をがっかりさせたくもないラスには、今はまだ勇気がない。父の無邪気な望みが辛い。
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