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1566 蜜月
連れ込み宿
しおりを挟む翌晩、アルバはツィオと横丁の酒場にいる。昼はラスと会って、彼が帰ってからこっそりホテルを抜け出して横丁にきていた。ツィオの指定の酒場ではほとんど飲まず、すぐにいつもの酒場に連れて来られる。
「マッツィオのほらが本当だったなんて」
「思ってたのと違うな。案外普通の雰囲気だ」
酒場の客たちがじろじろ見てくるので、アルバはフードを深くかぶる。ツィオの行きつけと連れて来られたが、天井から嬌声が漏れ聞こえてくるこの店は居心地が悪い。それに、あんなふうに自分を捨てておいて何もなかったように振る舞うツィオの態度も気味悪かった。
ツィオは近況を聞くこともなく、自分のことを話すこともない。二人でゲームをして、負けた方がショットグラスを一気飲みするという遊びをしていた。ゲームは、詩を交互にそらんじて詰まった方が負けだったり、言葉に合わせて決まった本数の指を立てて間違えたら負けだったりといった内容だ。酒場でよくそういう遊びに興じているツィオとルールすら初めて知るアルバでは、アルバが圧倒的に不利だ。アルバは何杯もショットをあおり、どんどん酔っていく。体格が良いせいか人より酒には強い方だが、その許容範囲を超える量を飲まされている。
「も、もう無理だよ」
テーブルに突っ伏して、アルバはショットグラスを寄越してくるツィオにそう言う。顔を真っ赤にして酩酊しているアルバを見て、ツィオは「もういいか」と小さくつぶやいた。ふらふらのアルバを無理やり立たせ、肩を貸す。
「上、使う」
彼がそう言うと、店主は「エンリットさんにせっかんされても知らないぞ」と言いながら、二階の部屋の一つの鍵をツィオに投げて寄越す。
「大丈夫、俺が他に咥え込んでも旦那さまは気にしないからさ」
ツィオはニヤニヤと笑い、鍵を受け取った。アルバは鈍った頭で意味も理解できないまま、声だけを聞いている。
連れ込み宿の部屋は狭く、ベッドとコート掛けがあるのみだ。部屋に連れて来られたアルバは、何もわからないままにベッドに転がされる。ツィオはぼんやりとしている彼の上にまたがった。
「俺、お前のこと好きだったよ」
引きつった笑みを浮かべるツィオに、アルバはようやくことを理解する。一瞬の喜びと、大きな後悔が胸に押し寄せた。こういうことを簡単に予想できるのにツィオに会ったのは、ラスに嫉妬をさせて振り向かせたい一心でだ。ツィオとの行為はままごとの道具のように思えていたが、いざそれが現実味を帯びると「ラスへの裏切り」という意識が強くなる。ツィオに求められて喜ぶ心がないわけじゃない。しかし、一線を超えるつもりはない。
「だめだよ……!」
アルバは、自分の鼠蹊部を滑るツィオの手を掴んで止めた。
「ラスが……」
眉をひそめてそうつぶやくアルバに、ツィオは胸が悪くなる。鼻先が触れるほどにアルバに顔を寄せて、その目をじっとりと見つめてやった。
「お前、本気で愛されてるとでも思ってんのか?」
ハハっと笑い声を漏らし、そうささやく。
「どうせ坊ちゃんは今頃、貴族の女でも抱いてるぜ?」
その言葉に、アルバが泣き出しそうな表情になった。ツィオを否定しようとぶんぶんと頭を横に振ると、酔いが更に回って気持ち悪くなる。
「俺は旦那さまの近くで暮らしてんだ。ああいう連中が何を考えてるかはよく知ってる。あいつらは可愛がってるだけだ」
「そんなこと、ない、ラスは……」
不安を抱きながらも信じようとしないアルバに、ツィオは唾でも吐き捨ててやりたくなる。そんな苛立ちは隠して、猫撫で声を出した。信じないのなら、方向を変えてそそのかしたらいい。
「嫉妬させてやればいいじゃねえか。他の男に取られそうになったら、御子息さまはお前に本気になるぜ? 男ってのは手に入ったもんには興味をなくすが、失いそうになると途端に必死になるもんだ」
すらすらと言葉を吐き出して、アルバの頬を撫でる。もう一方の手はアルバの腹をなぞり、するりと股間に滑っていった。
「なあ、いい思いさせてやるから」
「……だめだよ……」
アルバは、今度はツィオの手を掴まない。ツィオの手のひらは、酒で調子の悪いそれをなまめかしく触っている。エンリットの好きな触り方をしてやると、アルバが小さな声をあげた。ツィオはニヤニヤ笑い、アルバの肌に口付けをする。
酒が入っていても、本気で抵抗しようと思えばできるだろう。二人の体格差では、ツィオがアルバを抑えるなどできない。しかし、アルバは拒まなかった。それは不安で、それから欲だ。
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