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1566 蜜月
ほら話
しおりを挟むツィオの行き先は、都に程近い歓楽街だ。と言っても彼が立ち入るのは、歓楽街の中でもアンダーグラウンドな領域だ。男女のべつまくなしの売春がはびこり、男性同士向けの連れ込み宿や、アブノーマルな玩具や違法なものを扱う商店が立ち並ぶその横丁くらいしか、ツィオのような者を受け入れる場所はない。表通りとは違い薄暗く湿っていて、ねずみがうろつくそこはお世辞にも居心地がいいとは言えないが、屋敷にいるよりは気が落ち着いた。
エンリットとよく使う連れ込み宿の一つ、その一階にある酒場にツィオは顔を出す。事情のありそうな客たちの奥、バーカウンターの中から、店主が酒焼けした声をかけてくる。
「坊や、今晩はご主人さまはいないのかい」
「旦那さまは仕事だからさ。いつものやつと、強めの一杯くれよ」
カウンターの席に座り、ツィオは店主にふてぶてしく手を差し出して見せる。店主は細いタバコを一本彼に握らせ、カウンターにびっしりと並べたウイスキー瓶の中から度数の高いものを取った。ツィオがポケットのオイルライターでタバコに火をつけると、店主が彼の前にぶっきらぼうにロックのグラスを置く。礼の代わりに、ツィオはニタッと店主に笑って見せた。
「聞いたか? スキャルソンの一座が営業停止だとさ」
隣で男娼をはべらせていたスキンヘッドの男がツィオに話しかけてくる。そのスキンヘッドの男も、男娼も、ツィオには顔馴染みだ。スキャルソン、その名前にツィオは顔をしかめた。
「地方での落胤さまの商売が、貴族さまの怒りを買ったらしい。落胤さま、御子息さまの愛人だろ。それで御子息さまは愛人に難癖つけてきた貴族と対立してるらしいぜ」
ツィオが嫌がっているのをわかっていながら、スキンヘッドはわざと続ける。隣ではなよっとした男娼がくすくすと笑っている。
「落胤さま、ねえ。あいつはそんな大層な男じゃなかったよ」
そう言ってツィオは薄ら笑う。
「俺がいないと何にもできねえ。世間知らずで、甘ったれのぐずだ。俺が振ったら大泣きさ」
「まーた始まったよ、マッツィオのほら話」
彼の話を遮り、スキンヘッドが馬鹿にしてくる。彼に腰を抱き寄せられ、男娼がきゃははと甲高い声を上げる。
「エンリットさんみたいなのならともかく、落胤さまがこんな赤毛に夢中になるなんて。御子息さまの気にいるような男だぞ、それ相応に綺麗な顔でもしてるだろうに」
「そうそう、マッツィオと比べるのなら、俺の方がよっぽど見てくれはいいさ。お前みたいなのは、俺たち『かげま』の間では到底やってけないよ。エンリットさんに拾われたのを幸運に思うんだな」
スキンヘッドだけでなく、男娼までが一緒になってからかってくる。ツィオは腹を立て、「エンリットに言いつけてやろうか」と二人を脅す。怖い怖いと、スキンヘッドが笑い飛ばした。
気分が悪くなり、ツィオはカウンターに金を置くと酒場を出る。夜風に傷がひりひり痛むので、麻酔入りの軟膏を買おうといつものポルノショップに向かった。その店はアダルトグッズを幅広く揃え、男性同士用の潤滑剤からサディストのための玩具、その後始末の道具まで取り揃えている。このあたりでは一番大きなポルノショップだ。
酒場からしばらく歩いて向かうと、店は普段とは様子が違うようだった。店前にはたくましい男が二人立っていて、物々しい雰囲気だ。がたいのいい男などこのあたりにはいくらでもいるが、その二人はこの薄暗い横丁には相応しくない物々しい佇まいがある。身なりからして警護のものだろうが、雰囲気がただの金持ちの護衛には見えない。エンリット以上の……貴族につくような護衛であってもおかしくないだろう。
「ねえ恥ずかしいよ」
護衛たちに尻込みしてツィオが店に入れずにいると、フードを被った背の高い男が店から出てくる。その懐かしい声に、瞬間、ツィオは息をすることも忘れた。
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