Bro.

十日伊予

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1566 蜜月

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 ぽつりと頬に雨が落ちる。アルバが曇った空を見上げると、また数滴の雨が降ってきた。朝から小雨かと顔をしかめ、彼は近くのテントに入る。そこでは、芸人たちがさいころでの博打に興じていた。今日のように公演が休みの日には、芸人たちの間で賭博の催しが開かれる。彼らはアルバを見て、よそよそしく挨拶をするとまたさいころを振り始める。歓声と悲鳴が同時に上がった。アルバはその隅で雨宿りをしようとしたが、芸人たちの中にフランマがいるのを見つけるとそちらに行く。
「ビヨンドさん、もうだめですってば。この前もオケラにされたじゃないすか。懲りてくださいよ」
「いいや、今日はいける!」
 フランマは、先輩芸人のビヨンドが博打にのめり込んでいるのを止めようとしている。ビヨンドは目をぎらつかせて、後輩のお小言など聞く気は無いようだ。彼はアルバがこちらにきていることに気がつくと、うるさい後輩を追い払うのにちょうどいいと、フランマにアルバの相手をするよう言いつけた。フランマは「知りませんからね!」と言い放ち、ビヨンドから離れる。
「ったく、ビヨンドさんも困ったもんだ。負けたら負けたで俺に当たってくるのによ、あの人。上下の付き合いのないお前が羨ましいよ」
 頭をかき、寄ってきたアルバに愚痴をこぼす。テントの柱にもたれかかると外を覗いた。まばらに雨が降っている。
「この前は嵐だったけど、今日の雨は大人しくていいな。この調子じゃすぐにやみそうだ」
「そうだね。このところ雨が多いし、都も雨季に入るのかな」
 アルバは彼の足元に座り込む。これから雨季だと考えると気が重くなる。
「何言ってんだよ、こっちの地方には雨季なんてねえよ」
 プッと、フランマが失笑した。
「ここらは年中あたたかい地域だ。雨は一年を通して降るから、地元みたいに雨の集中する時期はない」
「本当! よかった、雨は嫌いなんだよ」
 彼の言葉に、アルバが顔を明るくする。父を亡くしたトラウマももちろん、家を持たずに市場で暮らしていた頃は雨季が一番つらかった。
「あっちはもう雨季に入ったところかな」
 フランマは故郷を懐かしむ。そろそろ故郷より一座の旅で過ごした期間の方が長くなる彼だが、故郷の暑い日差しとからっとした空気、それから雨季のほの暗い空気感は今もしっかりと思い出せる。巡業で故郷のある地方を訪れるのは、彼の数年に一度の楽しみだ。
「じゃあ、ぼくも二十三になるのか」
 指を折って数え、アルバがつぶやく。彼は雨季に生まれた。ひどい嵐だったと父のナャが語っていたのを思い出す。
「へえ、お前がうちに入ってもう三年か。色々あったな」
 フランマは郷愁から返り、アルバを見やる。出会った時、彼はまだ二十歳だった。彼の「色々」という言葉に、アルバは顔をしかめた。そこにはきっとツィオのことが含まれている。
「お、近頃の色々が来たぞ」
 アルバを呼ぶ声がして、フランマがそちらを見やる。スースに連れられたラスが、こちらに大きく手を振っていた。空はまだ晴れていないが、雨はもうほとんど降っていない。アルバはフランマに断って、ラスの方へ駆けて行く。その口元は嬉しげに緩んでいる。
「おはよう、アルバ。今日も会いにきたよ」
 アルバの手を取り、ラスが微笑む。雨のことも忘れて、アルバはエヘヘと笑い返す。自分が来たことに喜んでくれる彼に、ラスは優しい気持ちが溢れてきた。アルバは、このところ素直でいてくれる。
 彼の体調が良さそうなので、都を散歩しようと、ラスはアルバを街に連れ出す。街に向かう間に空は晴れてきて、あたりは明るい。アルバは雨の気配が薄れて上機嫌だ。ラスはそんな彼の様子を見て、ある提案を切り出した。
「ねえ、お願いがあるんだ。貴族の子たちがアルバもお茶会に呼んでほしいって言ってて、来てくれないかな?」
 都の公園にある大きな池で、ボートに乗った時にラスは言う。
「貴族に会っていいの?」
 首を傾げるアルバに、彼は困ったように眉を寄せる。
「なんていうか、彼女たちは特殊なんだよね。彼女たちには会っておいた方がいいっていうか……」
 言い淀み、その先の言葉を見失う。珍しくためらいがちなラスを不審に思ったが、アルバは首を縦に振った。
「いいよ。連れてってよ」
 彼の返事に、ラスがほっとした顔をする。お茶会の日にちをアルバに確認して、参加が決まってしまうと胸を撫で下ろす。アルバは訳がわからずに首を傾げっぱなしだ。
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