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十日伊予

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1566 蜜月

その日の夕方

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 夜の公演を控え、スースはジャグリングの芸人たちに化粧をしている。アルバはその隣で、彼女の仕事を眺めていた。彼の耳元には新しい耳飾りが光る。
「それで、どうなったよ」
 舞台化粧を終えたフランマが、アルバに声をかける。朝にラスを探しに出たアルバが夕方に明るい顔で戻ってきたものだから、大体の察しは付いているが、本人の口から聞きたかった。
「ええと、仲直りできたよ」
「許してくれたのか。御子息さまも心が広いもんだ」
 アルバの答えに、フランマは穏やかに笑う。アルバは胸がぎゅっとなって、思わず「ありがとう」とつぶやいていた。
「おう、次はやらかすなよ。それから、礼は付き人にも言っておけ」
 フランマはそう言うと、先に化粧を終えた先輩芸人たちの方に行く。アルバはしばらくその背中を見つめ、やがてスースに目を移した。彼女はミューズの目の周りを黒く囲っているところだ。集中の必要な作業のようで声をかけづらく、アルバが困っていると、不意にミューズと目が合う。ミューズは気まずそうな顔になり、何か話さなければと話題を探し始めた。先輩であるフランマと仲が良く、今でこそ舞台に立てないが地方巡業に戻れば売れっ子のアルバにはご機嫌取りをした方がいい。裏では彼をばかにしているが、面と向かうとミューズはそんなことを考える。
「その、耳の……」
「口閉じて」
 彼が口を開いた時、スースはアイライン用の筆を口紅用の筆に取り替える。ミューズを黙らせると、彼の口を鮮明な赤色で塗り始めた。
 ミューズへの化粧でジャグリング芸人たちへの仕事は終わる。次は手品師だと立ち上がるスースに、アルバは慌てて付いていく。
「ねえ、スース」
 化粧品の入った大箱を抱えてつかつかと歩いていく彼女に、アルバは声をかけた。
「ありがとう。ラスとやり直せた」
「ええ、よかったです」
 急いでいるようで、スースの返事はどこか荒っぽい。アルバが耳飾りのことも伝えようとした時、鈴の転がるような声がスースを呼んだ。声のした方を見ると、舞台衣装に身を包んだリッカが向こうのテントからこちらを見ている。
「スース! 顔のペイントがよれたわ! 直してちょうだい!」
 彼女の化粧は大きく崩れている。スースはたちまち、テントの方に駆けて行った。
「まあ、姐さん。すぐに直しますねえ」
 大箱を探り、ペイントと同じ色の化粧品を出す。
 テントには女性だけのようでアルバは入れてもらえない。リッカとスース、珍しい組み合わせだな。そんなことを考えながら、外に座り込んでぼんやりする。ふと自分の耳元を触ると、ラスのまぶしい笑顔が浮かんできた。宝石店でラスが一生懸命選んだ、小さな琥珀のついた耳飾り。彼はアルバにも選ぶように言ったが、アルバにはデザインも石の良し悪しもわからないし、ラスの選んだものならなんでも嬉しかった。
「ふふ……」
 アルバがにやにやと笑う。まだうまく掴めないが、ラスへの気持ちは彼の心を大きく占めている。



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