113 / 241
1566 蜜月
ラスの花
しおりを挟むラスはしばらくアルバの顔を愛おしそうに眺めている。彼の耳にピアスホールを見つけると指で触れた。
「今日は何もつけていないんだね」
時折、彼は舞台用の耳飾りをつけているが、今日は外しているようだ。アルバは彼の手の上から自分の耳に触れた。
「ああ、邪魔だし。穴が塞がるから舞台がない時も時々つけてるけど、しばらく忘れてたや」
アルバははにかむ。ラスのことで頭がいっぱいで耳飾りのことなどすっかり忘れていた。
目を伏せて、ラスは少し考え込んだ。それから、いいことを思いついたと、明るい笑顔をアルバに見せる。
「ねえ、普段つけても邪魔にならないように、小さな耳飾りを買わない? 私も同じものを買って、一緒につけたい!」
「私もって、お前、穴ないだろ」
「あけるよ! 今から買いに行こう!」
彼はこともなげに言う。アルバはその調子に苦笑いした。一座に入った折にピアスホールをあけたアルバは、針を向けられるのが嫌で暴れてツィオに怒られたものだ。そんなアルバとは正反対のお坊ちゃま育ちにも関わらず、ラスはまったく怖がっていない。実際に針を耳たぶに当てる様子が想像できていないのか、肝がすわっているのか。ふふ、と、アルバの唇から笑みが漏れる。
ラスはくんくんと自分の腕を嗅ぐ。田舎育ちのアルバにとってはたいしたことはないが、毎日風呂に入るラスにはひどいにおいだ。
「すぐお風呂に入ってくるよ。ネッド!」
使用人の離れに声をかけて、風呂の用意を言いつける。ネッドはすぐに若い使用人を連れて出てきて、庭の隅にある煙突のついた小屋に入っていく。
「風呂、家の外なんだ」
小屋の中に大きなかまを垣間見て、アルバがつぶやく。金持ちの屋敷はたいてい、家の中に風呂がある。
「いいでしょ。海を見ながらお湯に浸かれるんだ」
ラスが自慢げに答えた。小屋には、海に面した壁に小窓があり、そこから海を眺められるようになっている。彼がこのアトリエを建てた時にこだわったポイントの一つだ。
ネッドが若い使用人とかまに水を張り、かまの下にあるかまどに火を入れている。ラスはアーチを呼んで、アルバにお菓子とお茶を振る舞うように言った。
「それじゃあ、しばらく待っていてもらってもいい?」
「ああ、うん」
ラスが風呂に行き、アルバはアーチにダイニングまで通される。
アーチはアルバの生まれと、ラスとの関係が気になるようで、あれこれと聞いてくる。値踏みするような彼女の態度が気に食わず、アルバはてきとうに返事をしてあたりを見回す。ダイニングにはラスの身長に合わせた特製のテーブルと椅子が二脚置かれており、テーブルの上には繊細な刺繍の入ったランチョンマットが並んでいる。レースのカーテンがかかった窓際には、ラスの趣味だろう、小さな熊のぬいぐるみや焼き物のオブジェ、そして黄色い花を一輪いけた花瓶がある。
「綺麗でしょう? お坊っちゃまのお名前は、この花からとられたんですよ」
アルバが花を見ていることに気がつくと、アーチは嬉しそうな顔になる。
「ラスの花はお日様の昇る方向いて咲くんです。明るいお坊っちゃまにぴったりのお名前! 奥方さまもご主人さまも、本当に良い名前をつけられたこと」
彼女はそんなことを、ぺちゃくちゃと喋る。アルバはその話を半分も聞かず、ラスの花に見入っていた。故郷では見たことのない、色鮮やかな黄色の花びら。大ぶりに咲いたその花は、窓ガラスから差し込む陽の光をさんさんと受けてひどくアルバを惹きつける。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
悪役に転生させられたのでバットエンドだけは避けたい!!
あらかると
BL
主人公・日高 春樹は好きな乙女ゲーのコンセプトカフェの帰りにゲーム内のキャラに襲われ、少女によってトラックへと投げ込まれる――――という異常事態に巻き込まれ、挙句の果てに少女に「アルカ・スパイトフルとして生きて下さい」と。ゲームに似ている世界へと転生させられる。
ちょっと待って、その名前悪役キャラで最後死ぬキャラじゃないですか!!??それになぜ俺がそんな理不尽な目に合わないといけないんだ・・・!!ええっ!
あっ!推しが可愛いーーーー!!と、理不尽に心の中で愚痴りながらも必死に、のんびりと気軽に過ごすストーリ(になるはず)です。
多分左右固定
主人公の推し(アフェク)×主人公(春樹)
その他cpは未定の部分がありますが少し匂わせで悪役であったアルカ(受)あるかと思います。
作者が雑食の為、地雷原が分かっていない事が多いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる