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1566 蜜月
ラスの遍歴
しおりを挟む二人が付き合い始めて、一ヶ月が経とうとしている。
ラスが一座を訪れると、アルバはフランマと話しているところだった。他愛もない話でけらけらと笑っている二人に、ラスはあえて声をかけず遠巻きに見守る。やがてフランマがラスに気がつき、アルバの背中を叩いて迎えに行かせた。
「なんだ、来てたなら声かけろよ」
腕にべったりとくっついてきたラスに、アルバが言う。ラスは「んーん」と首を横に振った。何なんだよ、とアルバは唇を尖らせる。
「今日はどうする?」
空を見上げて、アルバが尋ねる。今日は空が低くて、雲が厚い。嫌な天気だ。
「街に行こうよ!」
曇天を跳ね返すように、ラスの調子は明るい。アルバは目元を緩ませ、ラスの頭を撫でてやった。
都に着く頃には小雨が降り出していた。役人に傘を二本渡され、ラスはその片方をアルバに渡す。背が高い二人は、並んで傘をさすとより大きく見えて目立つ。傘を持っているとくっつけないと、ラスが不満を垂れた。
雨が降り出したことに不安を覚え、アルバはいつもより口数が少ない。空模様は嵐の気配を抱いていて、軽い閉塞感に襲われる。ラスを喜ばせたくて街まで来たが、本降りになる前にさっさと帰ってしまいたい。
嵐の日に父を亡くした彼は、水だけでなく雨も嫌っている。ちょっと降るくらいには平静でいられるのだが、どしゃ降りの時は布団にくるまって怯えるしかできない。大雨の日は公演が中止になるから、そういう時はいつも寝床に潜って、隣で過ごすツィオの気配を頼りにやり過ごしていた。
「良いお湿りですね」
不意に、すれ違った若い女がたおやかに声をかけてくる。アルバは鬱々としていた気持ちも吹っ飛んで、彼女と、明るく挨拶を返すラスとを交互に見た。見た目には、彼女はそう裕福でも身分が高いわけでもない街娘のようだ。普段なら、普通の街娘があんなに軽々しくラスに声をかけることはない。
「今の何?」
嫌な予感がして、アルバは尋ねる。ラスは水たまりを避けて歩くのに気を取られ、彼の様子に気がつかない。
「ああ、雨の日の挨拶だよ。雨は国祖神の恵みだから、喜ばないと。地方では言わない?」
「そうじゃないよ。今の誰?」
予想する答えが帰ってこないように、アルバが祈る。
「前の……その前の彼女かな?」
しかし、ラスは何の気無しにそんな答えを返した。
「街の子だよ。付き合ったはいいけど、身分の違いでお互い疲れちゃって。でもいい子だったよ。別れる時も、玉の輿にこだわらずサッと身を引いてくれたし……」
彼がぼんやりと話すことに、アルバは吐き気を覚える。
「ラスは何人と付き合ったの?」
聞きたくないと思いながらも、尋ねてしまう。ラスは小首を傾げ、「んー……」と考え込んだ。頭の中で、それまでの恋人を一人一人思い出していく。
「わからない! 数えたってしょうがないよ」
やがて数えるのをやめ、あっけらかんと言った。アルバの顔が青くなる。
「なんでそんな、いっぱい」
「私の妻になりたがる人はたくさんいて、昔は来るもの拒まずだったから。今はさすがに好きな人とだけだよ。たくさんの女性を傷つけてしまったし、痛い目もいっぱい見たもの」
そう言い、ラスはようやくアルバを見た。そこで初めて真っ青なアルバの顔色に気がつき、たちまち慌てだす。
「顔色が悪いよ! 大丈夫? どうしたの?」
「雨が嫌いなんだ」
ラスの元恋人の話が嫌だったとは言えず、アルバはそう答える。ラスは悲しそうな表情になって、連れ出したことへの謝罪を口にした。
「もう帰ろう。馬車を借りるね。そうしたら濡れないよ」
そう言い、近くの商店の軒下に彼を連れていく。そこで雨宿りしながら、店主に役人を呼ぶように言いつける。アルバは気持ちを言えないまま、静かに震えていた。
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