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1566 蜜月
父の話
しおりを挟む「うーん、それだけ?」
アルバが尋ねる。ラスの話には拍子抜けだ。ラスの調子から、もっと恐ろしい話をされるのかと身構えていたが、なんてことはない。自分が貴族になれるかもしれないということは漠然と知っており、今回の話はそれを具体的に聞かされただけだ。貴族が自分を狙うだろうことは初耳だが、ラスが守ってくれるから大丈夫だろうと大事に捉えない。
「嫌じゃなかった?」
ラスがアルバの顔を覗き込む。アルバは全く気にしていない様子で、静かに首を横に振った。
「別に。ぼくは実の父親のことは嫌いじゃないよ。父さんが、特別な生まれを誇りなさいって育ててくれたから」
彼の心に、生まれの話をしながら髪をくしけずってくれた優しい父が浮かぶ。アルバが恨憎むのは自分たちを捨て父を死に至らしめた母親のみで、他の家族は悲しみこそあれど愛している。それは種親に対してもそうだ。
「というかそもそも、国祖神ってなんなの? 育ての父さんは『人じゃない身で、人の上に立たれる、素晴らしいお方』って教えてくれたけど、それ以上はわかってなくって」
そう尋ね、アルバは首を傾げる。彼が気にしていないようで、ラスはほっとして穏やかに笑った。
「国祖神は神族の一員だよ。本当の名前は雨神。雨を司る神さまだ」
アルバの手を自分の両手で包み込むように握る。
「神族は人が存在する前からこの世にいて、人より優れた種族だ。不老不死で、それぞれに不思議な力を持っていて、見た目も人とは違う。信仰のない地域では、神さまたちを巨人族って呼ぶ人もいるね」
彼の話に、アルバは人の数倍の背丈を想像する。もしかしたら肌の色は青や緑で、腕も何本もあるのかもしれない。そう思うと、ラスの母親はすごいな、と下世話なことを考えてしまった。
ラスは続ける。
「神族には強さと生まれの順に順位があって、私の父さんが一番上なんだ。二番目が国祖神。だから色々とややこしいんだよね」
「ええと、ぼくらはどういう立場?」
ふとアルバが口を挟んだ。
「人だよ。神族の血をどれだけ濃く継いでも、人が混ざってる限りは人でしかない」
ラスの答えは淀みない。アルバはまた首を傾げた。
「うーん、わからない」
「いいよ、わからなくて。私たちは人、大事なことはそれだけだ」
それはラスの信条だ。アルバは首を傾げたまま、うーんとうなる。
「大体わかった……と思う。要するに、ぼくは狙われるってことでしょ? でもそれならラスは? 襲われないの?」
そう尋ねられ、ラスは「ああ」と声を漏らす。
「今はそういうことはないかな。何かあれば父さんが来るし」
いつも少し膨らませているポケットに手を入れ、中身を出して見せる。メモ、鉛筆、数本の小さな絵の具とパレット、護身用の小さな武器がいくつか、それから小さな金属の塊を見せた。
「これを持っていたら、父さんは私がどこにいるかわかるんだ。体に通っている電気の動きで、私が極度に緊張したり怪我したりしてもすぐにわかる。そうなったら、雷が落ちる速さで私の元に飛んでくる」
ラスの話を、アルバはほとんど理解できない。聞いたこともない言葉を言われても、何一つ想像がつかない。
「電気って何?」
「うーん、雷の正体って言えばわかりやすいかな。すごい力のことだよ」
彼の質問に、ラスも首を傾げた。
「明かりやぬくもりになって、遠くに声を届けることもできる。人間の頭が体を動かすのにも使う。父さんは電気の神さまで、私が生まれて都に住み始めてからはその力を人々のために使ってるんだ。この十八年で、都はすごく発展したんだって。今はまだ家を明るくしあたり電話を使ったりできるのは貴族くらいだけど、そろそろ都の人々も使えるようになるって、父さんは言ってた」
アルバはいまいちわかっていない様子だが、ラスは大好きな父の偉業を話すことで気がたかぶり、彼の様子を見て話さなくなる。
「母さんの故郷は冬が厳しくってね。だからそういうところに電気を届けて、寒さで死ぬ人がいなくなるようにするのが父さんの目標なんだ」
「へえ、立派だね」
よくわからないまま、アルバが頷く。「でしょう!」とラスが鼻を膨らませると、ふと、アルバの頭の向こう側に一機の飛行船が見えた。
「見て! 飛行船!」
それを指差し、ラスは黄色い声をあげる。
「試験飛行、今日だったんだ。あれも電気を使って飛ぶんだよ」
アルバは振り返ってそちらを見やり、息を呑んだ。見たこともないほどの大きな楕円の風船が、空高く浮かび上がっている。気球くらいはこの旅路で見たことがあるが、それとは比べ物にならないサイズだ。馬車の下でも何人かが飛行船に気づいたらしく、ちょっとした騒ぎになっていた。
「もう数年もすれば、貴族が使うようになるだろうね。十年もすれば市民が乗り始めると思う」
うっとりとほおを赤らめて、ラスは言う。
「その時は、一緒に乗って世界を回ろうよ」
そう言われ、アルバは少し面食らう。あんなものに自分が乗るなど、微塵も思い付かなかった。彼はしばしラスを眺めていたが、やがて優しい気持ちになって微笑んだ。
「そんなのしなくていいよ。ぼくはもうあちこち巡業で回ってるもの」
穏やかに言い、そっとラスの手を握り返す。それはアルバの精一杯の勇気と信頼で、「お前といられたらいい」なんて伝えるには、それはまだ拙すぎる。
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