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1566 蜜月
アトリエ
しおりを挟む「見て、ここ」
今度は、地図の上、海岸沿いの観光地を指差して見せる。海岸線は、ツィオと生き別れたあの街の国際港から続き、都では大きな港を玄関口とした一大観光地になっている。その繁華街から少し離れ、大小さまざまな宿が海沿いに立ち並ぶ地区にラスのアトリエがあった。
「あそこが私のアトリエ。去年建てたんだ。絵の仕事をしている時はこっちで寝泊まりしているから、私の家みたいなものだよ」
地図から顔を上げ、ラスが観光地の方角を見やる。アルバも見やったが、都の向こうに小さく海と、船が点々と見えるだけで他はよくわからない。
「そういえば、お前、幾つだったっけ」
アルバが尋ねる。ラスが「今は十八。建てた時は十七だね」と答え、アルバは目を丸くした。
「大人になりたてでもう家を持ったのか。金持ちの子はすごいな」
感心して、そんな言葉が口から溢れる。アルバの故郷では、十八歳や十七歳の男は成人こそしていても家庭を持ち始めたばかりの年齢で、そのほとんどは親兄弟と同じ家に住んでいる。そもそも、家を一から建てられるのはよっぽど甲斐性のある者くらいだ。
「私のお金だけで建てたよ」
ムッとした顔でラスが言う。
「これでも、絵の仕事はたくさんもらえてたんだから」
彼の言葉にアルバは首を傾げる。てっきり、ラスは親の金で暮らしており仕事はしていないものだと思っていた。この頃、何ヶ月もアルバの元に通っている間、彼は日がな一日遊んでばかりで仕事の気配などない。
「ここずっと、ぼくと遊んでばかりだけど、仕事は忙しくなくなったの?」
「今は仕事の絵は描いてない。父さんの七光りで売れるのは、何だか疲れちゃった」
アルバの質問に、ラスは少し悲しそうな顔になった。しかし、それをアルバが察する間もなく、彼は明るい調子になって話題を変える。
「アトリエの寝室には、好きなものをたくさん飾ってるんだ」
そう言い、指折り数えながら飾ってあるものをアルバに紹介していく。昔飼っていた犬に似た陶製の人形、海岸で自分で拾ったはかない色味の貝殻たち、何度も読んで表紙がぼろぼろになった本、家族で旅行した先で買い集めた雑貨たち……。そして最後に「アルバにもいつか見てほしいな」と小さくつぶやく。
「いいんじゃない? いつかじゃなくて、明日にでも連れてってよ」
アルバが間髪入れずに返事をして、ラスはハッとした。気が緩んでつい言ってしまったが、「寝室に入れたい」と遠回しにでも伝えるなんて、ラスにとってはひどくはしたないことだ。まだ付き合ってそう日も経っていないのに。アルバは気が付いていないようで、頬をうち赤くしたラスにきょとんとする。
「最近は座長も口うるさくないし、外に出てもいいと思う」
そう言うアルバはのんきな調子だ。彼が寝室のくだりを気にしていないとわかり、ラスは胸を撫で下ろした。「そうだね」と返事をし、そっとアルバの目を覗き込む。
「じゃあ、明日は一緒に街に行こうよ。アトリエはまた今度にしよう」
そうして、愛おしげに目を細める。ちゃんと順序を踏んで、彼を大切にして、思い出を増やしていきたい。
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