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1566 蜜月
家
しおりを挟むアルバが自分の馬車の屋根に登る。下から、ラスははらはらとそれを見ていた。
今日は都周辺の地図を持ってきたラスに、アルバが高いところから地図と街を見比べたいと言い出し、馬車に登るに至っている。故郷で市場暮らしをしていた頃は、逃げ道の一つに店々の屋根を使っていたこともあり、アルバは平気な顔で馬車の上にいる。しかし、好き勝手をしているとはいえお坊ちゃま育ちのラスには、はしごもないのに不安定な屋根に登るなんてできっこない。
「ほら、来いよ」
アルバは上からそう声をかけてくるが、ラスは困ってもじもじとするばかりだ。ラスが「できないよ」と尻込みをしているので、アルバは彼に手を伸ばしてやる。
「ぼくが引き上げてあげるから。おいで」
ためらいなく差し伸べられた彼の手に、ラスはドキッとする。両親以外は、ラスにそんなことはしない。それは、ラスがアルバに惹かれる理由の一つだ。
ラスは何か言おうとして、しかしすぐににっこりと笑ってその手を取った。彼が車輪を足場にして危なっかしげに体を持ち上げると、アルバが彼の腕を引っ張って引き上げる。腕だけ引くと肩が外れてしまうから、ある程度登ってきたら彼の背中にもう一方の腕を回した。抱き寄せるようにして、屋根の上へと持ち上げる。力の入った筋肉が背中に密着し、ラスはそのたくましさにどきどきとした。
「それで、お前の家がどこだったっけ」
ラスが登ってしまうと、アルバは屋根の上に地図を広げる。アルバの腕は、ラスを自分の傍に引き寄せるように、彼の腰を抱いている。それはラスが落ちてしまわないようにと、アルバのちょっとした気遣いだ。妹にしていたように、ひどく自然にそうしている。
「……そうだね」
ラスは嬉しげに口元をほころばせ、アルバにくっついた。それから地図を指差し、アルバに説明を始める。
「両親と暮らしている家はこっち。ここの森から、この川までがうちだよ」
都は中心に貴族の居住地、その真ん中に城があり、それを囲むように都市が発展している。ラスの実家はその中心地から外れた郊外にあるものの、その土地はべらぼうに広い。
アルバは地図を眺め、それから顔を上げて実際の場所を探す。ラスが「あっちだよ」と指差してくれた先に、小さく屋敷が見えた。遠くに見ているから小さく見えるが、その屋敷が豪邸であろうことはその大きさでもよくわかる。エンリットをはじめとした、これまでに見てきた豪商の屋敷などちゃちく見えるほどだ。
「使用人さんはいるけど、基本は家族の三人暮らしだから、あんなに大きくなくていいんだけどね。役人や貴族の都合でああなってるんだ」
隣でラスがはにかむ。
「父さんはこの国で一番偉いからね。国民にも、他の国にも、父さんの身の周りのものはこの国で一番いいものとして受け取られる。国にはそういう体裁があるんだ」
アルバが「ふーん」と返事をする。彼が自分の話をちゃんと理解していないことに苦笑し、しかしそれがなぜか嬉しく、ラスはふふっと笑った。
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