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1566 蜜月
公言
しおりを挟むまだ開演までには時間があり、大テントの周りには人が多い。都だけでなく、近くの街々から訪れている人々でごった返しだ。その中を、ラスはアルバと手を繋いで歩いていた。フードで顔は隠しているものの、目を引くほどの長身は隠しきれないアルバに、この辺りでは知らない者はいないような御曹司のラス。その二人が指を絡めて手を繋いでいるものだから、すれ違う皆が信じられないという顔になる。
フードの下、アルバの顔には満足げな笑みが浮かんでいた。ツィオは決して人前で恋人らしいことはしてくれなかったから、ラスの行動は嬉しくてたまらない。さっき恋人になったばかりで気分は高揚しており、そこら中に「ラスはぼくのものだ」と自慢してまわりたい。見せつけたい。そうしたら胸に残る不安だって消し飛んでくれるに違いない。そんな願いを、ラスはなんてことなく叶えてくれる。ツィオがしてくれなかったことを思い出してしまうと胸が翳るが、それ以上にラスが自分との関係を言葉でも態度でも認めてくれることが嬉しかった。
ラスは誰の目も気にならないようで平然としている。自分の行動に何一つ疑問はない。フードを覗けば、アルバだって顔をほころばせている。ラスは絶対的な自信を持っている。
二人は手を繋いだまま、出店を見て回る。やがてラスが舞台裏を覗きたいと言い出したので、アルバは彼を調理場に連れて行ってやった。ラスは芸人が控えている舞台裏も身たがったが、そちらは雰囲気がピリピリしていてとても入れたものではない。
事情を知っている下働きたちは、いつも以上にべったりとくっついている二人を見ると、一般客がそうするよりずっと驚いた表情を見せた。揚げ鍋につきっきりだったり、出店にものを運んだりするのにてんてこ舞いしながら、皆、チラチラと二人を見やっている。下働きの一人などはアルバたちに気を取られすぎて熱い油に触ってしまい、「ぎゃっ」と悲鳴をあげた。
衛生管理に何人かで立ち寄っていた、ダイモン付きの下働きたちは、これ以上ないほど目を白黒させる。
「ええと──」
ダイモン付きの下働きたちは、眉をひそめてお互いの顔を見やる。ダイモンに報告するため二人に事実確認をすべきなのだが、その確認を無言で押し付け合っていた。ここで下手に確認しようものなら、他の下働きに報告までさせられる。ラスとアルバの浮ついた雰囲気。その理由を伝えたのなら、ダイモンは憤慨するに決まっている。とばっちりを喰らうかもしれない。
「何、見てるの。言いたいことでもある?」
占い師の件について話していた下働きを見つけ、アルバは勝ち誇ったように笑う。ここぞとばかりに、他の下働きたちが彼らをアルバの方に押しやった。
「そのー……何かありましたか?」
若い方の一人が恐る恐る尋ねる。貧乏くじを引かされた彼らは、ひどくげんなりしている。アルバは自分で応えようとして思い直し、口をつぐむとラスの方を見た。「ん」と、ラスから伝えるように促す。彼の口から言ってほしい。
「私たち、お付き合いをすることにしたんだ!」
屈託なくラスが言った。
「今日から私はアルバの恋人」
「恋人」という言葉を心なしか強調し、思いっきり引いている下働きたちに言い聞かせる。「いやー」「困りますよ」としどろもどろにつぶやく目の前の下働きに、小首を傾げて見せた。
「何か困るの? 私が間違いだと思う?」
ラスのそんな言葉に、下働きは萎縮して何も言えなくなる。また、アルバの胸に違和感が生まれた。
「お前なあ」
あっけらかんとしているラスに、呆れた声をかける。けれどそれ以上はうまく言葉にできず、ため息を一つつくだけだ。ラスはきょとんと彼を見て、アルバがそれ以上何も言わないので、また下働きたちに目を戻す。
「君たちには、先入観を挟まずにいてほしいな。前みたいにおしゃべりしたり、楽器を聴かせてもらったりしたい。アルバと付き合ってるからってできないわけじゃないでしょ?」
にこやかな表情で皆に言う。下働きたちは──アルバとの噂が出るまで仲が良かった者たちも、苦笑いを返すしかできなかった。
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