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1566 蜜月
傷つきたくない
しおりを挟む彼の期待も虚しく、戻ると、ラスは落ち着いた様子でスースと話していた。何か建設的な話でもしているのだろう、少し険しくて真面目な顔をして、その目はまっすぐにスースを見ている。スースは愛おしむような、懐かしむような表情で彼に向かっている。
たちまち、アルバは絶望に支配された。口先だけだ、ぼくを好きなんかじゃない。頭の中で誰かがささやいて、まるでそれがこの世の全てのように思わせてくる。ラスはぼくなんてどうでもいい。好きなんて嘘だ。本当に好きなのはスースだ。そうだ、スースはきれいで女なんだ。ラスが彼女を好きになるのは、ごく自然すぎる。
アルバの目に涙がにじむ。突き放されたような気持ちで胸がいっぱいだ。その気持ちの底からは怒りが生まれてくる。スースのことが好きなくせに、ぼくを愛してくれないくせに、ぼくを好きなふりをしている、許せない──。アルバにとっては、自分の考えが世界の道理だ。
ふと、ラスがアルバの姿に気づく。ほっとした顔になって、アルバに手を振った。アルバにはそれさえ彼が自分を弄んでいるように見える。こぼれそうな涙を我慢するため、唇を強く噛んだ。
「お前、もう帰れよ」
そう吐き捨てて、自分の馬車に帰る。ラスは今度は追いかけてきたが、馬車の扉を勢いよく閉めて拒絶した。寝床に潜り込み、両耳を強く押さえてラスの声が聞こえないようにする。これ以上傷つきたくない。ラスはしばらく馬車の外から声をかけてきているようだったが、どれだけの時間が経ったかわからなくなった頃に静かになった。
アルバはツィオのシャツを抱きしめてうとうととしていたが、浅い眠りは馬車をノックされる音で醒めた。バッと跳ね起きるが、すぐに恐怖が脊髄を這い上がり、彼はまた布団に潜る。ノックしたのがラスだったとして、ここで喜んで心を開いてしまえば傷つけられるに違いない。
「晩御飯ですよぉ」
扉の向こうからスースの声がする。それから、コトっと皿が置かれる音がした。
はあ、とアルバは息を吐く。傷つけられるのは嫌なのに、ラスではなかったことが悲しく思えてしまう。なんでお前がと、スースにまた怒りを抱いた。スースが食事を運んでくるのはいつものことなのに、ラスと一緒になって自分を弄んで、弱った自分を笑いにきたのだという妄想がどんどん発展していく。
「アルバさん」
スースが再び声をかけ、彼はビクッと体を震わせた。彼女から次に出てくる言葉が恐ろしい。
「あの方ね、あなたのこと大好きよ」
アルバが耳を塞ごうとした瞬間、そんな言葉が飛び込んできた。
「あなたに笑ってほしいんだって」
弄ぶにしては、彼女の声はひどく優しい。アルバはほんの少しその言葉を信じたくなったが、すぐにそんな気持ちを振り払った。
「信じるもんか」
信じたい。けれど、信じて裏切られたくない。
鼻をすすり、アルバは自分の体をきつく抱きしめる。捨てられることが何より怖かった。
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