Bro.

1566 蜜月

ラスの身分

　それ以来、ラスは毎日のようにアルバに会いに来るようになった。
　身分の高いラスが気に入っている旅芸人という話が広まり、旅団はこれまでにないほど盛況だ。しかしダイモンは弱り果てていた。普段の何倍もの売り上げを数える姿は、ひどく老け込んでいる。ラスとアルバが何かやらかさないか、毎日気が気ではない。他の旅団員は、ラスの身分を気にして彼がいるだけで疲れたり、彼の態度で身分差への意識が薄れて自分から話しかけるようになったりと、さまざまだ。
　アルバはというと、妙なことに、顔色が良くなっていた。相変わらずラスに心を開くことはない。いつもいつも嫌味なまでに明るく押しかけてくるラスに疲れてもいる。しかし、彼が来ることで生活は整っている。ラスは昼前から遊びに来て、日が暮れるまで居座る。アルバは朝になればラスを迎えるために叩き起こされ、日中はずっとラスの相手をし、夜は疲れきって泥のように眠る。ツィオを思って泣いても、そうして夜を明かすことはなく、やがて疲れが勝って眠りに落ちる。そのおかげで、思いがけず生活が規則正しくなってきた。日がな一日布団の中にこもって時間もわからない暮らしから一転、朝起きて日を浴びるようになってアルバの顔色はずいぶん良くなっている。気持ちとしてはげんなりしているが、前よりかは健康的だ。
　アルバは疲れと、言いようのない彼へのむかつきでわざと不躾な態度をとっていた。敬語を使わないのは当たり前で、ラスをあしらったり話を流したりすることもあれば、「うるさい」「やめろ」などと彼を必要以上に拒否することもある。しかしそうすればするほど、ラスはアルバを気に入ってしまう。
「私は最高神の息子なんだ」
　ラスは自分の身の上をそう説明する。
「神族にも位があって、私の父さんが一番偉い最高神、その次席が国祖神。父さんはこの国のことに関わらず隠居してたけど、私が生まれたのをきっかけに都に住み始めたんだ。でもこの国は国祖神のもので、国を動かす王族貴族もみんな国祖神の血を分けてる。そんなところに国祖神より高位の父さんが入ってきたものだから、ややこしくてね。今は私たちは特例貴族ってことになってる。身分は高いけど政治には関わらないって立ち位置」
　アルバはその話に興味がなく、身分制度への知識も薄いのでほとんど聞いていない。ラスは続けた。
「私には実際の貴族たちみたいにしがらみがないから、自由に生きていきたい。けれど、どうしても周りにとって私は貴族みたいなんだ」
　そう言い、ふとアルバに嬉しそうな表情を向ける。
「でも君は違う」
　金色の目をきらきらさせて、アルバをじっと見た。その色が苦手で、アルバは顔を背ける。
「アルバは私を高貴だと思ってないでしょ？」
「思ってるけど」
　彼が高貴だとは心にもないが、意地悪のつもりでそう答えると、ラスはケラケラと笑う。
「もー、素直じゃない。私を貴族だと思っていたとしても、高貴だとは思ってないよ。普通のむかつく男だと思ってる」
　ラスの言葉に、アルバは図星をさされて顔を赤くした。
　彼はラスが貴族だということは知っていたが、理解はしていなかった。ある程度の教育を受けていたら、貴族とただの金持ちの決定的な違いは直感的にわかる。しかし、身分の概念も行き届いていないほどの田舎で育ったアルバにはそれができない。自分の血筋のことだって、舞台に立って客たちから称賛されても実感はないままだった。他の旅団員たちのように「芸人として」人気があるのだと思っていたほどだ。
「アルバは思ったままに私に接してくれる。それが嬉しい」
　ラスはアルバの手を握ろうと腕を伸ばす。べたべたとしてくる彼にはいつまで経っても慣れず、アルバは一歩下がってかわした。ラスは悲しそうに目を伏せるが、すぐに柔らかい笑顔を見せる。
「君に好いてもらえるともっと嬉しい。どうやったら喜んでくれる？」
　そう尋ね、小首を傾げる。
　なるもんか、好きになったらお前はぼくを捨てるに決まってる。そんな言葉を飲み込み、アルバはうつむいた。