Bro.

十日伊予

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1566 蜜月

やつ当たり

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 アルバは自分の馬車の中、布団に潜り込んでじっとしている。ツィオを失ってからはずっとそうして過ごしている。トイレと、たまに強制的に水浴びに連れ出される時以外は常に布団の中だ。食事はスースが馬車の入り口まで運んでくれる。ツィオが残していったものはみんな枕元に置いていた。その中でも彼のシャツは、ずっと顔を埋めているものだから、アルバの涙が染み込んで汚くなっている。
 初回公演が始まったようで、舞台で流す音楽や客の歓声が聞こえてくる。アルバがぼんやりしていると、不意に誰かが馬車のドアをノックした。アルバは返事をせず、ただ横たわっている。
「……公演、見にいったらどうかしら?」
 ドアの向こうから、スースのあっけらかんとした声が聞こえてくる。
「気分が少しは晴れますよう」
「何、急に」
「あなたのお世話をしないでいいものかと言われたので」
 スースは冗談っぽく言う。アルバは胸が悪くなり、押し黙って布団を頭からかぶった。スースはそれだけを言いにきたらしく、すぐに彼女の足音が馬車から遠ざかっていく。
 アルバはしばらく一人悶々とする。スースは食事を持ってくる時も、ノックをして置いていくだけでろくに話しかけてくれない。それはアルバがずっと彼女を避けてきたことが大きな原因だ。にも関わらず、一人になってしまったアルバは、スースにすら話しかけて欲しいと思ってしまう。それほど寂しい。
 ──話しかけられたのに、すぐいなくなってしまった。やっぱり自分は愛されないんだ。
 去っていったスースのことを考えると、ツィオの言葉がよみがえる。胸が押し潰されそうだ。どうにかその痛みから逃れようと、アルバは布団から抜け出た。スースを追いかけて捕まえて、本当は自分と話したかったと言わせたい。
 アルバはスースを探しに馬車を出る。しかし、どこに姿をくらませたのかスースは一向に見つからない。しかも、拠点が設営されてからまともに出歩いていないものだから、テントの配置がわからずに迷ってしまう。スースが見つからないことに半分悲しみ、もう半分はいら立ちを覚える。それをぶつける相手もいないまま、彼はやみくもに歩き続ける。アルバがテントの間を抜けて猛獣使いの檻のあたりに出た頃には、興行はもう終わっていた。
 檻の前では、背の高い男が何やらごねている。
「だから、いけません! 舞台裏をお見せしているだけでも充分に特別なんです。これ以上は危ない!」
 猛獣使いは困り果てた顔で、男に強く言う。隣のダイモンも、彼を丁重に止めようとしていた。しかし、男──ラスは「でも」と引き下がらない。
「触らないと質感がはっきりわからないじゃないか! 私なら大丈夫、何かあっても絶対に父さんには言わない。ねっ、いいでしょ? 触らせてよ」
 ラスは檻の中の猛獣を見やる。猛獣は見慣れないラスに気を立てて、うなり声を出している。
「だめです! 何かあってはいけません!」
「だから、何かあっても私だけの秘密にするってばー!」
 彼らの押し問答は続く。それを目の前にして、アルバのいら立ちは最高潮に達していた。何だこいつは、ぼくがこんなに苦しんでいるのに、能天気な。そんな思いふつふつとわき上がる。
「いい加減にしろ!」
 気がつけば、アルバは怒鳴っていた。彼の指はビシッとラスを指している。
「だめなものはだめなんだよ! いい年してごねるな!」
 彼の言葉に、猛獣使いも、ダイモンも青ざめる。しかしラスだけは、まるで恋にときめいたように頬をうち赤く染めた。
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