Bro.

十日伊予

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1564 旅路

小さい男

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 顔をぐしゃぐしゃに濡らし、ひっくひっくとしゃくりあげながら、アルバは野営地をうろつく。噂はすっかり広まったようで、彼を見てヒソヒソ話す者もいれば、からかってくる者もいる。アルバはそれを相手にすることなく、ただひたすらにツィオを探す。ダイモンに冷めると言われたことがひどく不安で、一刻も早くツィオに謝って許されたいのに、彼は自分たちの馬車に帰ってきていなかった。もう夜の公演も終わり、下働きたちはそれぞれの持ち場で片付けや食事の準備をしている。アルバはツィオの友人たちの持ち場も見てみたが、彼はどこにもいなかった。不安な気持ちに行き場がなく、涙が止まらない。アルバは泣きながら歩き続ける。
「おい、ここにいたのか、アルバ」
 まだ舞台衣装のままのフランマが、彼を見つけて声をかける。アルバはちょっとフランマを見やり、すぐにうつむいた。
「お前、こんなに泣いてどうするんだよ。ほら、今日はもう寝床に戻って大人しくしてろ。また落ち着いたら皆の誤解を解こうな」
 フランマはアルバに駆け寄り、呆れ半分、心配半分といった表情で彼の顔を覗き込む。親しいとは思っていないものの、普段からよく話すフランマに優しく接され、アルバは気が緩んで更に涙を溢れさせた。
「あ、兄貴がいないよお」
 ぼろぼろと頬に落ちる涙を一生懸命拭い、震える声で訴える。フランマはツィオを求めるアルバにも、アルバから隠れているだろうツィオにも心底呆れて、目をぐるりと回した。
「わかった、俺が明日連れてきてやるから」
「やだ、今会わないと。すぐ謝らないと。兄貴に嫌われちゃう。一緒に探してよ」
 何度も首を横に振り、アルバはツィオに謝りたいと懇願する。痛々しいアルバに、フランマはうっと怯んだ。ちょっとためらい、やがて口を開く。
「お前ばっかり謝ってておかしいだろ」
 できるだけきつい言葉にならないよう、気を遣って話す。
「あいつ、ちょっと気に入らないとすぐ不機嫌になって、謝らせてるよな。あいつからお前に謝った事ないんじゃないか? 絶対おかしい」
 アルバは彼の言葉に、目をまん丸にして驚いている。なんで、と、小さくつぶやいた。フランマは続ける。
「前からずっと言ってるだろ。あいつは小さい男なんだよ。そりゃお前も悪いとこはあるけど、今日はもういいよ。帰って、寝た方がいい」
 そう言って、彼がアルバの手を引っ張って連れて行こうとする。しかし、アルバはフランマの腕を乱暴に振りほどいた。フランマがギョッとしてアルバを見やると、彼は憎たらしげにフランマを睨んでいる。
「なんで兄貴を悪く言うの! お前はいつもそうだ! ぼくが兄貴と離れて不幸になればいいの⁉︎」
 拳を握り、肩をいからせ、アルバは怒りを露わにしている。フランマはひどく驚いて、自分の心配を跳ね除けるアルバを理解できずに棒立ちになった。
「……は? お前、何がどうなったらそういう考えになるんだよ」
 あまりにアルバの思考が不可解で、フランマは思わず半笑いになる。アルバは彼の表情に激昂した。
「笑うな! ぼくは本気なんだ! お前は何様だ! ぼくの何なんだ! ぼくには兄貴しかいないのに、奪うなよ!」
 泣きながらそう叫び、フランマを突き飛ばす。アルバの力の強さに、フランマは尻もちをついた。思わず地面についた両手が土に擦れ、鈍く痛む。フランマはしばらく状況が理解できず、口と目を開いたまま呆けていた。が、だんだんとアルバにされたことを理解していくうちに、怒りが湧いてくる。
「兄貴しかいない、ね……」
 噛み締めるように言い、フランマは泣きじゃくるアルバを見上げる。その目は軽蔑に満ちている。
「俺はお前のこと、友達だと思ってたよ」
 フランマの声は静かだ。あまりに腹が立ちすぎて、怒鳴ったり、顔を歪めたりすることもない。彼は立ち上がり、尻についた砂をはたく。
「勝手にやってろ」
 冷たく言い放ち、アルバに背を向けた。フランマがどこかへ行ってしまっても、アルバには少しの後悔もない。それどころか、もうフランマのことなど頭になくなっている。ツィオはどこだろう、謝らないと、と、そればかり考えている。
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