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1564 旅路
ツィオの過去
しおりを挟む「兄貴も売られた方がいいって思う……?」
夜、一緒に寝床に入ったアルバがそんなことを言い出して、ツィオは目を剥いた。「何の話だよ」と尋ねると、アルバは悲しそうな目で見つめてくる。
「兄貴はここで働くより、お金持ちのところで暮らす方がいいって……」
彼の言葉に、ツィオは「あー」と声を出した。昼間の話にショックを受けていたアルバを思い出す。
「そうかもな」
間をおかずに答えるツィオに、アルバは胸が痛んだ。
「なんで?」
泣き出しそうに顔を歪め、尋ねる。ツィオは馬車の天井を見上げて、彼の表情に気づかない。
「だって、ここ以上にいい飯が食えるかもしれないぞ。お前のおこぼれ貰ってるったって、知れてるし」
そう言い、眠そうに目を閉じた。
「兄貴は食べ物に執着しすぎだよ」
アルバは拗ねて、唇を尖らせた。ツィオの食い意地の汚さは普段あまり気に留めないが、自分より食事を大切にされているように感じ、胸が悪くなる。ツィオは笑った。
「そりゃそうだろ。ガキの頃、腹すかして育ったんだから」
そう言い、しかしその先は少し躊躇う。自分のほどいた赤毛をつまみ、顔の前に持ってくるとそれを眺めた。アルバにならいいか、と、小さく口の中でつぶやく。アルバはもぞもぞと体勢を変えてツィオにくっつくと、彼の言葉を待った。
「俺、農村の生まれでさ」
平静を装い、ツィオが口を開く。
「母親がばかな女で、兄弟の中で俺だけこんな髪に産まれたもんだから、小せえ頃から残飯しか食わせてもらえなくてな。そんで日照りの時に、真っ先に口減らしされてダイモンの親父に拾われた」
ツィオは天井を見たまま、アルバを見ない。彼がどう反応するか怖かった。過去のことは、髪色のコンプレックスに繋がることもあり、ほとんど人に話したことはない。誰よりも親密で可愛い弟分のアルバにも黙っていたかったが、それ以上に彼を試したかった。アルバがツィオを憐れむなら、ツィオは怒り狂って彼にひどい仕打ちをすることだろう。けれど受け入れるのなら、深い安心と愛情を持って抱きしめるだろう。ツィオはアルバに、自分の過去を受け入れ、そして変わらずに自分を敬愛することを期待している。
彼の話にアルバは驚く。食い意地が汚いなどと思った自分が恥ずかしくなり、顔が赤くなった。シーツに顔を埋めてツィオの腕にしがみつく。
「……お前のことをほっとけなかったのも、自分に重ねてたのかもな」
ぽつりと、ツィオがつぶやく。自分の柔らかいところだけを見せるのは彼には荷が重く、つい、アルバにも一緒に背負わせようとする。
アルバは、ツィオのそんな言葉にドキッとした。まるで、心臓を掴まれたような感覚だ。しかしそれは、ツィオの機嫌を損ねた時のような嫌な感覚ではない。アルバの中に心地良い渇きのような、不思議な感情が溢れ出す。それをどうしたらいいかわからず、アルバはツィオの顔を見た。何か言おうと口を開くと、ポロリと、青い目から涙が溢れた。
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