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1564 旅路
売られた男
しおりを挟むパーティがあったので、昼の公演は休みとなった。パーティに出た面々は日が高くなった頃に活動を始める。アルバも正午にうたた寝から目を覚ました。隣にツィオはいない。馬車を出ると、彼は外で友人たちと樽を運んでいた。
「よう、兄弟。起きたのか」
ツィオは馬車の扉から顔を出してこちらを覗くアルバに気がつくと、樽を置いて彼に手を振る。アルバは嬉しくなって、ツィオの元へ駆けて行った。アルバが犬だったのなら、尻尾をぶんぶんと振り回しているところだろう。自分に飛びついてくるアルバを受け止め、ツィオは笑う。もうすっかり体調はいい。
「本当、ツィオって懐かれてるよな」
下働きの友人の一人が、自分も樽を置き、その上に座ってつぶやく。アルバがツィオにべったりなのは慣れているが、やはり目の前で男同士でべたべたとされると苦笑いをしてしまう。
「こいつに家族は俺だけだからな。なあ、アルバ」
ツィオはそう言い、アルバの頭を撫でた。それが心地よく、アルバは満面に笑う。それから、思い出したようにツィオの友人たちに顔を向ける。ツィオの胴に抱きついたまま、彼らに勝ち誇った笑みを見せた。毎度毎度見せられるアルバのそんな表情にも、友人たちは苦笑する。
「あれ、そう言えば、一人足りないね」
友人たちの人数がいつもと違うことに気がつき、アルバは首を傾げた。昨日、パーティで農場主に可愛がられていた青年が、いつもの面子の中にいない。
「ああ、あいつ、売られたよ」
友人の一人がこともなげに言う。その言葉に、アルバが目を丸くした。
「誰かが売られるの、久々だな」
「まあよかったじゃん。もっといい暮らしがしたいってよく言ってたし」
ツィオたち下働きは、よくあることのように話す。アルバは混乱して、ツィオのシャツをぎゅっと握った。ダイモンに勧誘された時、身売りはしないとはっきり聞いたはずだ。
「売られるって……何?」
こわごわ、ツィオに尋ねる。
「あー、お前知らなかったっけ?」
動揺しているアルバとは対照的に、ツィオはあっけらかんと答えた。
「金持ちが時々、うちの団員買うんだよ。身売りってやつだ。うちは皆読み書きを教わってるから、使用人や愛人に欲しがる連中は多いよ」
そんな話に、アルバはひどく驚く。昨晩、ツィオを貶める前にリッカが話していた内容を急に理解して、吐き気が込み上げてきた。あの青年は、農場主に買われたがって媚を売っていたのだ。そう知ってしまうと、農場主の鼻の下を伸ばした表情が気持ち悪くて仕方がなくなる。
「え、でも、売るなんてしないって、ダイモンは……」
アルバはしどろもどろになりながら言う。ツィオたちは顔を見合わせた。
「お前そんなこと言われたのか? そんなの方便だろ。芸人は売るより働かせた方が儲かるから滅多と売らないけど、下働きや見習いは最低限の人数が足りてりゃホイホイ売るよ、あの男。食わせる口は少ない方がいいって思ってんだから」
ツィオがそう言うと、友人たちは口々にダイモンの悪口を言い始める。ダイモンがどれだけごうつくばりなのか、どれだけ下働きを軽んじているか、そんな話の中に、売られて行った青年を同情する声はない。アルバはそれが気味悪くなった。
「か、悲しくないの? 友達が売られたのに」
「別になー。売られた方がいい生活できることもよくあるし」
アルバの問いに、下働きたちは迷いなく答える。
「まあ、多少は寂しいけど」
「それにあいつ、売られたがってたもんな。ここは悲しがるより祝ってやるべきでしょ」
そう言って、彼らはすぐに別の話を始める。身売りを容認する感覚が理解できず、アルバは立ち尽くした。友人たちと楽しげに話しているツィオを、ただ見つめる。そうしていると、だんだんと不安になってきた。ツィオだって下働きだ、いつか売られてしまうかもしれない。そして、彼はそう望んでいるのかもしれない。
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