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1564 旅路
初めての舞台
しおりを挟む歓声が聞こえてくる。自分の心臓が早鐘を打つのも、聞こえる。テントは満員だ。演目はフィナーレが近づき、自分の出番はもうすぐだ。舞台裏で出番を待つアルバは、額に汗がにじんでいることに気がつかない。
舞台から、アルバを紹介する文句が聞こえてきた。誰かが彼の背中を叩く。それにハッとして、アルバはギクシャクと歩き出す。難しいものじゃないとたかを括っていた舞台への道は、その先が観客で埋まるだけで恐ろしく感じる。まるで、その先で化け物が大口を開け、自分を飲み込もうとしているようだ。頭は真っ白になり、クラクラとめまいまでする。なんとか舞台上にたどり着くと、そこはそれまで感じていたよりずっと広く、客はずっと近くにいる。前に来るほど身なりのいい客たちは、じっとアルバを見ていた。歓声はやみ、音楽も鳴り止み、静寂の中に少しのひそひそ声が響く。
アルバは目を泳がせた。一礼、それだけの簡単な動作を思い出せない。ただ舞台の真ん中に立っているだけなのに、足がもつれて転んでしまいそうだ。客席を舐めるように見ていると、ふと、前から六番目の階段に、赤毛が見える。ツィオだ。菓子の詰まった箱を抱え、小さくこちらに手を振っている。
不思議と、緊張で固まった体が溶けていく。自分が何者か、なぜここにいるか、何をするべきかが明瞭に見えてきて、アルバは深く息を吸う。腕を体の前で曲げ、少し屈んで礼をした。客たちが少しざわめく。アルバはゆっくりと歩いて行って、一等高い席の前で立ち止まる。そこに座っていた金持ちそうな五人の男女は、アルバの目を覗き込んだ。彼らは、神秘的なものを見るような目つきだ。
「本物だ……」
最前列の客の一人がつぶやく。と、その隣の婦人が、恐る恐るアルバに腕を伸ばした。手の甲を向けられ、アルバはとっさにそれを掴み、キスをする。アルバが唇を離し、彼女の顔を見ると、その目はまんまるに見開かれていた。
「ほ、本物よ! わたし、本当の貴族さまにご挨拶をいただいたわ!」
彼女がバッと立ち上がり、黄色い声で叫ぶ。途端に客席が湧き立った。多くの観客が席を離れて舞台に近づこうとし、菓子売りに立っていた下働きたちが必死に止めようとする。ちょっとした騒動に、アルバが困って舞台裏を見やると、ダイモンが「帰ってこい」と手招きをしていた。
アルバが戻るのと入れ替わりにダイモンが出ていって、舞台で何やら仰々しく話し始める。派手な衣装を着て化粧をしたフランマが駆け寄ってきて、「よくやった」とアルバの肩を抱いた。アルバは急に自分が誇らしくなった。そして、婦人にしたキスと、リッカのアドバイスを思い出した。自分の直前に芸を披露し、舞台裏で他の空中ブランコ乗りたちと水を飲んでいたリッカのところまで行く。
「あの、教えてくれてありがとう」
照れくさいのを我慢して礼を言うと、彼女はフンと鼻を鳴らした。
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