Bro.

十日伊予

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1564 旅路

叱咤

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 「最前列の五人にお辞儀をしたら、それでいい」とダイモンは言った。リハーサル前、アルバを舞台に呼びつけて、本番での動きを教え込む。舞台に上がって、うやうやしく一礼し、それから最前列の客席に歩み寄って、顔を見せたらもう一度礼をする。アルバは舞台に立ったこともないから、これだけできれば上等だ。そう言い、ダイモンはアルバにその動きをさせる。礼の仕方はこれまでしっかりと教わってきたので、なんだ、簡単なことだとアルバは舐めてかかる。
 ツィオは前から六列目の客席に座り、他の下働きたちと一緒にアルバたちを眺めている。自分以外と親しげにするツィオを気にして、何度もダイモンに叱られた。アルバがふてくされているうちにリハーサルも終わる。
「お前」
 ツィオの所に行こうとしていたアルバを、可愛らしい声が呼び止める。誰だと振り返ると、リッカが腰に手を当てて立っていた。
「ダメだと思ったらすぐに舞台裏に帰ること」
 可憐な声には似合わない偉そうな口調で言い、アルバに腕を伸ばす。自分に差し出された彼女の小さな手の甲に、アルバは首を傾げた。
「キス!」
 リッカが声を張る。喧嘩でもなんでも物怖じしない性格のアルバだが、彼女の堂々たる態度には圧倒された。よくわからないまま、彼女の手の甲に軽く口付ける。リッカは表情を変えず、頷いた。
「覚えておきな。高貴な女が手の甲を差し出したら、キスをする」
 そう言って彼女はサッと踵を返す。アルバはしばし呆気に取られて立ち尽くしていたが、周りの者たちのくすくす笑う声に気づくと、腹を立てた。
「なんだよ、高貴って。偉そうに」
 ぶつぶつつぶやきながら、ツィオの所へと急ぐ。ツィオは仲の良い下働きたちと、客席で何かを喋っていた。
「兄貴!」
 大きな声で、アルバは彼を呼ぶ。ツィオが自分の方を見たので、怒っていたことも忘れ、満面に笑った。客席はすり鉢状に傾斜し、良い席ほど舞台に近く、安くなるにつれて高い位置になっていく。アルバは席と席の間の階段を二段飛ばしに駆け上がり、ツィオの座る席に向かった。
「兄貴、終わったよ。行こうよ」
 他の下働きたちを意識して、アルバは「兄貴」という言葉を強調する。彼に腕を取られ、ツィオは呆れたように「まだ話してるだろ」と言った。アルバは不満げに唇を曲げるが、ツィオに軽く睨まれると大人しくなる。彼の隣に座り、肩をくっつけた。ツィオはまた友人たちと話し始める。その内容はアルバにはよくわからないことで、彼は嫌な気持ちになった。蚊帳の外にされたくなくて、「ねえ兄貴」と横槍を入れたり、「ぼくはね」とわかりもしないのに話に入ろうとする。それにうんざりして、また友人たちも嫌がっているのを見てとり、ツィオは立ち上がった。友人に断りを入れ、その場を後にする。
「あのな、ああいうの、やめろ」
 テントを出ると、後ろをついてきたアルバを叱りつけた。
「みんな困ってただろ。お前が芸人だから強く言えないだけで、めちゃくちゃ嫌がってたよ」
「でも、ぼくだって兄貴と話したいのに」
 ツィオに叱られて萎縮するも、アルバは「自分は悪くない」といった様子だ。ズボンの紺色の生地を握り、目を伏せる。
「俺にも俺の付き合いがあるんだよ」
 呆れと怒りが混じり、ツィオはため息をつく。「だって」とアルバがぼやくので、「黙れ」と言い放った。
「二度と、俺が他のやつと話してるの邪魔するな。次やったらお前と口聞かないからな」
 ピシャリと言い、ツィオはそっぽを向く。アルバは不安に襲われ、ツィオの肩を両手で掴んだ。ごめんなさい、ごめんなさい、と、必死になって何度も謝る。はあ、と、ツィオはまたため息をついた。
「わかったって。今日のは許してる。もうするなよ」
 振り返り、そう言ってやると、アルバの泣き出しそうな目が喜びに見開かれる。そのあからさまな表情に、ツィオは笑いが込み上げた。顔をほころばせると、怒っていたことが馬鹿馬鹿しく思えてきて、優しくアルバの頭を撫でてやれる。
「お前、本当に可愛いよ」
 そう言い、目を細める。彼の笑顔にドキッとして、アルバは一瞬体をこわばらせた。が、すぐに嬉しさでいっぱいになって、自分もツィオに笑いかける。彼が大好きだという気持ちで、胸がいっぱいだった。
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