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1564 旅路
アルバ
しおりを挟むナイフをシャマシュの人差し指の先に軽く当てる。いいか、とツィオがささやき、シャマシュが頷く。喧嘩で怪我に慣れているシャマシュは動じていないが、ツィオは少し緊張しているようだ。目をぎゅっとつぶり、あまり力を入れないようにして、ツィオはシャマシュの指先を切った。小さい傷ができ、ぷく、と血がにじむ。シャマシュが嬉しげにそれを見つめていると、ツィオが大きく息を吐いて、ナイフを彼に渡した。怖がっているツィオの人差し指を、シャマシュは容赦なく切りつけた。
「いてえ! お前、やるぞ、とか、切る前に一言さあ」
人差し指にふうふうと息を吹きかけ、ツィオは涙目だ。それとは反対に、シャマシュの目はきらきらと輝く。まったく、こいつは……とツィオがぼやく。が、あまりにシャマシュが嬉しげなので、それ以上は言わなかった。
「じゃあ、お互いの指を咥えて。血を飲んだら、俺たちは義兄弟だ」
ツィオが人差し指を差し出す。シャマシュは自分の指も差し出し、うっとりと互いのそれを見つめた。ツィオがちゅっと自分の指先を咥えるのを見ると、あまりの嬉しさに鼻血でも出しそうになる。自分もツィオのそれを口に含み、垂れる血ごと傷を舐めた。しょっぱくて、鉄の味がする。自分の指先には、ツィオの柔らかくて暖かい舌の感触がある。傷は舐められることでちくちくと痛んだが、シャマシュはそれにさえ興奮した。
血を飲み下して指から口を離す。
「あ、兄貴」
シャマシュは、兄弟分になってやると言われてからずっと言うタイミングを逃していた呼び名でツィオを呼ぶ。ツィオが「ん?」と優しく返すと、彼は嬉しさと興奮のあまり顔を真っ赤にした。
「ぼくとずっと一緒にいてくれる?」
その質問にちょっと面食らって、しかしここは望む答えを返してやらないと面倒になるなと、ツィオは笑顔を返す。
「いるよ」
「嬉しい! 兄貴、大好き‼︎」
その短い返答に、シャマシュは嬉しさあまりツィオに抱きついた。
「はは、お前、可愛いやつだよ。アルバ」
ツィオが苦笑いする。まいったな、思ったより面倒くさいやつかもしれない。そう思ったが、シャマシュがあまりに不備なので黙っておいた。
アルバ。ツィオの腕の中で、シャマシュはその名前を反芻する。その名前で呼ばれることにはまだ抵抗はあったが、ツィオに呼ばれると、そう悪くない。ツィオに名付けてもらったのも嬉しい。そうか、ぼくはアルバなんだ。シャマシュはもう一度心の中でその名前をつぶやき、ツィオに抱きつく腕に力を入れる。
馬の蹄や車輪の音が、故郷が遠くなっていくのを教える。故郷にはもう、シャマシュを愛する者はいない。彼にはそう思えて仕方がない。シャマシュ──アルバは、人のぬくもりの心地よさに、目を閉じて体の力を抜いた。目を開けば、新しい生活が待っている。
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