29 / 179
1564 旅路
芸人たち
しおりを挟む背中がスースーする。シャマシュは長い髪がない違和感に慣れず、何度も自分の首の後ろを触る。ダイモンは勝手に髪を切ってきたツィオとシャマシュに嫌な顔をしたが、彼も切らせるつもりだったらしく、怒られはしなかった。
ツィオはシャマシュを連れ、芸人たちが寝起きするテントや馬車の立ち並ぶ場所に立ち寄る。早朝の間にトイレや炊事所、下働きのテントは案内してやったから、これからシャマシュに芸人たちを紹介するつもりだ。
芸人のテントは下働きのものより小さいが、下働きのように一つのテントにぎゅうぎゅうになって寝ているのではなさそうだ。一つのテントに二、三人で寝ているとツィオが説明してやった。奥の方には、人気芸人のものだろう、それは立派な二頭馬車がある。お前もあんな馬車をもらえるんだぜ、とツィオが笑う。日が登ってきて、かんかんと強く照る。シャマシュはその暑さに慣れているので平気だが、旅芸人たちは皆ぐったりとしている。
「こっちの地方の巡業は、相変わらずきついよなあ。なんでこんなに暑いんだか」
「下働きはいいよな。こんなあっつい衣装着なくていいんだから」
辟易といった表情で、芸人たちが話す。その隣では付き人が汗だくになって団扇を扇いでいた。ツィオが目に入る芸人の名前をいちいち教えてくれる。客として見ていた芸人たちを目の前にして、シャマシュは少し緊張した。あちこちに目を泳がせ、自分は本当にこんな中でやっていけるかと、不安にもなる。
「おいお前ら、何しにきたんだよ! 下働きと田舎者なんかがここに入っていいと思ってんのか?」
芸人の一人がニヤついた顔をして、二人をからかう。ツィオはそれを鼻で笑い、シャマシュにその芸人に顔を見せるよう言った。シャマシュの瞳を見ると、からかってきた芸人は驚いて目を見開いた。
「親父め、田舎でとんでもないもん拾いやがったな!」
シャマシュに近寄り、ジロジロと眺めてくる。彼をきっかけに、何人かの芸人が集まってきた。
「ほんとに目が青い。貴族さまとおんなじだ」
「背も高いし、随分たくましいじゃないか。この体だったら、上手く教えたらあたしの芸もできそうだね」
「こりゃ売れるな。おい、新入り、俺の芸を仕込んでやろうか」
芸人たちに囲まれ、シャマシュはしどろもどろになる。ツィオはシャマシュがもみくちゃにされないよう、強気に芸人の一人を押し退けた。
「おい、リッカだ!」
芸人の一人が大きな声を上げた。身長の高いシャマシュは、相当な数に囲まれながらも、立派な馬車の方から歩いてくる女が見えた。小柄なその女は、金色の髪の毛をひっつめて、体のラインが出るピッタリとした衣装を身に纏っている。彼女が歩くたび、衣装に散りばめられた色とりどりのビーズが太陽の光に反射してきらきらと光る。
「リッカってのは、今の稼ぎ頭だよ。空中ブランコの花形だ」
ツィオがそう耳うちする。リッカが近づいてくると、シャマシュを囲んでいた芸人たちはさーっと離れていった。
シャマシュの目の前で足を止め、リッカは茶色い目で彼をじっと見上げる。
「ぼくにそこまで驚かないんだね」
彼女が黙って見つめてくるので、シャマシュは不思議に思ってツィオに尋ねる。「うちくらい大きな一座だと、貴族のパーティに呼ばれることもあるからな。俺も裏方で行ったことがある」と、ツィオは肩をすくめた。
「名前は」
不意に、リッカが口を開いた。鈴が転がるような声だ。シャマシュが答える前に、ツィオが「アルバ」と答える。リッカは鼻をフンと鳴らした。
「見てくれだけじゃもたないよ。芸を身につけな」
ぶっきらぼうにそれだけを言って、きびすを返す。
さっきまでチヤホヤされていたシャマシュは、驚きより先に怒りを抱く。なんだよ、とツィオにぼやくと、ツィオは苦笑いをした。
「ああいうやつらしいからさ、まあ、気にすんなって。それより、公演の準備が始まる前に、テントの中を見せてやるよ」
そう言うと、シャマシュの手を取って引っ張る。シャマシュは急に手を掴まれたことにドキッとするが、すぐにリッカのことも忘れて笑顔になった。自分は今、市場や村で見る仲の良い友人たちのようだと、嬉しくなる。出会ったばかりだが、ツィオは寂しさも羨望も埋めてくれる。家族しか拠り所のなかったシャマシュは、たった一晩でツィオにすっかり気を許していた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる