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十日伊予

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1564 旅路

新しい名前

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 大きなイビキで、シャマシュは目を覚ます。見やると、ツィオが大口を開けてイビキをかいていた。顔のペイントを落としたので、あっさりした印象の顔をしている。まだ空は暗く、旅団員が寝起きしているテントも静まり返っている。夜は暑かったので、ツィオが持ってきて二人がその上で寝ていたござには汗がしみ、少し嫌なにおいがした。シャマシュは彼の間抜けな寝顔を眺める。村にいられなくなってから、人と夜を過ごしたのは初めてだった。
「……ん、ああ」
 シャマシュが見つめていると、ツィオが目を覚ました。彼はしばらくぼんやりしていたが、やがてシャマシュの視線に気付くと半笑いになる。
「気持ち悪いな、あんま見んなよ」
 そう言って、シャマシュの額を小突く。シャマシュが何か言おうとすると、彼は目を細めた。
「ちょっとは元気になったか?」
 手を伸ばし、指先でシャマシュの前髪を掻き分けて、小突いたところを撫でてやる。ちょっと頬を赤らめ、シャマシュは小さく頷く。「よかった」と笑いかけ、ツィオは起き上がった。
「そろそろみんな起きてくるな。飯だ、飯。親父に挨拶したら、飯行くぞ」
 彼の赤毛が汗で首筋に張り付いている。腕に巻いた紐で髪を一つにまとめると、彼は何か思い出したようにシャマシュの長い髪を見た。尻につくほど長い三つ編み。ほどいて洗うのは滅多とないので、脂じみている。それに、派手な柄の腰巻一枚だけの姿。うーん、とツィオがうなった。
「お前、やっぱり田舎臭えな」
 その言葉に、シャマシュが首を傾げる。田舎臭いと言われても、都会のことを何も知らないので、何をどうしたらいいかわからない。
 ちょっと待ってろ、とツィオがいなくなる。すぐに、ナイフを持って帰ってきた。一晩隣にいたことで彼にかなり心を許していたシャマシュだが、ナイフを見るとたちまち警戒した。威嚇するようにツィオを睨みつける。その表情に、ツィオはケラケラと笑った。
「何にも変なことはしねえからよ。そんなビビんなって。髪、切るだけだ」
 そう言って、シャマシュにそこの木箱に座るよう指差す。シャマシュはしぶしぶ座るが、いつでも逃げ出せるように気は張ったままだ。

「お前、名前、なんだっけ」
 シャマシュの三つ編みを持ち上げ、ツィオはのんきそうだ。
「……シャマシュ」
「ふーん。こっちの地方じゃよくある名前だな」
 ナイフを持ち上げ、三つ編みの編み始めにあてがう。じゃきじゃきと何度もナイフを動かし、髪の毛の束を削るように切っていった。三つ編みが頭から離れるとシャマシュに見せてやる。彼がナイフを隣の木箱に刺したので、本当に髪を切るだけなんだな、と、シャマシュが安堵した。
「シャマシュ、か。芸名考えないとな」
 三つ編みをござの上に放り、ツィオがぼやく。
「この名前じゃいけないの?」
「ああ、シャマシュって田舎の名前だからさ。旅芸人は浮世離れした名前が普通だよ。そのほうが客が喜ぶ。芸人はみんな芸名だ。旅団に入った時点で芸名になって、それからは元の名前は使わない」
 ふうん、と、シャマシュがよくわからないまま頷いた。ツィオは腕を組んでちょっとの間考え込む。
 空が薄明るくなり、人の気配がし始めた。シャマシュは、テントから出て何かの支度をしている下働きたちを眺める。彼がぼんやりしていると、ツィオが「これだ!」と大きな声を出した。
「アルバ、とかどうだ! 雨神さまの神殿の一つが、そんな名前だった。お前は雨神さまの息子を売りにするからさ、これがいい!」
「うん……」
 シャマシュは力無く頷く。
「でも、シャマシュは父さんにもらった名前だから」
 そう言い、目を伏せた。大好きな父親がつけてくれた名前には愛着がある。自分の名前に、父親の愛を感じることができる。
「諦めろよ、旅団に入るなら、名前変えないと」
 ツィオが肩をすくめる。シャマシュが反論しようと口を開くと、彼は突然顔を寄せてきた。
「お前の本当の名前は俺がしっかり覚えててやるよ」
 シャマシュの背中をポンポンと叩く。距離の近い彼にドギマギとして、シャマシュはうつむいた。勢いに押され、「じゃあそれでいい」と返す。
 大きく伸びをして、ツィオはござをたたむ。シャマシュは彼に何か聞こうとして、名前をちゃんと覚えていないことに気がついた。
「あのさ、ええと」
 シャマシュの口調に、ツィオが失笑する。
「俺はマッツィオだよ。ツィオって呼べばいい。なんなら兄貴って呼んでくれてもいいぞ」
 彼は冗談っぽく言う。「兄貴」と言うのは気恥ずかしく、シャマシュは「ツィオ」とつぶやいた。
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