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1564 旅路
市場の青年
しおりを挟む拳を強く握りしめる。歯を食いしばり、力を込めて拳骨を振り下ろした。喧嘩慣れした硬い拳は男の頬にぶち当たり、その勢いで男は顔から地面に倒れ込む。人並みならない腕力が、男の顎を砕けさせる。シャマシュは殴り倒した男に馬乗りになり、その顔に更に拳を叩き込んだ。口から、血と何本かの歯が飛び散る。男の仲間がシャマシュを後ろから殴りつけたり羽交い締めにしたりして止めようとするが、シャマシュは薄ら笑って意に介さない。やがて男が意識を失ったのがわかると、立ち上がった。白昼堂々市場の真ん中でシャマシュを襲った男たちは、自分たちの中で一番腕の立つ者がすっかりのびているのを見て、彼をノックアウトした長身の青年にすぐ目を戻した。青い目をぎらつかせ、シャマシュは男たちに睨み返す。近くの店のテント式の屋根の支柱を一本奪うと、その長い金属の棒をガラガラと引きずって男たちに歩み寄っていく。
「割に合わねえ。ずらかるぞ」
男の一人が言った。少し離れたところに住み着いたチンピラの彼らは、市場の者たちから市を荒らす青年を成敗してくれと金を渡されたのだが、シャマシュの腕っぷしの強さはその金額に見合わない。男たちはシャマシュが仕掛けてくる前に、のびた仲間を担いで逃げていく。
シャマシュは男たちが見えなくなるまでは棒を担いだままいて、見えなくなると途端に安堵の息を吐いて地面に寝っ転がる。興奮が落ち着くと、一気に体中が痛みだす。「ああ~!」と大声をあげると、遠巻きに見ていた市場の者たちがビクッとした。店を構える商人も市場に来ている村人たちも、シャマシュがいつここからいなくなってくれるかとヤキモキしている。シャマシュは痛む体を起こし、店先に並んだ果物を二つ取ると、ふらふらと立ち去る。
ナャが亡くなってから、シャマシュはずっと市場で暮らしている。祖母はナャの死ですっかり呆けてしまい、村では誰も世話してくれなくなって、川には恐怖で近寄れなくなったシャマシュが食べ物を得るには、市場で盗みをするしかなかった。まだ幼い頃は盗みが見つかって何度も酷い目に遭わされたものだ。だが、成長するにつれ、体はたくましくなり、相手を殴り飛ばすことも覚えていった。今では、市場の誰もがシャマシュを恐れ、彼が店先から何を取ろうと咎める者はいない。たまに、市場のものに頼まれたチンピラが喧嘩を仕掛けてくることもあるが、シャマシュの人並外れた腕っぷしの強さと体の丈夫さで、皆返り討ちにされている。シャマシュが十七歳の頃は、この辺りを取り仕切るがらの悪い「自警団」に目をつけられて動けなくなるほどの怪我をさせられたこともあった。しかし、自警団の男たちを執拗につけて一人一人に同程度の仕返しをしてからは、彼らも諦め、今は市場の者がなんと訴えようと放置されている。
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