Bro.

十日伊予

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1547 序章

家族

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 昼頃に鳴り始めた雷は、まだやまない。夕立にしては長い。
「雨がやまないね。もう日が暮れちまったよ」
 ナャの母親……シャマシュの祖母が、繕い物の手を止めてつぶやく。雷雲が太陽光を遮っているせいで外もかなり暗いが、更に窓に布を貼った家の中はかなり暗い。小さな皿に張った油に紐を浸し、火を灯して灯りにしているが、光は手元までは満足に届かず作業が進まない。
「そうだね。雷も近くなってる気がするし……」
 息子の相手をしていたナャは、祖母と顔を見合わせた。空が光ってから雷鳴が響くまでの感覚が短くなっている。
「もう今日は寝ちゃおうか」
 ナャが言うと、彼の膝に乗って木彫りのおもちゃを振り回していたシャマシュが「やだー!」とわめく。間髪入れずに、祖母がシャマシュを叱りつけた。シャマシュはかんしゃくを起こし、大声で泣き出す。その騒音に、ナャの足元で寝ていた娘のトパが目を覚まし、泣き出してしまう。まあまあ、とナャが祖母とシャマシュの両方をなだめた。妻に助けを求めようとドナを見ると、彼女は喧騒も聞こえていないかのようにぼんやりと宙を見つめていた。雷鳴が子どもたちの声をかき消して、途端、ナャは胸が悪くなる。
「とーちゃん、ぼくねんねしない、ねんねやだ」
 涙で顔をぐちゃぐちゃにしたシャマシュが、ナャにすがりつく。シャマシュに目を戻し、ナャは優しい言葉を息子にかけた。祖母が「甘やかすんじゃないよ」と目を吊り上げる。
「ドナ、もう寝よう。ドナ?」
 トパを抱き上げ、あやし、ナャはドナに声をかけた。
「あっ、ごめん。お布団敷くね」
 ドナはにわかに正気に返り、慌てて布団を敷き始める。けれど、少し手を動かすと、また何か考え込むように手を止めた。かんしゃくが落ち着いてきたシャマシュは、ふと母のおかしな様子に気がつく。父親にもたれかかり、背中をとんとんと優しく叩いてもらっていたが、その手をすり抜けてドナに駆け寄った。
 シャマシュの小さな手で二の腕を撫でられ、ドナは驚いて目を丸くした。
「かみなり、怖くない。だいじょぶだよ」
 シャマシュはさすさすとドナを撫でさする。シャマシュが何かを怖がって泣く時に自分が撫でてやるのを真似しているのだと、ドナはすぐにわかった。驚き、すぐに優しい気持ちになる。
「心配させてごめんね。お母さん、雷が怖くてぼーっとしてたわけじゃないの」
 ぎゅっと、シャマシュを抱き寄せる。愛情が胸に溢れかえる。どんなかんしゃくを起こしても、結局は何よりかわいい我が子だ。
「お母さんの故郷は雷が多くてね、昔のことを思い出してたの。お母さんはね──」
「やめて」
 ドナの話はナャの震える、それでもキッパリとした言葉に遮られた。ドナが彼の方を見やると、彼は唇をわなわなと震わせ、責めるような目でドナを見ている。
「子どもにそんな昔のことを吹き込むのはやめて」
「吹き込むなんて……」
「ドナ、あたしも良くないと思うよ」
 反論しようとしたドナを、今度は祖母が遮る。祖母はシャマシュを叱る時とは違う、厳しい顔をしている。
「行けもしない母親の故郷に憧れちまったら、この子は村に馴染めなくなる。シャマシュのためだよ。昔の話はやめな」
 祖母の言い分に、ドナは何か言い返そうとする。が、口から出す前に諦め、下を向いた。
「……うん。ごめんね」
 不本意だが、謝る。どうして自分はこんな所に……そう思って、しかしすぐにシャマシュとトパを思い出し、首を横に振った。子どもたちがいるわたしは幸せだ。そう自分に言い聞かせる。この子たちがいるから生きていける。何より愛おしい存在だ。
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