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本音
部長
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「それ、ちょっと間違ってない?」
そう言って少し身を乗り出してくる。
「何が間違ってんの」
「だって、鍋倉の恋が叶わないのは分かるよ。先生、既婚者だし、子どももいるし、そもそも先生と生徒だし。叶えちゃダメな恋じゃん」
「うん、まあ」
「でも、森さんのそれとは別でしょ?」
部長の表情は、憤りを顕わにしている。棚橋はまだ夢中で歌っていた。
「別って、どういうこと?」
あたしが尋ねると、部長の顔は更に険しくなる。
「……桑田さんって、森さんの理解者みたいに見えるけど、そうじゃないよね。理解者、って言葉もおかしいけど。人の心なんて理解できるわけないし」
「は?何が言いたいの」
「ともかく、森さんの恋を叶わないって決めつけるのがおかしい、って話」
部長は一口、ウーロン茶をすすった。一度喉を潤して、それからまた話を始める。
「森さんは男が好きなだけでしょ。別に社会的にそれがタブーってわけでもない。否定的なのはいるけど、それは考え方が古い連中だけだよ。それに今は連勝連敗でも、いつか森さんと結ばれる人はいるかもしれない。普通に考えたら、当たり前の話だよね。なのにみんな、森さんのは叶わないとか言ってる」
「うん。まあ」
「なんかさ、同性愛者と異性愛者が変に分けられてるんだよ。同性愛者だからこう、なんていう先入観も濃いんだろうね。一生恋人ができない異性愛者だっているのに」
「語るね、部長」
「森さんきっかけで、いくつか勉強したんだよ。こういうこと、前々から関心あったし」
今まで見たことがなかった部長の一面に、感心してしまう。あたしはずっと、部長をいいやつだなんて思っていなかった。ただ淡々と仕事するだけの、そんなつまらない人間だと思っていた。こんなに、誰かについて深く考えるような面があるだなんて、思いもしなかった。あたしは、部長のかけらしか見ていなかったんだ。そのかけらだけで、彼女を決めつけていた。それ以上を知ろうとしていなかった。
「ねえ、部長」
宇野にも、あたしの知らない心があるんだろうな。宇野だって、何をしたかは知らないけど、思うところがあってやったんだ。つらかったはずなんだ。だけど決断して、たっちゃんに何かした。そんな感じがする。あたしにそれを責められるのか。自分が苦しまないように周り中を傷つけているのに。いや、権利はなくてもきっとあたしは責めてしまう。たっちゃんが好きだから。たっちゃんを愛しているから。
「部長って、服ダサいね」
無意識に、口がそう言っていた。部長はあたしの言ったことを冗談と受け止めたのか、苦笑いする。
「サイアク」
ちょうど、棚橋の歌が終わった。棚橋は満足そうに、持っていたマイクを部長に渡す。
「でもね」
棚橋と歌の採点結果を見ているとき、あたしはまた口を開いた。信じられない点数が表示されたのと同時に、部長はあたしを見た。
「それ、似合ってる」
クマのセーターは、部長しか着こなせないと思えるぐらい、部長にぴったりだった。
そう言って少し身を乗り出してくる。
「何が間違ってんの」
「だって、鍋倉の恋が叶わないのは分かるよ。先生、既婚者だし、子どももいるし、そもそも先生と生徒だし。叶えちゃダメな恋じゃん」
「うん、まあ」
「でも、森さんのそれとは別でしょ?」
部長の表情は、憤りを顕わにしている。棚橋はまだ夢中で歌っていた。
「別って、どういうこと?」
あたしが尋ねると、部長の顔は更に険しくなる。
「……桑田さんって、森さんの理解者みたいに見えるけど、そうじゃないよね。理解者、って言葉もおかしいけど。人の心なんて理解できるわけないし」
「は?何が言いたいの」
「ともかく、森さんの恋を叶わないって決めつけるのがおかしい、って話」
部長は一口、ウーロン茶をすすった。一度喉を潤して、それからまた話を始める。
「森さんは男が好きなだけでしょ。別に社会的にそれがタブーってわけでもない。否定的なのはいるけど、それは考え方が古い連中だけだよ。それに今は連勝連敗でも、いつか森さんと結ばれる人はいるかもしれない。普通に考えたら、当たり前の話だよね。なのにみんな、森さんのは叶わないとか言ってる」
「うん。まあ」
「なんかさ、同性愛者と異性愛者が変に分けられてるんだよ。同性愛者だからこう、なんていう先入観も濃いんだろうね。一生恋人ができない異性愛者だっているのに」
「語るね、部長」
「森さんきっかけで、いくつか勉強したんだよ。こういうこと、前々から関心あったし」
今まで見たことがなかった部長の一面に、感心してしまう。あたしはずっと、部長をいいやつだなんて思っていなかった。ただ淡々と仕事するだけの、そんなつまらない人間だと思っていた。こんなに、誰かについて深く考えるような面があるだなんて、思いもしなかった。あたしは、部長のかけらしか見ていなかったんだ。そのかけらだけで、彼女を決めつけていた。それ以上を知ろうとしていなかった。
「ねえ、部長」
宇野にも、あたしの知らない心があるんだろうな。宇野だって、何をしたかは知らないけど、思うところがあってやったんだ。つらかったはずなんだ。だけど決断して、たっちゃんに何かした。そんな感じがする。あたしにそれを責められるのか。自分が苦しまないように周り中を傷つけているのに。いや、権利はなくてもきっとあたしは責めてしまう。たっちゃんが好きだから。たっちゃんを愛しているから。
「部長って、服ダサいね」
無意識に、口がそう言っていた。部長はあたしの言ったことを冗談と受け止めたのか、苦笑いする。
「サイアク」
ちょうど、棚橋の歌が終わった。棚橋は満足そうに、持っていたマイクを部長に渡す。
「でもね」
棚橋と歌の採点結果を見ているとき、あたしはまた口を開いた。信じられない点数が表示されたのと同時に、部長はあたしを見た。
「それ、似合ってる」
クマのセーターは、部長しか着こなせないと思えるぐらい、部長にぴったりだった。
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