日月の森、書庫管理人

宇佐美 月明

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1 私はしがない書庫管理人です。ただし古の魔法使いの弟子と言われる、とある魔女の末裔でうっすらと血を受け継いでいるだけです。

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今日も一人の昼休みだ。

お気に入りの木陰に座り、風呂敷からサンドイッチを取り出した。朝食べきれなかったサラダをはさんだだけのサンドイッチ。お腹が満たされると自然に眠りに誘われる。今日も暑い日だ。

この季節に鳴く鳥の声が遠くで聞こえる。



『フタアイ、父は4日で戻る。それまで外に出ては行けないよ、お土産を買ってきてあげるから』

同じ紫の瞳を細めて微笑む。

大きく子は頷く。

父のロウイロは国の武器専属の研ぎ師、役人の端くれだ。定期的に各地を回り武器の手入れをするため出かける。留守の間の食料を用意し年に何日か家をあけることがあった。



町外れの林の一軒家、そこに何時も一人残され父の帰りをまった。だが約束の4日を過ぎ、そして幾日、父は戻らない。ただ感じていたのは空腹と不安……。

いつしか体は重くなり、瞼を閉じて父のロウイロの姿を思い浮かべた。そして次に浮かんだのは、祖母の砂糖のかかった焼き菓子……。季節ごと訪れていた。

大きな書棚がある祖母の家……。夜になれば月の光にあふれる場所、不思議な小さな小さな金属音、鈴の音がする場所。



『ばば、ダイダイばば……。ちちが戻らない……。お腹空いた』

ポツリと呟いた。その瞬間、一人残された家の玄関が久しぶりに開く。その音を聞いても目が開ける気も起きない。

手が子の頭を撫でる。温かい大きな手……。

『ちち?』

重たい瞼を薄くあける。そこには深く頭巾をかぶった男がいた。頭巾から黒髪が覗く。初めて黒い髪の人をみた。なんて闇のように黒いのだと……。少し怖い。

その人は屈む。力なく動けなくなった子の様子を見るように……。

『……父親ではない。お前がダイダイの孫だな?祖母の下へ送ろう』

何の感情も感じない声、でも安心するもの。

父よりも低い深みのある声……。

そして次に気がついた時には祖母の家だった。





「もしもし、お昼寝中ごめんね?君が管理人?書物を見たいのだけれど」

私はその声で呼び起こされる。とても低い男らしい声だ。以前どこかで聞いた気がする。

寝ぼけた頭を振り目を覚まそうとした。ここに人が訪ねて来るのは3日ぶりだ。それも大抵、ここに訪ねて来るのは国の担当者だけだ。書物の調べ物数件だけ持って来る。

「……国からの許可書をお持ちですか?」

私は服に付いた草を払い立ち上がった。姿勢を正し目の前の男の人を見上げる。随分、背が高い人だ。それにはっとするほどの美丈夫。肩まで榛色の髪。公達に多く見られる琥珀色の瞳。長い手足、ガッチリとした体つき、武官か?身につけている黒い服装はどう見ても庶民の旅人の支度だ。

でもたまに武官もお忍びで平民の装いをすると聞いたことがある。それにしてもここには、文官は来るけれど武官が来ることはないにひとしい……。

不躾なことも忘れ相手をしげしげと観察する。目の前の男は私の視線など気にもしていない様子。美丈夫は顎に手をやり考えている。



「……国からの?いつからそんな手続きなった?あー、管理人って君しかしないの?ダイダイは?」

祖母の知り合いだろうか?

目の前の美丈夫は祖母の名前を口にした。そう呼ぶ人は親しい間柄の人だけだ。こんな美丈夫と知り合いだと聞いた覚えがない。

あの祖母だったら自慢するだろうし、孫のごくごく平凡なありがちな栗色の髪の娘をあわよくくっつけばと企てるだろう。祖母曰く、美男と契ればその子は顔が良い子が出来ると言い切る。昔、祖母はモテたらしい。男の噂がない年頃の私を心配をしてる。極度の美男好きの祖母は、顔だけが良い男を幾度か紹介された。決まって女にだらしがなかった……。

気付かれないようにため息をつく。お蔭様で、美男を見てもトキメキもしなくなった。



「……祖母は、今は北の郷で休暇を過ごしています」

『ずーとのだけど……』心の中で呟く。仕事では呼ぶなとキツく言われている。祖母は、もう十分お役目を果たしたからだと言っていた。だが表向きは祖母がここの責任者である。

大きな声で、自私的引退したなどと言えない……。口が裂けても……。

悟れないように仕事用の微笑みを作る。国の担当者に向けるのと同じものだ。

「……そうか、早急なのだがなーー、何とかならないかな」

美丈夫は、困ったなといったように今度は頭に手を当てた。そして目を細め媚びるように微笑む。他の女性なら魅惑的な微笑みに頷くこともあるかもしれないが……。

「生憎、手続きを踏んで頂かないと対応しかねます。どうぞ許可書をお持ち下さいませ」

私は小首を下げるだけだ。

美丈夫は私の目をじっと見る。だが私はそのまま目を逸らさず仕事用の微笑みを返す。

「……わかったよ。じゃ出直すとするかーー、ところで君の名前は?あっと名乗らなきゃいけないね、俺は、」

「いいえ、大丈夫です。では午後の仕事がございますので」

私は自分の懐中時計を覗く。思いがけず時間がかかってしまった。午後も書物やつらの話しを聞かなくてはいけない。時間を遅れるとヘソを曲げるやつもいる。私は急いでもう一度お辞儀をした。

「へー、俺は名乗らせて貰えないのなんて初めて、御婦人にはよく名前を聞かれるんだけどね?」

美丈夫の自尊心を損ねてしまったのだろうか……?少し面倒くさいくなる。でも身分の高い人だったら後々の事も考えて自分の名だけでも言うことにした。

「私は日月の森、書庫所属ハイデンジア職員です……許可書をお持ちになった時に詳しくお伺いします」

驚いたように美丈夫は一瞬、形の良い眉を上げる。

「古の魔女の末裔?君がじゃ、ダイダイの孫?フタアイ=ルリ=ハイデンジア?」

「そうですが……、少し違います。訂正させて下さい。確かにダイダイの孫ですが『ただし古の魔法使いの弟子と言われる、とある魔女の末裔でうっすらと血を受け継いでいる』だけです。フタアイ=ルリ=ハイデンジアです」

私の存在を知っている。やはり祖母の知り合い間違いないようだ。ここは大事な事だから訂正しようはっきりと……。魔女の血をうっすらと血を受け継いでいるが私はやつらに問いかけ話を聞けるだけ。古の魔法使いが作った書物の声を聞くことが出来るだけなのだ……。

「じゃ、名乗るよ。ゲッパク=ルド=エターナル……、お見知りおきを」

美丈夫は優雅に一礼する。とてもさまになっていると思った。

私はまた小首を下げ挨拶をしてその場を後にした。建物を目指して歩き始める。私の後ろ姿を見ながら美丈夫が、ゲッパク=ルド=エターナルが何かを口にした。



でも私は知るよしもなかったし思いもしなかった。この美丈夫との出会いが平穏な日常を断固望む私に災いをもたらすとは……。
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