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第8話 あの人の城。

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 私が入社1年目を過ぎたころ、職場にあの人の知り合いが、受付・会計業務担当ぎょうむたんとうとして入社することになった。
 その知り合いの人は、過去にも病院の受付や会計業務を担当していたことがあると言う。

 私や他の職員さんはせいぜい受付くらいしかやったことがなく、その業務は今まで奥さんがになっていた。
 しかしあの人にその知り合いを紹介され、全てを任せることにしたらしい。

 私は少し心配になった。
 会計と言えばお金がからんでくる。
 会計業務が担当するのは、日々のお金のやりとりだけではない。
 月末のレセプト業務…それををすることで、病院にお金が入ってくるのだが…この請求、ごまかそうと思えばそれができてしまう。

 私がそんな心配をしたのには、理由があった。

 その知り合いの人が来てから、私たちの知らない間に、知らない名前のカルテが作られていることがあった。
 この患者さんは誰か聞けば、あの人の家族、あの人の仕事仲間、友達だと言う。

 でも来ている人数と、上がっているカルテの数が合わない時があるのはどうしてだろう…。
 そしてその合わないカルテに書かれているのは、あの人が連れて来た人たちだ。
 カルテを作っているのは奥さんやあの人の知り合いだから、間違えてカルテを作ったわけではないはず。
 
 月末のレセプト業務はカルテの受診記録を見て、保険点数が決まり、保険請求を行うのだが、この通院日数や保険点数を増やすことで、実際より多くの保険請求を行える。
 それは、いわゆる「病院の不正受給ふせいじゅきゅう」というもので、それに該当しなければいいが…。 
 私や他の職員さんは、少しハラハラしながら、その様子を見守るしかなかった。

 そんな状況でも、先生は何も言わなかった。
 でもおかしいとは思っていたはずだ…カルテに病状や診察内容を記入するのは先生なのだから。
 実際に診た患者数と、記入するカルテの数が違えば違和感を感じ、気づくだろう。

 そして、あの人もそのことは知っているはずだ。
 むしろ、あの人がそうするように指示を出していたのかもしれない。
 今までこんなことは無かった。
 あの人の知り合いが来てから、会計、レセプト業務をやるようになってからこんなことになった…。

※※※

 ある時は、診察室や待合室が、あの人の知り合いに埋め尽くされる日もあった。
 それだけじゃない、職員の控える場所にも、あの人の知り合いが居る。
 そして奥さんと先生は、その状況に何も言わない。

 おかしなものを感じているのは、私と他の職員さんと…一部の患者さんだった。

「また、あの人たち来てるな。あの人たちは奥さんとどんな関係なんや…?やたら距離が近いし、いつもつるんでる。」

 そんな質問に、私たちは苦笑いをするだけで何も返せなかった。

 ここは病院という名前の、あの人の城なんですよ…そう言えたらどれだけ楽だったか、今でもそう思う。
 
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