秘密の姫は男装王子になりたくない

青峰輝楽

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第二部

17・幼馴染の告白

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 出発の前に私はもう一度、ゼクスの部屋に行って、帰国しないにしても父たちと王宮にいてはどうかと話した。



「ばか、おまえが行くのに俺が隠れてるなんてあるかよ。折角生きて会えたんだ。俺はおまえを護る!」

「ゼクス、ずっとリオンのふりして騙してたこと、怒ってないの?」

「そりゃあ……少しは。でも、しかたなかったんだろ、色々」



 リオンとしても仲良くなれたと思っていたけど、やっぱり幼馴染のリエラに対するのとはゼクスの態度は全然違う。なんだか立派な王子さまぶりだなあなんて思って少し寂しく感じた事もあったけれど、こうして二人で隠し事もなしに話していれば、親友のゼクスとリエラは何も変わっていないように思えた。



「なあリエラ。俺はなんでレイアークに来たと思う?」

「えっ、それは、私のせいで国に居づらくなったんでしょ?」

「それはそうなんだけど、別に政情不安定なレイアークでなくとも、留学先は他の国でもよかった。でも俺は、レイアークに来ればおまえに会えると思ったんだよ。それに……あの別れる時に、ジークはおまえのことを姫君って言った。おまえがレイアークの姫なら、俺とおまえの間に身分の壁はなくなる、と」

「そうだね。私もまずそれを思ったんだっけ。でも男になれと言われて、それだったらゼクスと結婚出来ないじゃんと思って断ったんだったなあ」



 なんだかすごく遠い昔のような気がした。あの時は、友達と結婚相手の違いもよく考えてなかったなあ、なんて思ったら。



「結婚?!」



 ってゼクスが驚きの声を上げた。



「あ。や、ごめん、勝手に考えただけだよ。ほら、私たち滅多に会えなかったし、私には一緒にいたい友達なんてゼクスしかいなかったから、結婚したらずっと一緒に楽しく暮らせるのかなあなんて。ゼクスにはゼクスが結婚したい相手だっているかも知れないのに、馬鹿だね、私」

「い、いや、馬鹿なんてことはない。お、おまえ、その、俺と結婚してもいいと、思ってるのか?」

「え? ううん」



 何か意気込んだ様子のゼクスに、私はあっさりきっぱり答えた。以前だったら、よくわからなくなって考え込んでしまったかも知れないけれど、今の私は、結婚してずっと一緒に生きていきたい相手が誰だかわかっている。まあ、戦いに勝たなければ私たちに未来はないのだけれども。



「え、だって、あの、え、そ、そうか」



 ゼクスはなんだかがっくりしたようだったけれど、私は能天気に、



「だってトゥルースにいた頃は、男の人を好きになるってどういう事かよくわかんなかったし。だから、ゼクスは友達として好きなのに、結婚したらどうかななんて考えて……ど、どうしたの、ゼクス?」

「……いや。いいよ。うん、おまえはそういうやつだったな。でも、そんなおまえを俺は好きになったんだ」

「ありがとう、ゼクス。私もだよ。リエラとしてゼクスと話せるようになって嬉しい」

「だーかーら!!」



 どうしてだかゼクスを怒らせてしまったようで、私はびっくりしてしまう。え、何故?



「なんでそんなに鈍いんだよ! もう、こんな状況だし、おまえの気持ちはわかったけど、俺は言わせてもらうからな。俺は、おまえに求婚したいと思ってレイアークに来たんだよ!」

「え? きゅ、求婚?!」

「ああ。俺はずっとおまえに惚れてたよ。おまえはただ一緒にいて楽しいな、くらいの気持ちだったのかも知れないが、俺は素の俺を受け入れてくれる女はおまえだけだとずっと思っていた。でも、小間使いのおまえを妃には出来ないし、愛妾なんかおまえには合わないし辛い思いをさせるだけだと思ったから、諦めてたんだよ」

「えっ……」

「でも、レイアークの姫なら妃に出来る。なんなら第三王子の俺は入り婿になったっていい。そんな期待を持って、国境を越えてから先に王宮の事情を配下に探らせたら、ジークは遠出から一人で帰って来て、姫なんてどこにもいないと言うから、俺はおまえが死んだとばかり」

「あの、その、えっと、ごめんね?」



 ゼクスが私を? 思いもしていなかったので本当に驚いた。だって、ゼクスは王子さまで私は小間使いだったから……そんな可能性は勝手に頭から排除していたのだ。



「俺の苦悩がわかったか、ばか!」

「あ、う、うん。なんか、ごめんなさい」



 私は意識せずにゼクスを振ってしまったらしい……。



「あの、でも、ゼクスが私にとって大事な人なのには間違いないから。ゼクスが、もうこんな私の傍にいたくないっていうんなら、いや、そうでなくても、ゼクスには是非安全なところにいて欲しいけれど」

「おまえが他の奴と結婚したいからって、おまえを見捨てて逃げるか、ばか。――で、相手は誰なんだよ。ジークか」

「……うん」



 ゼクスは大仰に溜息をついた。



「まあ、枢機卿のとこで様子見てて、そうかな、とは思ったけどさ。けど、あいつ、女の事はてんで解ってないって噂じゃないか。いつの間に求婚されたんだ?」

「えっ、いや、求婚とかないよ! 結婚とかそんな事言ってないし! ただ、ただ、私がジークを好きって言って、ジークも、私を好きって……」

「……まあ、おまえがリオンの身代わりからリエラ姫に戻れたら、二人が望めば何の問題もないのかも知れないな」



 話していたらなんだか段々不安になってきた。

 あの、もう死ぬんだという時に、気持ちを伝えて自分もそうだと言われたから、私は、私たちは愛し合っているんだし、生き延びる事が出来たら恋人なんだ、というふうに思っていた。でも、ジークの態度は元に戻っちゃったし、二人で話す暇なんてないし……もしかしてあの記憶は死にそうになって見たまぼろしではあるまいか、とさえ私は自分に自信が持てなくなってきた。



「なんだよ、急に変な顔して」

「うう、私、変な顔?」

「いや、おまえは綺麗だよ、以前よりずっと……、じゃなくって、何を急に悩みだしたんだよ?」

「だって……」



 しかし、流石に今振ってしまったばかりの相手に他の人との恋の悩みを打ち明け出す程私も厚かましくはない。なんでもないと誤魔化そうとしたけれど、



「俺たちはお互いに大事な友達だろ? 俺はな、こう見えても、社交の一部ではあったけど、けっこう女性の悩みを聞いてやることが多かったから、力になってやれるかも知れないぞ。話してみろよ」



 なんて言ってくる。



「ええ、ゼクスが女性の悩みを?」

「おう。まあ俺が全く女っ気がないから、却って話しやすかったのかもな。こんなとき男の方はどう思われていますの? なんて聞かれて、適当に返しながらも、へえ女ってこんな風に考えるのか、なんて逆に学んだりな!」

「そ、そう。でも、あの、やっぱり、悪いよ」

「俺にジークとの事を相談するのが、か? 気にするな、さっき言った事は。俺は自分の気持ちにけりをつける為に言っただけだ。ジークがおまえの事を頼みに来た時、おまえが生きてて凄く嬉しかったけど、でもこいつには敵わないな、とも思ったんだ。だから、いいよ。会ってまだ二月だけど、毎朝鍛えて貰って、本当の兄上よりも兄貴のようにも思えるし。悩んでたんだ。ジークに親しみを感じる度に、こいつはリエラを殺したのに俺は何やってんだ、って」

「ごめんね。ほんと、あんなお芝居必要なかったのに」

「それだけあいつに大事に思われてるってことだろ」



 それで遂に私はゼクスの優しさに甘えてしまう事にした。こんな事のんびり話してる場合じゃないんだけど、こうしていると不安や恐怖を忘れられるし、もやもやした気持ちのままで皆の前に立つのも良くないと思ったから。手配は全部ジークがやってくれているので、今の時間は特にする事もなくて、しっかり休息をとるようにとだけ言われていた。



「『好きなの、愛してる』と言ったら、『わたしもきみが大好きだ』って言ったのか。ふーん」



 な、な、なんだか、人の口から改めてその台詞が出ると、死ぬ程恥ずかしい。しかも男性に、私は何を喋ってしまっているのだろう!



「も、もういいよ、ほんとごめん。自分で考えるよ!」

「まあまあ。あいつがおまえの事を大好きなことくらいは誰にでもわかるさ。おまえの為に死ねと言われて、はい死にますとか夫婦だって中々言えないぜ」

「うん……」

「たださあ、『愛してる』って言われて、『大好きだよ』って返しはどうなの、って俺は思う訳」

「え」

「『好き』の種類は滅茶苦茶多いからな。『わたしもきみをずっと愛していた』とか言うところじゃないのか?」

「そ、そんなあ。じゃあ、ジークは私の事あ……同じ気持ちじゃないってこと?!」

「いやそこまでは言わないけど」

「ふつう解るでしょ、その意味合い! それとも、あんな状況だったからジークはただ私を気遣って……?」

「嘘はつかないと思うよ。ただ、あいつの鈍感はふつうじゃないんだろ。だいたいさあ、おまえの鈍感だって人の事言えないだろ。レイアークの王族は色恋に鈍感の血でもあるのかよ。俺が好きだって言ったら、私も~とかさあ」

「うう、ごめんなさい……」



 でも、そうだった。ジークは頭は良いのに恋愛に関しては、ふつうの人がふつうにわかる事がわからない人なのだった。エリスと私の仲を疑われた時の発言、それに遡って、トゥルースで厨房の男に襲われそうになった時に恋人と間違えたことなんかを思い出す。



「じゃ、じゃあ、私はどう言えばよかったのよ?!」

「まあ――状況が緊迫してたから確かめようもなかったし。時間が出来たら、もう一度確かめてみればいいじゃないか」

「ほんとに愛してる? って?」

「そうだよ。別にいいじゃんか」



 別にいいのだろうか。え? とか言われたらどうしよう。



「大丈夫だよ。仮にわかってないとしたって、おまえの事大好きなのには変わりないんだから、わからせてやればいいじゃないか」

「うん……ゼクス、ありがとう。なんでそんな事言ってくれるの? ゼクスは私を」

「俺はおまえが生きてて、おまえと一緒にいられるだけで嬉しいんだよ。友達、だろ。俺の事は気にするな、結婚相手はそのうち見つけるから」



 なんて言ってゼクスは笑い飛ばしてくれるけれど、やっぱりなんだか無理して笑ってるようにも思えて申し訳ない。

 でもゼクスは私の肩をかるく叩いて、



「ま、どっちにしろ暫くはまだ『リオン』なんだろ。戦ってソマンドを退けないとなんにも出来ないぞ。俺はおまえとおまえの国を護る為に行くんだからな。ほんとはおまえこそ安全な場所にいて欲しいけど、そうも言ってられないっていうならな。ジークは指揮官だから常におまえだけを見てはいられないだろ。だからその分くらいは俺に護らせてくれよな」



 と少し真剣な顔になって言ってくれた。



 「暫くは『リオン』」。でも、実の所、枢機卿にばれてしまったという負の要因が増えただけで、私が王女に戻れる目算は今の所立っていない。この戦いで、王太子として勝利に貢献できたなら、みんなが認めてくれる可能性も生まれるだろうか。
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