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7・悪役令嬢の新しい生活
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「お嬢様、新しいドレスが届いていますわ。それに、素敵な首飾りも」
「また? どこかへ出かける訳でもないのに、そんなに要らないのに……」
ドレスや宝石を贈られて、嬉しくない訳では勿論ないけれど、こう度々だと申し訳ないし勿体ない、という気持ちが先に立って、今ではすっかり打ち解けた侍女のマリーの前ではついそう洩らしてしまう。勿論、贈り主は、いまの私の庇護者ラトゥーリエ公爵だ。
でもマリーは私の髪を整えながら鏡の中の私に楽しそうに笑いかける。
「お嬢様が贈り物のドレスを着てユーグさまとお話しして下さればそれで充分なのですわ。ユーグさまは今までずっと、ご自分の為には殆ど何も買われませんでしたもの。お嬢様がお喜びになればそれがユーグさまにとっても喜びなんですわ」
私は鏡の中の自分をじっと見る。死に向かって進んでいた時間から解き放たれて、ラトゥーリエ公爵の館で暮らすようになってから、ひと月が過ぎようとしていた。外出する事は出来ないものの、何不自由ない生活をさせて貰い、やつれ果てていた私はもうすっかり元の顔を取り戻していた。
私に求められる事は、ラトゥーリエ公爵、シルヴァンの話し相手をすることだけだ。私は最初、館の人々も皆、レジーヌのように私に対して敵意を表すのではないかと思っていたけれど、そんな事はなかった。私に付いてくれる侍女のマリーを始め、執事や従僕たちは皆、私をお嬢様と呼び丁重に扱ってくれる。それは、私が彼らのあるじであるラトゥーリエ公爵の大事な客だから、という理由である事はすぐにわかった。愛想の欠片もないぶっきらぼうな主人を、彼らは絶対の忠誠と敬愛を込めた目で見ている。にこりともせずに必要な事だけを言いつける主人の命に、彼らは嬉々として従っている。
「お嬢様がいらしてから、ユーグさまは随分と明るくなられました」
などとマリーは嬉しそうに言う。
「えっ? 明るい?!」
私は心から驚いた。シルヴァンは、明るい人、という表現とは対極の存在に思えていたからだ。
このひと月の間、声を立てて笑うどころか、微笑みと呼べるものさえも見ていない気がする。青白い肌にアイスブルーの瞳、銀糸のような髪。傍に居ても体温を感じることもなく、黙って座っていれば神話をモチーフにした彫刻のようでさえある。それ程に、ぱっと見には人間らしさが窺えない。
けれど、このひと月で、私にも、彼は決して冷血な人ではないのだということはわかって来た。
感情を滅多に表情に出さないだけで、何も考えていない訳ではない。物言いはぶっきらぼうで言葉の選び方は不器用だけれど、ちゃんと目の前の相手を気遣っている。使用人に笑いかける事はないけれど、日々の労に対してちゃんとねぎらいの言葉をかけるし、細かなところにも目をやっている。嬉しい時、楽しい時、不愉快な時……瞳の光、唇の動きに、私は彼の感情をある程度は読み取れるようになっていた。
『アリアンナ、やはりおまえには明るい色が似合うようだ』
贈られたドレスを着てお礼を言うと、確かにシルヴァンは嬉しそうに見えた。だから、マリーが、私はただ贈り物を受け取って彼の話し相手をしていればいいのだ、と言うのは理解出来る気がした。
でも、私に対してどうしてそこまで好意を示してくれるのかは未だわからない。何度聞いても、知らなくていいと言われるばかりで、だから私はまだ彼を名前で呼べないし、その話題もいつの間にか触れられなくなってしまっていた。
「明るくなられたんですよ。以前は一日中お部屋に閉じこもっていらっしゃる事も珍しくありませんでしたもの。執務も全てお一人で書斎でこなされて。でも今は、お嬢様と庭園に出られる時だってあるじゃありませんか。皆、とても喜んで、お嬢様に感謝していますわ」
「べつに私は感謝されるような事はしてないわ。庭を見せようと言われてついて行っただけで」
「それがいいのでございますよ! わたくし、もしかしたらお嬢様のお力で、ユーグさまはいつか元のようにお治りになるのでは、とも思いますわ」
「元のように?」
私は聞き返した。マリーは失言だったと言わんばかりに言葉を飲み込んだ。
「元、ってなに。もしかして、彼の、病気のこと……?」
髪の色が変わったのは、病気のせいだと聞いたけれど、病気についてそれ以上詳しい事も教えてもらえない。ただ、寒い部屋を好むのは、その病気のせいで体質が変わったせいだ、とは知った。いったいどういう病気なのか、今まで持っていた知識には当てはまるものはない。恩人のことなので、私は知りたかった。
でもマリーは答えをはぐらかした。
「あの、元は、ユーグさまはとても朗らかな方でしたのよ。社交的で、明るくて活発で、ユーグさまご自身も周囲も、笑顔が絶えませんでしたの。だから、もちろん今のユーグさまの事もわたくしどもは心から尊敬申し上げておりますけれど、あの頃に戻られたら、きっとユーグさまはもっと元気になられるだろうと……」
「は?」
余りに衝撃的だったので、私は病気の事を追及するのを忘れてしまった。
朗らか? 社交的? 笑顔が絶えない? それは、私が知っている不器用で無表情なシルヴァンと同じ人とはとても思えない。
「うそでしょ。信じられないわ」
「嘘なんか申しませんわ。わたくしは子どもの頃からユーグさまにお仕えしております。ユーグさまは皆から好かれる貴公子でしたわ。先王陛下だって……」
「喋り過ぎだ、マリー」
不意に背後から声がかかり、私とマリーは同時に驚きの声を上げた。鏡の中、私の背後の扉の所に銀の髪の青年が立っている。
「ま、まあ、シルヴァン! 私、まだ身だしなみを整えているところなのに! 黙って入って来ないで!」
彼は気配に乏しいので、時々こうやって驚かされる。
「ああ、済まない、廊下まで聞こえたので、つい」
貴族なら低位でも弁えている筈の礼儀を、彼は時々忘れる。社交的だったなんてとても信じられない。
「申し訳ありません、ユーグさま」
「俺を案じてくれているのはわかっているが、アリアンナが混乱するようなことは言わないでもらいたい」
「はい……」
マリーはすっかりしょげてしまい、大急ぎで私の髪を仕上げるとそそくさと出て行ってしまった。
「私が尋ねたのよ。マリーを責めないで」
「べつに責める気はない。ただ、むかしのことを言われたくないだけだ」
そう言って彼はそっと近づいて来る。いつものように冷気を纏っていて、彼が入って来ると部屋の温度が下がってしまうような感じがする。
「でも、本当に社交的だったの? 今のあなたからは想像できないわ」
「想像なんかしなくていい。今の俺が俺だし、戻ることはない」
きっぱりとそう答えて、それから私を眺め、
「今日も綺麗だ、アリアンナ。おまえが居てくれて嬉しい」
と歯の浮くような挨拶をした。感情の籠もらない口調でこんな事を言われても普通は、ぞんさいなお世辞にしか聞こえないのだけれど、彼は思った事しか言わないのを既に私は知っているので、ありがとう、と返す。
「別に詮索したい訳じゃないの。今のあなたを嫌いな訳じゃないもの。それは、まあ、もう少しわかりやすくなってくれるといい、とは思うけれども」
何となく、シルヴァンが昔の事を言われて寂しそうにも思えたので、そんな風に声をかけてみた。彼は僅かに目を見開いて、
「嫌いじゃない?」
と問い返す。
「ええ」
なんだか意外そうだけれどどうしたのだろう?
「俺は……嫌われてるかと思っていた」
「まあ。恩人を嫌う訳ないじゃない」
私はちょっと驚き、ちょっと寂しかった。
確かに出会った時の私の態度は最悪だったけれど、落ち着きを取り戻してからは、私なりに彼の話し相手を務めているうちに、色々謎は多いけれども悪い人ではないとわかって、淑女として好意的に接して来たつもりだったのに、どうやら伝わっていなかったようだったので。
接する、と言えば、彼を信じようと思ってから、ちゃんと目上の男性と話す物言いに改めようとしたのだけど、普通にしてくれる方が嬉しいのだと言われて、なし崩しに、友人に対するような態度になってしまっている。
「恩を感じてくれるのは嬉しいが、無理をして俺の話に付き合ってくれているのだろうと思っていた。俺は話がうまくないから、おまえは優しいからそんな素振りは見せないけど、きっと嫌だろうな、と」
「嫌ではないわ。あなたと話すのは、最初は戸惑ったりもしたけれど、今は楽しいわ」
本当なのだ。確かに、今まで社交で話をして来た多くの貴族の男性とは全く勝手は違ったのだけど。
シルヴァンは、場を盛り上げたり気の利いた事を言ったりする事は全くない。そもそも、話題が女性向けではない。難しい書物の話とか歴史の話とか、パーティで話すような楽しい内容とはまるで違い、聞いた事もないような話も多かった。でも、こういう話をする時の彼は、変に感情を盛り上げて相手を喜ばすような話ではないせいか、滑らかで普段よりずっとわかりやすかった。私も元々勉強は好きだし、無理に話を合わせて貰うよりも、好きな事を喋って貰って質問をしたりする方が楽しいと感じていたのだ。
「そうか」
「そうよ。あなた、私が嫌がっているように見えたの?」
「そうではないが、俺は女の気持ちとかわからないから。以前はレジーヌにああいう話をしては、つまらない男だと言われていたし」
レジーヌは暫く出入り禁止になっていたけれど、いつの間にか毎日のように館に来ている。マリーによると、二人はしょちゅう喧嘩をしてはそういう状態になるのだそう。でも、今回のシルヴァンの怒りはいつもよりだいぶ大きかったらしい。
私と顔を合わせると相変わらず侮辱するような物言いをして来て口喧嘩になるけれど、わざわざやって来るのはやっぱりシルヴァンの事が気になるからなのだろう、と思うのだけれど。
「私はレジーヌではないし、シルヴァンの話はつまらなくなんかないわ」
そう言うと、彼は唇を動かして、知らない人には見えない笑みをこぼす。
「なら良かった。おまえには楽しく過ごして欲しいから」
と言って、私を庭園の散歩に誘った。
「また? どこかへ出かける訳でもないのに、そんなに要らないのに……」
ドレスや宝石を贈られて、嬉しくない訳では勿論ないけれど、こう度々だと申し訳ないし勿体ない、という気持ちが先に立って、今ではすっかり打ち解けた侍女のマリーの前ではついそう洩らしてしまう。勿論、贈り主は、いまの私の庇護者ラトゥーリエ公爵だ。
でもマリーは私の髪を整えながら鏡の中の私に楽しそうに笑いかける。
「お嬢様が贈り物のドレスを着てユーグさまとお話しして下さればそれで充分なのですわ。ユーグさまは今までずっと、ご自分の為には殆ど何も買われませんでしたもの。お嬢様がお喜びになればそれがユーグさまにとっても喜びなんですわ」
私は鏡の中の自分をじっと見る。死に向かって進んでいた時間から解き放たれて、ラトゥーリエ公爵の館で暮らすようになってから、ひと月が過ぎようとしていた。外出する事は出来ないものの、何不自由ない生活をさせて貰い、やつれ果てていた私はもうすっかり元の顔を取り戻していた。
私に求められる事は、ラトゥーリエ公爵、シルヴァンの話し相手をすることだけだ。私は最初、館の人々も皆、レジーヌのように私に対して敵意を表すのではないかと思っていたけれど、そんな事はなかった。私に付いてくれる侍女のマリーを始め、執事や従僕たちは皆、私をお嬢様と呼び丁重に扱ってくれる。それは、私が彼らのあるじであるラトゥーリエ公爵の大事な客だから、という理由である事はすぐにわかった。愛想の欠片もないぶっきらぼうな主人を、彼らは絶対の忠誠と敬愛を込めた目で見ている。にこりともせずに必要な事だけを言いつける主人の命に、彼らは嬉々として従っている。
「お嬢様がいらしてから、ユーグさまは随分と明るくなられました」
などとマリーは嬉しそうに言う。
「えっ? 明るい?!」
私は心から驚いた。シルヴァンは、明るい人、という表現とは対極の存在に思えていたからだ。
このひと月の間、声を立てて笑うどころか、微笑みと呼べるものさえも見ていない気がする。青白い肌にアイスブルーの瞳、銀糸のような髪。傍に居ても体温を感じることもなく、黙って座っていれば神話をモチーフにした彫刻のようでさえある。それ程に、ぱっと見には人間らしさが窺えない。
けれど、このひと月で、私にも、彼は決して冷血な人ではないのだということはわかって来た。
感情を滅多に表情に出さないだけで、何も考えていない訳ではない。物言いはぶっきらぼうで言葉の選び方は不器用だけれど、ちゃんと目の前の相手を気遣っている。使用人に笑いかける事はないけれど、日々の労に対してちゃんとねぎらいの言葉をかけるし、細かなところにも目をやっている。嬉しい時、楽しい時、不愉快な時……瞳の光、唇の動きに、私は彼の感情をある程度は読み取れるようになっていた。
『アリアンナ、やはりおまえには明るい色が似合うようだ』
贈られたドレスを着てお礼を言うと、確かにシルヴァンは嬉しそうに見えた。だから、マリーが、私はただ贈り物を受け取って彼の話し相手をしていればいいのだ、と言うのは理解出来る気がした。
でも、私に対してどうしてそこまで好意を示してくれるのかは未だわからない。何度聞いても、知らなくていいと言われるばかりで、だから私はまだ彼を名前で呼べないし、その話題もいつの間にか触れられなくなってしまっていた。
「明るくなられたんですよ。以前は一日中お部屋に閉じこもっていらっしゃる事も珍しくありませんでしたもの。執務も全てお一人で書斎でこなされて。でも今は、お嬢様と庭園に出られる時だってあるじゃありませんか。皆、とても喜んで、お嬢様に感謝していますわ」
「べつに私は感謝されるような事はしてないわ。庭を見せようと言われてついて行っただけで」
「それがいいのでございますよ! わたくし、もしかしたらお嬢様のお力で、ユーグさまはいつか元のようにお治りになるのでは、とも思いますわ」
「元のように?」
私は聞き返した。マリーは失言だったと言わんばかりに言葉を飲み込んだ。
「元、ってなに。もしかして、彼の、病気のこと……?」
髪の色が変わったのは、病気のせいだと聞いたけれど、病気についてそれ以上詳しい事も教えてもらえない。ただ、寒い部屋を好むのは、その病気のせいで体質が変わったせいだ、とは知った。いったいどういう病気なのか、今まで持っていた知識には当てはまるものはない。恩人のことなので、私は知りたかった。
でもマリーは答えをはぐらかした。
「あの、元は、ユーグさまはとても朗らかな方でしたのよ。社交的で、明るくて活発で、ユーグさまご自身も周囲も、笑顔が絶えませんでしたの。だから、もちろん今のユーグさまの事もわたくしどもは心から尊敬申し上げておりますけれど、あの頃に戻られたら、きっとユーグさまはもっと元気になられるだろうと……」
「は?」
余りに衝撃的だったので、私は病気の事を追及するのを忘れてしまった。
朗らか? 社交的? 笑顔が絶えない? それは、私が知っている不器用で無表情なシルヴァンと同じ人とはとても思えない。
「うそでしょ。信じられないわ」
「嘘なんか申しませんわ。わたくしは子どもの頃からユーグさまにお仕えしております。ユーグさまは皆から好かれる貴公子でしたわ。先王陛下だって……」
「喋り過ぎだ、マリー」
不意に背後から声がかかり、私とマリーは同時に驚きの声を上げた。鏡の中、私の背後の扉の所に銀の髪の青年が立っている。
「ま、まあ、シルヴァン! 私、まだ身だしなみを整えているところなのに! 黙って入って来ないで!」
彼は気配に乏しいので、時々こうやって驚かされる。
「ああ、済まない、廊下まで聞こえたので、つい」
貴族なら低位でも弁えている筈の礼儀を、彼は時々忘れる。社交的だったなんてとても信じられない。
「申し訳ありません、ユーグさま」
「俺を案じてくれているのはわかっているが、アリアンナが混乱するようなことは言わないでもらいたい」
「はい……」
マリーはすっかりしょげてしまい、大急ぎで私の髪を仕上げるとそそくさと出て行ってしまった。
「私が尋ねたのよ。マリーを責めないで」
「べつに責める気はない。ただ、むかしのことを言われたくないだけだ」
そう言って彼はそっと近づいて来る。いつものように冷気を纏っていて、彼が入って来ると部屋の温度が下がってしまうような感じがする。
「でも、本当に社交的だったの? 今のあなたからは想像できないわ」
「想像なんかしなくていい。今の俺が俺だし、戻ることはない」
きっぱりとそう答えて、それから私を眺め、
「今日も綺麗だ、アリアンナ。おまえが居てくれて嬉しい」
と歯の浮くような挨拶をした。感情の籠もらない口調でこんな事を言われても普通は、ぞんさいなお世辞にしか聞こえないのだけれど、彼は思った事しか言わないのを既に私は知っているので、ありがとう、と返す。
「別に詮索したい訳じゃないの。今のあなたを嫌いな訳じゃないもの。それは、まあ、もう少しわかりやすくなってくれるといい、とは思うけれども」
何となく、シルヴァンが昔の事を言われて寂しそうにも思えたので、そんな風に声をかけてみた。彼は僅かに目を見開いて、
「嫌いじゃない?」
と問い返す。
「ええ」
なんだか意外そうだけれどどうしたのだろう?
「俺は……嫌われてるかと思っていた」
「まあ。恩人を嫌う訳ないじゃない」
私はちょっと驚き、ちょっと寂しかった。
確かに出会った時の私の態度は最悪だったけれど、落ち着きを取り戻してからは、私なりに彼の話し相手を務めているうちに、色々謎は多いけれども悪い人ではないとわかって、淑女として好意的に接して来たつもりだったのに、どうやら伝わっていなかったようだったので。
接する、と言えば、彼を信じようと思ってから、ちゃんと目上の男性と話す物言いに改めようとしたのだけど、普通にしてくれる方が嬉しいのだと言われて、なし崩しに、友人に対するような態度になってしまっている。
「恩を感じてくれるのは嬉しいが、無理をして俺の話に付き合ってくれているのだろうと思っていた。俺は話がうまくないから、おまえは優しいからそんな素振りは見せないけど、きっと嫌だろうな、と」
「嫌ではないわ。あなたと話すのは、最初は戸惑ったりもしたけれど、今は楽しいわ」
本当なのだ。確かに、今まで社交で話をして来た多くの貴族の男性とは全く勝手は違ったのだけど。
シルヴァンは、場を盛り上げたり気の利いた事を言ったりする事は全くない。そもそも、話題が女性向けではない。難しい書物の話とか歴史の話とか、パーティで話すような楽しい内容とはまるで違い、聞いた事もないような話も多かった。でも、こういう話をする時の彼は、変に感情を盛り上げて相手を喜ばすような話ではないせいか、滑らかで普段よりずっとわかりやすかった。私も元々勉強は好きだし、無理に話を合わせて貰うよりも、好きな事を喋って貰って質問をしたりする方が楽しいと感じていたのだ。
「そうか」
「そうよ。あなた、私が嫌がっているように見えたの?」
「そうではないが、俺は女の気持ちとかわからないから。以前はレジーヌにああいう話をしては、つまらない男だと言われていたし」
レジーヌは暫く出入り禁止になっていたけれど、いつの間にか毎日のように館に来ている。マリーによると、二人はしょちゅう喧嘩をしてはそういう状態になるのだそう。でも、今回のシルヴァンの怒りはいつもよりだいぶ大きかったらしい。
私と顔を合わせると相変わらず侮辱するような物言いをして来て口喧嘩になるけれど、わざわざやって来るのはやっぱりシルヴァンの事が気になるからなのだろう、と思うのだけれど。
「私はレジーヌではないし、シルヴァンの話はつまらなくなんかないわ」
そう言うと、彼は唇を動かして、知らない人には見えない笑みをこぼす。
「なら良かった。おまえには楽しく過ごして欲しいから」
と言って、私を庭園の散歩に誘った。
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