はるなつ来たり夢語

末千屋 コイメ

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番外編

最終話

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「母ちゃーん! すばる屋の旦那の薬は何だっけ?」
「あいあい。葛根湯だよ」
「あーい!」
 薬箪笥を引き出して、夢夏は生薬を煎じる。
 さすがに夏樹せんせの息子なだけあって、わちきよりもすごい早さで薬をぜーんぶ覚えちまったい。頭の出来が違うんだねぇ。わちきの息子でもあるって思えないくらいだ。
 伊織屋のことを任せられるくらいには立派な「医者」だと思うんだけど、夏樹せんせに言わせてみれば「薬師」なんだと。まだ診断はできてないって。まっこと、よくわかんない!
 そこらの薬問屋だと薬師が医者の勤めも兼ねてるんだけど、伊織屋だと隣に養生所があるからって、具合の悪い人らが集まる。
 夏樹せんせは「おれが休んでる間も病は休んでくんねぇから」って、口癖のように言うから、たまに殴って気絶させてでも休ませてやらなきゃならない。吉原ちょうにいた時よりも忙しいと感じるのは、この人の世話しなきゃなんないからかねぇ。
 大きく成長した息子の縁談についても考えなきゃならなくなってきた。あちこちから「うちの娘を嫁に!」なんて声がかかる。
 お義母さんから聞いた話だと、夏樹せんせもあちこちから声をかけられていたし、見合いの話もたくさんあったらしい。それらを全部蹴ってわちきを女房にしてくれたのは……、夢のような話さね。
「夢夏。一息付きな。さっきから働き詰めだよ」
「あい。ありがと、母ちゃん」
 夢夏の横にお茶を置いて、わちきは座る。夏樹せんせは回診に出てるから、今のうちに夢夏に好みの女がどんなのか聞いとこうかねぇ。
「ねえ夢夏。あんた、どんな女が好きだい?」
「えー? おれはおれのことを好きな子が好き」
「はあ……。あんたねぇ、父ちゃんと同じようなこと言うんじゃないよ」
 夏樹せんせのほうがもっとひどかったけど。
 あまりの優しさに、相手が欲しい言葉をそのまま与えちまうんだ。「好き」と言われたら「おれも好きだ」なんて言うし、本当に好きなのか疑っちまうくらいだ。まあ、本当に好きだから、わちきはここでカミさんやらせてもらってんだけどね。
 そういえば、夢夏が吉原に回診に行くたんびに、禿かむろを惚れさせちまうって、せんせが言ってた。転んで怪我してんの見つけたらすっとんで手当てしちまうから、女はころり、だ。
 その影響か、中臣屋はも夢夏にぞっこんでほの字。
 おももはおけいにそっくりだから、助けてもらえて惚れちまったんだ。おけいも、小焼兄さんに惚れた理由が助けてもらったから、だった。
「おももはどうだい?」
「おもものことは好きだよ。でも、おれ、五人ぐらい約束しちまったから、どうしよ」
「人たらしが過ぎるんだよ。あんた、月の無い夜に刺されないどくれよ」
 吉原の女は大門から出れやしないから安心だが、おももなら首を掻っ切りそうで怖い。なにしろ、おけいの娘だから。
「母ちゃん。相手は、女じゃなきゃ駄目?」
「は? あんた、男のほうが好きだってのかい?」
「ううん。違うんだ。何と言うかさ……。その……、おれ、勃起おやかしちまったことがあって」
「誰にだい?」
「千歳おにぃ」
 血は争えないってこういう時に言うんだ。
 夏樹せんせはずぅっと一途に小焼兄さんのことが好きだった。だから、息子もそうなってもなんら不思議じゃない。
 わちきは心の奥底でゆっくり感じてた違和感を噛み締める。おもものことを好きって言うくらいだから、まだ、まだ、間に合う。きっと。
「夢夏。千歳は駄目さ。あの子は大店おおだなの跡取りだ。わちきらのような小店のしょぼい商いじゃないんだよ」
「小店のしょぼい商いって言い方はさすがにおれも傷つくぞ」
「あ! おかえり! 夏樹せんせ!」
「ただいま。まったくもう。何の話してんだ?」
 回診から戻ってきた夏樹せんせはわちきの隣に座る。薬箱にさり気なく補充してるから、さすがだって思うよ。
「夢夏に好きな子はいないか聞いてんのさ」
「へえ。で、好きな子は誰なんだ? まさか、小焼だって言わねぇよな?」
「ちょいとそのまさかに近いから困っていんす」
「おっ。久しぶりに廓言葉になるくらいには困ってんな!」
 夏樹せんせは無邪気な子供のような笑みを浮かべる。もう四十も近くなってんのに、この人はいつまでも若いまんまだ。いつまでも若いまんまだから、交合とぼしたら、何番もしちまう。さすがに七番することはなくなったけど、四番は必ずしちまうんだ。わちきは胸が垂れてきたような気がしてなんないってのに、呑気なもんだよ。
「父ちゃん、おれ、千歳おにぃが好き」
「あー、そう来たか! どうすっかなぁ……?」
「わちきもどうすればいいかわかりんせん」
「ちなみに夢夏は、千歳をどうしたいんだ? 抱きたいのか? 抱かれたいのか?」
「それは……、あの綺麗な顔が乱れるくらい、抱きたい」
「ほんっと、血は争えないね!」
 自分より力があって逞しい子を抱きたいって、どんな挑戦なんだか。わちきは抱かれたいのかと思ってたのに、勃起おやかしたって言ったので気付いてやりゃ良かったよ。
 夏樹せんせは笑いながら頬を掻いていた。お父ちゃんも昔はあの若旦那を抱きたいって思ってた、なんて言えやしないね。
「あ、ほら! おももは? おまえのことを『好きなの好きなの』言ってたろ!」
「おもものことも好きだから、おれ、二人とも嫁に貰いたい!」
「無茶を言いなさんな! 小焼兄さんに何言われるかわかりんせん! いや、小焼兄さんだけなら良いよ。おけいが気の病を拗らせて乱心したら、辺りが血の海に早変わりさ!」
「ほいたら、おれが治す!」
「いやいや、夢夏じゃおけいを止めらんねぇよ。おれも無理だと思うし!」
 医者も薬師もあの鬼を止められやしないんだ。
 夢夏の気持ちは真っ直ぐで、夏樹せんせと似たもんだ。
 相手から好きと言われて応えるってのが、おもものほうで、自分の想いを伝えたいのが、千歳のほう。
 どうしたもんかと無い頭を捻るけれど、わちきから良い考えなんて出やしない。わちきより学のある夏樹せんせがぽんっと手を打った。
「おけいに相談してみりゃ良い。あいつなら考えてくれっだろ」
「それで乱心しちまったら、どうするのさ?」
「だーいじょーぶだって! あいつの大好きな小焼には何も触らねぇし」
「まぁ、それもそうかねぇ」
 おけいは小焼兄さんのことなら狂っちまうけど、息子のことなら、母親として対応してくれる。
 なんもかんもが、ふわふわして、実感が無い。わちきが考えるよりも、頭の良い親子で相談してもらったほうが良いんだ。
 夢夏に店の方を任せて、わちきと夏樹せんせは養生所に戻る。手を引かれて二階に連れてかれた。
「気が悪くなったのかい?」
「駄目、か?」
「駄目じゃないさ。でも、どうして急に?」
「単におはるの胸を触りたくなっ、いだだだっ!」
「あんたは子供より乳離れできてないよ!」
「殴るこたねぇだろ!」
「まったくもう……。好きに触りな。急患が来たらとんでかなきゃなんないんだからね」
「ん。おはるの胸は昔っからふかふかで気持ち良いな!」
 わちきの胸の間に挟まって顔を埋めながら何言ってんだか。
 汗の匂いがする。もうけっこう興奮してるみたいだ。手を伸ばしてまらを掴んでやったら、木のようになってた。胸に埋まりながら「おはる、きもちぃ」って言ってる。この人はほんと、世話が焼けるよ。
 褌の横から手を入れて、木のようになったまらを取り出して扱いてやる。ここでせんせが顔を上げたから口吸いをする。舌を吸いあって、気持ち良いや。せんせの指がぼぼに触れる。蜜壺を掻き回されて、早く欲しくなっちまう。
「夏樹、入れて」
「おう!」
 ぐちゅんっ、と一気に奥まで挿さる。腹に力入れて締め付けてやりゃ、せんせは一際高い唸り声を出す。ゆっくりだけど確実に欲しいとこにくれる。
 腰に脚を絡ませて、背中に腕を回して、とろけるような感覚に酔う。
「すいやせーん! 夏樹せんせー!」
「あ! 急患だ! わりぃおはる! 行ってくる!」
「あいあい。行ってきな」
 中途半端になんのも慣れた。体の火照りを冷ますのも慣れちまった。急にどっと疲れが押し寄せてくる。
 しあわせだ。わちきは、ひのもといちの幸せもんだ。布団に溢れた精汁を舐めとって、目を閉じる。
 こんな夢のようなしあわせが、いつまでも続けば良い。
 そいで、わちきはそのまま夢に溶けていった。夢が叶うと、しあわせなんだ。







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感想 2

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みんなの感想(2件)

みなわなみ
2020.12.25 みなわなみ

素敵なお話をありがとうございました!
押しの夏樹先生が幸せになってくれそうで嬉しいです!
番外編もゆるりと待っております

2020.12.25 末千屋 コイメ

ご感想・お付き合いいただき、ありがとうございます!!!
番外編もお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます!

解除
みなわなみ
2020.12.09 みなわなみ
ネタバレ含む
2020.12.09 末千屋 コイメ

ご愛読いただき、ご感想ありがとうございます!
鬼噺に引き続き楽しんで頂けているようで嬉しいです♪
更新がんばりますっ!お付き合いよろしくお願いします!

解除

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