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番外編
そのいち
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わちきが伊織屋の「かみさん」って呼ばれるようになって、三月が経った。
飯のことはまあ……お義母さんが教えてくれるし、奉公人の奥さんとか女中さんが教えてくれるから、なんとかなっている……と思う。
せんせは舌がおかしい時のほうが多いようで、蕎麦に七味を大量にふりかけて食ってるのを見た。小焼兄さんが一緒にいた時だったから「蕎麦に謝れ!」なんて言われてたっけ……。食べ物のことになると、あの兄さんは表情がわかりやすくなる。いつもへの字口だけど、慣れてくると無表情じゃないってことがわかってきた。でも、些細な違いだから、わからない人はわからないままなんだ。仏頂面のままにしか見えない。
さて、わちきは夏樹せんせの往診に付き添っていた。こうやって付き添っておけば、色んなことを学ぶことができる。そんで、わちきも手伝いができるようになる、はず。少しでもせんせの手伝いができるように側にいさせてもらう。簡単な手当てをできるようになっておけば、せんせが手を離せない時にわちきが看ることもできる。診ることができなくても、看ることなら、わちきにもできるはずだ。養生所に住み込みで働いている看病中間のように、なれたら、とは思う。そういや、食事を作ってる賄中間に、茶粥の作り方を教えてもらったんだった。夏樹せんせに味見してもらったら「味がしない」って言われたんだっけ。……賄中間の娘は「夏樹先生、また舌をやられてるんですねぃ。おはるさんのお粥、美味しいですよ」なんて笑ってた。たまたま配達に来ていた小焼兄さんに食べてもらったら「美味いですよ」って少し笑って言ってくれたくらいだから……うまくできたはずなんだけどね。
まだ昼見世も始まる前だ。仲の町では、ゆったりした時間が流れている。湯屋帰りの女郎や客の見送りをしている消炭の姿がそこらへんで見られた。わちきも玄人だったら、今頃なら二度寝を貪っているところだろうね。煎餅のような平らで硬い布団でさ……。夏樹せんせが来てくれるまでは、ずっと薄い布団で凍えて寝てたもんだ。なんだか懐かしさまで感じちまう。そんなに前の話でもないってのに。
「夏樹先生」
「おっ、吾介どうした? 誰か指でも詰めたか?」
「姿が見えたから呼んだだけっすよ。指詰めてたらこんなにのんびりしてないもんでさぁ」
「あはは、そりゃそうだな」
大見世ともゑ屋の前で男に声をかけられる。確か、見世番の吾介ってやつだ。男色で陰間の役者と一緒になったと夏樹せんせから聞いたような気がする。
「あ、そちらが噂のかみさんですかい?」
「おう。おはるは、おれの自慢の女房だ。べっぴんだろ?」
「いきなり何言ってんだいあんた!」
「ぁ痛っ!」
急にべっぴんだとか言われて恥ずかしくてつい頭を叩いちまった。吾介が目の前でけらけら笑っている。
「ひー、べっぴんだけど、手が早いんすねぇ」
「何だい、あんたも叩かれたいって?」
「いやいや! 俺はご遠慮しやすよ! あっ、おはるさんって目が少し赤いんすね!」
「赤いけどそれが何さ!」
「ぴぎゃっ!」
胸を引っ叩いたら、ぞんがいに良い音が鳴った。手形が赤く浮き上がる。跡が残りやすい肌でもしてんのかね。夏樹せんせが頭を掻きながら吾介の胸を診てやっていた。
「吾介の胸に久しぶりに手形ついてんの見たなぁ」
「久しぶりってどういうことさ?」
「ああ、こいつ。おけいの世話をよくしててな。よくぶっ叩かれてたんだ。あいつ、痛いって感覚が無くて力加減できなかったから」
「いやぁ、あの時はよく先生の世話になりやしたよ。嬢ちゃん、全力でぶっ叩いてくるもんで」
「は、はぁ……」
おけいの玄人時代の話はよく噂で聞いていたけど、痛覚が無いとかは聞いたことなかった。……ああ、だから、水揚で小焼兄さんを受け入れることができたのか。わちきも水揚の時に痛覚が無けりゃ良かったのにねぇ。なんて、今はどうでも良いか。はじめてを好きな男に捧げられるってのは羨ましくもある。……わちきも、夏樹せんせに、はじめてをあげたかったな……。
世間話をしてから、ともゑ屋に入る。せんせは、不調を訴える女郎の話を一人ずつきっちり聴いて、それから薬を煎じてた。わちきはせんせに言われたものを薬箱から出す手伝い、というか練習……をしていた。
夏樹せんせの薬箱には、刻まれた生薬が袋詰めにされている。小分けにされた袋には、それぞれ符号がふられていて、中身が何なのかってのは……わちきはまだよくわかっていない。他の医者が見てもわからないものだって、せんせは言っていた。伊織屋の番頭の話だと、薬箱そのものが医者としての能力を如実に現しているらしい。個性とか知識が凝縮されたものだと。往診先で可能な限り簡便に対応ができるように工夫されているとか。
「おはる、これじゃなくて右隣のやつとってくれ」
「あい!」
「ん。ありがと」
やっぱり難しい。どれがどれだとかすぐにわかんないよ。三段にされた薬箱には、ゆうに百種類は超える生薬が詰められている。それが全てどういう効能があって、どれと混ぜれば良いかなんて、わちきがすぐわかるわけがない。
薬を調合している間に話しかけても、せんせは相槌ぐらいしか打ってくれない。集中している時に話しかけても邪魔になるだけだね……。
看病中間になるのもなかなか難しい道のりのようだ。でも、わちきもやればできるってことをせんせにわかってもらわないと。少しでも負担が減るようにしてやんないと、優しいから他人のことばっか世話しちまう。自分の世話もして欲しいってのに。
見世を出て、道を歩いていく。いつも立ち寄る見世には全部行ったはずだから、何処に向かってるのかと思えば、中臣屋だった。店先で番頭と話したかと思えば、わちきの顔を見る。
「小焼に頼まれてた薬を届けに来たんだが、あいつは離れに行ってるってよ」
「離れなんてあんのかい?」
「おう。小焼の母ちゃんが労咳だったからな。それで、少し離れた長屋に離れがあんだよ。……うーん、邪魔しちまうような気もするが、一応見に行っておくか。おはるも場所覚えとけば、おれが手を離せない時に薬を届けられるだろうし」
というわけで、離れへ向かう。そんなに歩くことなく、辿り着いた。せんせは戸に手をかけたが、すぐに離した。
「中臣屋の離れはここだ」
「で、何で入らないんだい? 中に小焼兄さんいるんだろ?」
「あー……こっち来てみな。戸に耳あてて」
せんせが手招きをするので、わちきは戸に耳をあてる。
「アッ、いっ、ぁ……! あっ、あっ、イッ、んあぁ……はっ、らめっ、おくらめえっ!」
……ああ、そういうことね。おけいのよがり泣く声が聞こえる。真昼間から盛っちまってんのか。まあ、子供が一緒に寝てるところで、交合すのも……ってことなのかねぇ。
夏樹せんせは頬を掻いてた。少し頬が赤いように見える。ああ、あてられちまったかな……。そういえば、ご無沙汰なんだった。しようとしても、急患だとかでせんせが呼び出されちまうから、それっきり。
「せんせ、気が悪くなったのかい?」
「ふぇっ! あ、ああ、その……、ずっと、してなかったからさ」
「ふーん」
わちきはせんせの手を取る。あったかい。少し涙に濡れたような垂れた目が可愛らしい。
「ここじゃ駄目だよ、せんせ」
「おはる」
ぎゅっと抱きつかれた。腹に熱いモノが擦り付けられる。こりゃけっこうあてられちまってるね……。我慢し過ぎたらこうなっちまうのも、なんとなくわかる。「やりてぇよ」って、耳元でいつもより低い声で言われて胸がドキッと跳ねた。だからって、こんな道端で盛られても困る。
「せんせ、そこに裏茶屋があっから、そこまで我慢しな。そしたら、わちきが良くしてあげるよ」
「ん」
「良い子だね。ほら、こっちこっち」
手を繋いだまま裏茶屋に向かう。裏茶屋は芸者や小間物売り、髪結いがよく利用しているもんだ。妓楼に関わって生業してるもんだから、堂々と登楼するわけにもいかないってんで、こういうとこで密会してんだ。見世の若い衆とできてる女郎もここを利用する。ご法度だっても、イイオトコがいたら、そりゃあそういうことにもなっちまうもんさね。
意外と清廉な造りをしているもんだ。紺地に白く桐の紋を染め抜きされた半暖簾をくぐれば、なかなかおつりきだ。
部屋に通される途中で既によがり声が聞こえてくる。どっかの見世の女郎が密会でもしてんだろう。もしくは芸者が来てんのか。どっちでも良いや。
部屋に着くなり、せんせはわちきをぎゅうっと抱き締める。
「おはるっ」
「あいあい。もう、そんなにしたかったのかい?」
擦り付けられる下腹部に手を伸ばして、薄い布越しにそこに触れてやる。もうこんなに勃起しちまってるなんて……どうなってんだか。指先で弄ってやれば、「きもちぃっ」って声がこぼれおちた。余裕が全く無さそうだ。布団に寝るでもなく、立ったまま。立ったままなのに、せんせの手がわちきの着物の裾を割って、腰巻も開いて入ってくる。既に濡れちまってるから、なんとなく気恥ずかしい。刺激を期待して膨らんでいた花芯に触れられ、甘い吐息がもれる。蜜壺に指が入って、擦られて、脚が震える。
「なつき、もっ、布団でしよっ」
「こんまま、したい」
「な、何言ってんだいっ!」
くるんっ、と身体を反転させられ、わちきは壁に手をつく。そしたらせんせはわちきの着物をたくし上げて……露わになったぼぼにまらがそえられる。「ちょっと!」と言うわちきの制止を無視して、差された。
「ひっ、やっ、なつ、き……!」
「あーすごいきもちい……」
後櫓なんて、玄人の時でもしたことなかったもんだから、なんだか妙な気持ちになっちまう。片足を掴まれて、奥までぐっと入れられたら、変な声が出ちまう。恥ずかしい。甘い声が出ちまうのは、夫婦になっても恥ずかしいもんだ。脚が震える。立ってらんない。壁に体重をかけて、ずるずる落ちていく。でも、せんせはやめてくれない。ゆっくりなのに、確実にイイトコロばっか擦って、わちきの欲しいところに触れていくから、抗う声が吐息に変わる。
「ひっ、あ、アアッ! イッ、いっあ、や」
手がぺったり床についた。せんせがわちきの腰を持ってるから、辛うじて立ったままになってる。ぐちゅ、ぐちゅ、って、繋がってるとこがこれだとよく見えちまう。これはこれで、気が悪くなっちまう。せんせが腰を振って、押し付けてるのが、よく見えちまう。わちきの淫水で、まらが照ってるように見える。仏壇返しって、こんなに煽情的になっちまうのか。奥に届いて、星が散る。脚が痙攣してるのが見えた。まらが引き抜かれ、せんせが手を離したから、わちきはその場に蹲るような形になる。
「おはる」
「ばかぁ!」
「わりぃ、もう少し付き合ってくれ」
「ひぃっ、ん、んんンッ、は、あ……!」
身体をひっくり返され、唇を重ねる。舌を絡めあったまま、せんせが中に入って来る。息苦しいのと、イイトコロを突かれたってので、わちきはすぐに達しちまった。それと同時にせんせも気をやったようだった。わちきの上に倒れこんでる。
「はあ……何で布団があるってんのに、こんなよくわかんないとこですっかねぇ」
「わりぃ、我慢できなかった」
「そりゃ言われなくてもわかるってもんだい! 立ったままするなんて、もう……!」
何か言ってやりたかったけど、何も言葉が浮かんでこない。わちきに学があれば、もっとなんか言えたかな、とは思うが、何にも浮かばない。それがおかしかったのか、夏樹せんせは笑っていた。
「笑うんじゃないよ!」
「ぁ痛っ!」
「もう!」
「な、なあ、おはる。布団で、もっかい……」
「……それ、言うと思ったよ」
一番だけじゃ、満足しないとは思ってた。だって、今までずぅっとお預けを食わされて我慢していたようなもんだ。……わちきだって、したいと思っちまうくらいなんだから。
「駄目、か?」
眉を下げて申し訳なさそうな顔をしている。勝手にやろうとしないのは優しいからだ。こういう時はがっついてきて良いくらいだと思う。でも、根が優しいから、こうやって遠慮しちまうんだろうに。わちきはせんせの頬を撫でて、唇を重ねてやる。大きな瞳が更に大きく見開かれた。
「良いよ」
「そんじゃ……!」
毎度思うんだが、夏樹せんせは意外と力持ちだ。わちきを抱き上げて、布団におろす。
昼間っからこんなことしてるって、店のもんに知られたらどう思われんだろ……。「夏樹さんを休ませてください」って皆から頼まれたから、休みになってんのかねぇ、これ。
嬉しそうにわちきの乳を弄ってるから、なんだか可愛らしいし、くすぐったくて、思わず笑った。
「何で笑ってんだ?」
「ふふ、くすぐったいのさ。夏樹、わちきの乳好きだねぇ」
「おう。おはるの乳、すべすべしてて、やわらかくって、ずっと触りたくなるんだ」
「あいあい、わかったよ」
そう返せば嬉しそうに笑う。ああ、こういう時は人懐こい犬のような笑顔なんだ。ほんと、いったい何なのかね、このせんせ。まだよくわかんないさ。はっきり、わかることは――……。
「乳だけじゃなくて、おはるの全部が好きだよ!」
わちきのこと、大切にしてくれるってことだね。
飯のことはまあ……お義母さんが教えてくれるし、奉公人の奥さんとか女中さんが教えてくれるから、なんとかなっている……と思う。
せんせは舌がおかしい時のほうが多いようで、蕎麦に七味を大量にふりかけて食ってるのを見た。小焼兄さんが一緒にいた時だったから「蕎麦に謝れ!」なんて言われてたっけ……。食べ物のことになると、あの兄さんは表情がわかりやすくなる。いつもへの字口だけど、慣れてくると無表情じゃないってことがわかってきた。でも、些細な違いだから、わからない人はわからないままなんだ。仏頂面のままにしか見えない。
さて、わちきは夏樹せんせの往診に付き添っていた。こうやって付き添っておけば、色んなことを学ぶことができる。そんで、わちきも手伝いができるようになる、はず。少しでもせんせの手伝いができるように側にいさせてもらう。簡単な手当てをできるようになっておけば、せんせが手を離せない時にわちきが看ることもできる。診ることができなくても、看ることなら、わちきにもできるはずだ。養生所に住み込みで働いている看病中間のように、なれたら、とは思う。そういや、食事を作ってる賄中間に、茶粥の作り方を教えてもらったんだった。夏樹せんせに味見してもらったら「味がしない」って言われたんだっけ。……賄中間の娘は「夏樹先生、また舌をやられてるんですねぃ。おはるさんのお粥、美味しいですよ」なんて笑ってた。たまたま配達に来ていた小焼兄さんに食べてもらったら「美味いですよ」って少し笑って言ってくれたくらいだから……うまくできたはずなんだけどね。
まだ昼見世も始まる前だ。仲の町では、ゆったりした時間が流れている。湯屋帰りの女郎や客の見送りをしている消炭の姿がそこらへんで見られた。わちきも玄人だったら、今頃なら二度寝を貪っているところだろうね。煎餅のような平らで硬い布団でさ……。夏樹せんせが来てくれるまでは、ずっと薄い布団で凍えて寝てたもんだ。なんだか懐かしさまで感じちまう。そんなに前の話でもないってのに。
「夏樹先生」
「おっ、吾介どうした? 誰か指でも詰めたか?」
「姿が見えたから呼んだだけっすよ。指詰めてたらこんなにのんびりしてないもんでさぁ」
「あはは、そりゃそうだな」
大見世ともゑ屋の前で男に声をかけられる。確か、見世番の吾介ってやつだ。男色で陰間の役者と一緒になったと夏樹せんせから聞いたような気がする。
「あ、そちらが噂のかみさんですかい?」
「おう。おはるは、おれの自慢の女房だ。べっぴんだろ?」
「いきなり何言ってんだいあんた!」
「ぁ痛っ!」
急にべっぴんだとか言われて恥ずかしくてつい頭を叩いちまった。吾介が目の前でけらけら笑っている。
「ひー、べっぴんだけど、手が早いんすねぇ」
「何だい、あんたも叩かれたいって?」
「いやいや! 俺はご遠慮しやすよ! あっ、おはるさんって目が少し赤いんすね!」
「赤いけどそれが何さ!」
「ぴぎゃっ!」
胸を引っ叩いたら、ぞんがいに良い音が鳴った。手形が赤く浮き上がる。跡が残りやすい肌でもしてんのかね。夏樹せんせが頭を掻きながら吾介の胸を診てやっていた。
「吾介の胸に久しぶりに手形ついてんの見たなぁ」
「久しぶりってどういうことさ?」
「ああ、こいつ。おけいの世話をよくしててな。よくぶっ叩かれてたんだ。あいつ、痛いって感覚が無くて力加減できなかったから」
「いやぁ、あの時はよく先生の世話になりやしたよ。嬢ちゃん、全力でぶっ叩いてくるもんで」
「は、はぁ……」
おけいの玄人時代の話はよく噂で聞いていたけど、痛覚が無いとかは聞いたことなかった。……ああ、だから、水揚で小焼兄さんを受け入れることができたのか。わちきも水揚の時に痛覚が無けりゃ良かったのにねぇ。なんて、今はどうでも良いか。はじめてを好きな男に捧げられるってのは羨ましくもある。……わちきも、夏樹せんせに、はじめてをあげたかったな……。
世間話をしてから、ともゑ屋に入る。せんせは、不調を訴える女郎の話を一人ずつきっちり聴いて、それから薬を煎じてた。わちきはせんせに言われたものを薬箱から出す手伝い、というか練習……をしていた。
夏樹せんせの薬箱には、刻まれた生薬が袋詰めにされている。小分けにされた袋には、それぞれ符号がふられていて、中身が何なのかってのは……わちきはまだよくわかっていない。他の医者が見てもわからないものだって、せんせは言っていた。伊織屋の番頭の話だと、薬箱そのものが医者としての能力を如実に現しているらしい。個性とか知識が凝縮されたものだと。往診先で可能な限り簡便に対応ができるように工夫されているとか。
「おはる、これじゃなくて右隣のやつとってくれ」
「あい!」
「ん。ありがと」
やっぱり難しい。どれがどれだとかすぐにわかんないよ。三段にされた薬箱には、ゆうに百種類は超える生薬が詰められている。それが全てどういう効能があって、どれと混ぜれば良いかなんて、わちきがすぐわかるわけがない。
薬を調合している間に話しかけても、せんせは相槌ぐらいしか打ってくれない。集中している時に話しかけても邪魔になるだけだね……。
看病中間になるのもなかなか難しい道のりのようだ。でも、わちきもやればできるってことをせんせにわかってもらわないと。少しでも負担が減るようにしてやんないと、優しいから他人のことばっか世話しちまう。自分の世話もして欲しいってのに。
見世を出て、道を歩いていく。いつも立ち寄る見世には全部行ったはずだから、何処に向かってるのかと思えば、中臣屋だった。店先で番頭と話したかと思えば、わちきの顔を見る。
「小焼に頼まれてた薬を届けに来たんだが、あいつは離れに行ってるってよ」
「離れなんてあんのかい?」
「おう。小焼の母ちゃんが労咳だったからな。それで、少し離れた長屋に離れがあんだよ。……うーん、邪魔しちまうような気もするが、一応見に行っておくか。おはるも場所覚えとけば、おれが手を離せない時に薬を届けられるだろうし」
というわけで、離れへ向かう。そんなに歩くことなく、辿り着いた。せんせは戸に手をかけたが、すぐに離した。
「中臣屋の離れはここだ」
「で、何で入らないんだい? 中に小焼兄さんいるんだろ?」
「あー……こっち来てみな。戸に耳あてて」
せんせが手招きをするので、わちきは戸に耳をあてる。
「アッ、いっ、ぁ……! あっ、あっ、イッ、んあぁ……はっ、らめっ、おくらめえっ!」
……ああ、そういうことね。おけいのよがり泣く声が聞こえる。真昼間から盛っちまってんのか。まあ、子供が一緒に寝てるところで、交合すのも……ってことなのかねぇ。
夏樹せんせは頬を掻いてた。少し頬が赤いように見える。ああ、あてられちまったかな……。そういえば、ご無沙汰なんだった。しようとしても、急患だとかでせんせが呼び出されちまうから、それっきり。
「せんせ、気が悪くなったのかい?」
「ふぇっ! あ、ああ、その……、ずっと、してなかったからさ」
「ふーん」
わちきはせんせの手を取る。あったかい。少し涙に濡れたような垂れた目が可愛らしい。
「ここじゃ駄目だよ、せんせ」
「おはる」
ぎゅっと抱きつかれた。腹に熱いモノが擦り付けられる。こりゃけっこうあてられちまってるね……。我慢し過ぎたらこうなっちまうのも、なんとなくわかる。「やりてぇよ」って、耳元でいつもより低い声で言われて胸がドキッと跳ねた。だからって、こんな道端で盛られても困る。
「せんせ、そこに裏茶屋があっから、そこまで我慢しな。そしたら、わちきが良くしてあげるよ」
「ん」
「良い子だね。ほら、こっちこっち」
手を繋いだまま裏茶屋に向かう。裏茶屋は芸者や小間物売り、髪結いがよく利用しているもんだ。妓楼に関わって生業してるもんだから、堂々と登楼するわけにもいかないってんで、こういうとこで密会してんだ。見世の若い衆とできてる女郎もここを利用する。ご法度だっても、イイオトコがいたら、そりゃあそういうことにもなっちまうもんさね。
意外と清廉な造りをしているもんだ。紺地に白く桐の紋を染め抜きされた半暖簾をくぐれば、なかなかおつりきだ。
部屋に通される途中で既によがり声が聞こえてくる。どっかの見世の女郎が密会でもしてんだろう。もしくは芸者が来てんのか。どっちでも良いや。
部屋に着くなり、せんせはわちきをぎゅうっと抱き締める。
「おはるっ」
「あいあい。もう、そんなにしたかったのかい?」
擦り付けられる下腹部に手を伸ばして、薄い布越しにそこに触れてやる。もうこんなに勃起しちまってるなんて……どうなってんだか。指先で弄ってやれば、「きもちぃっ」って声がこぼれおちた。余裕が全く無さそうだ。布団に寝るでもなく、立ったまま。立ったままなのに、せんせの手がわちきの着物の裾を割って、腰巻も開いて入ってくる。既に濡れちまってるから、なんとなく気恥ずかしい。刺激を期待して膨らんでいた花芯に触れられ、甘い吐息がもれる。蜜壺に指が入って、擦られて、脚が震える。
「なつき、もっ、布団でしよっ」
「こんまま、したい」
「な、何言ってんだいっ!」
くるんっ、と身体を反転させられ、わちきは壁に手をつく。そしたらせんせはわちきの着物をたくし上げて……露わになったぼぼにまらがそえられる。「ちょっと!」と言うわちきの制止を無視して、差された。
「ひっ、やっ、なつ、き……!」
「あーすごいきもちい……」
後櫓なんて、玄人の時でもしたことなかったもんだから、なんだか妙な気持ちになっちまう。片足を掴まれて、奥までぐっと入れられたら、変な声が出ちまう。恥ずかしい。甘い声が出ちまうのは、夫婦になっても恥ずかしいもんだ。脚が震える。立ってらんない。壁に体重をかけて、ずるずる落ちていく。でも、せんせはやめてくれない。ゆっくりなのに、確実にイイトコロばっか擦って、わちきの欲しいところに触れていくから、抗う声が吐息に変わる。
「ひっ、あ、アアッ! イッ、いっあ、や」
手がぺったり床についた。せんせがわちきの腰を持ってるから、辛うじて立ったままになってる。ぐちゅ、ぐちゅ、って、繋がってるとこがこれだとよく見えちまう。これはこれで、気が悪くなっちまう。せんせが腰を振って、押し付けてるのが、よく見えちまう。わちきの淫水で、まらが照ってるように見える。仏壇返しって、こんなに煽情的になっちまうのか。奥に届いて、星が散る。脚が痙攣してるのが見えた。まらが引き抜かれ、せんせが手を離したから、わちきはその場に蹲るような形になる。
「おはる」
「ばかぁ!」
「わりぃ、もう少し付き合ってくれ」
「ひぃっ、ん、んんンッ、は、あ……!」
身体をひっくり返され、唇を重ねる。舌を絡めあったまま、せんせが中に入って来る。息苦しいのと、イイトコロを突かれたってので、わちきはすぐに達しちまった。それと同時にせんせも気をやったようだった。わちきの上に倒れこんでる。
「はあ……何で布団があるってんのに、こんなよくわかんないとこですっかねぇ」
「わりぃ、我慢できなかった」
「そりゃ言われなくてもわかるってもんだい! 立ったままするなんて、もう……!」
何か言ってやりたかったけど、何も言葉が浮かんでこない。わちきに学があれば、もっとなんか言えたかな、とは思うが、何にも浮かばない。それがおかしかったのか、夏樹せんせは笑っていた。
「笑うんじゃないよ!」
「ぁ痛っ!」
「もう!」
「な、なあ、おはる。布団で、もっかい……」
「……それ、言うと思ったよ」
一番だけじゃ、満足しないとは思ってた。だって、今までずぅっとお預けを食わされて我慢していたようなもんだ。……わちきだって、したいと思っちまうくらいなんだから。
「駄目、か?」
眉を下げて申し訳なさそうな顔をしている。勝手にやろうとしないのは優しいからだ。こういう時はがっついてきて良いくらいだと思う。でも、根が優しいから、こうやって遠慮しちまうんだろうに。わちきはせんせの頬を撫でて、唇を重ねてやる。大きな瞳が更に大きく見開かれた。
「良いよ」
「そんじゃ……!」
毎度思うんだが、夏樹せんせは意外と力持ちだ。わちきを抱き上げて、布団におろす。
昼間っからこんなことしてるって、店のもんに知られたらどう思われんだろ……。「夏樹さんを休ませてください」って皆から頼まれたから、休みになってんのかねぇ、これ。
嬉しそうにわちきの乳を弄ってるから、なんだか可愛らしいし、くすぐったくて、思わず笑った。
「何で笑ってんだ?」
「ふふ、くすぐったいのさ。夏樹、わちきの乳好きだねぇ」
「おう。おはるの乳、すべすべしてて、やわらかくって、ずっと触りたくなるんだ」
「あいあい、わかったよ」
そう返せば嬉しそうに笑う。ああ、こういう時は人懐こい犬のような笑顔なんだ。ほんと、いったい何なのかね、このせんせ。まだよくわかんないさ。はっきり、わかることは――……。
「乳だけじゃなくて、おはるの全部が好きだよ!」
わちきのこと、大切にしてくれるってことだね。
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