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第十一話
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今度は財布を忘れてるよ、あのせんせ。それだけ気が抜けてるってことなのかね……。それなりに金が入ってる。普段の客なら抜いちまうところだが、そっと閉じた。
着物をくれると言ってくれたから、きっとくれるんだ。あのせんせは、欲しいものを与えようとしてくれる。きっと、誰にでも同じように。
欲しい言葉を返してくれるんだ。優しいから、そのまま返してくれる。好きと言ったら、好き。愛してると言ったら、愛してる。きっと、そのまま返される。
やっぱり、ぬか喜びだ。あのせんせは、わちきの事は嫌いじゃなくとも、好きではない。わちきが「好き」と言ったから、「おれも好きだよ」って返してくれただけ。優しくされるのがこんなにつらいとは思わなかった。
湯屋へ向かうために見世を出た。道のそこかしこに女郎が歩いていた。どっかの女郎と相方の男が立ち話をしている。客の見送りをしている女郎もいる。
普段どおりの朝だ。変わったことといえば……ともゑ屋の女郎の目が腫れてることかね。千寿とやらが死んじまったから、泣き腫らした目の女郎が多いのなんの。それだけ慕われた姉さんだったんだねぇ。わちきにゃわかんないが。
湯屋で汗ばむくらいに湯に浸かった後、身体を拭いてる時に耳に飛び込んできたのは、夏樹せんせのことだ。
女を殺して下衆人を助けただのなんだの、そういう話。ああ、すぐに話が広まっちまうから、可哀想だ。更に聞こえてきたのは千寿の情夫の話。ヤクザものらしい。かなり激昂しているらしく、医者を見つけだして、殺そうと考えてるとかなんとか。こりゃまずい。わちきはすぐ身支度を整えて、見世へ急ぐ。
角を曲がったところで、向こうから源次が手をばたばたさせながら駆け寄ってきた。
「春日さん! 鬼! 鬼が!」
「小焼兄さんが来てるのかい?」
「へい。早く戻ってほしいげす!」
見世の前に車がとめられている。暖簾を掻き分け、中に入ると、板間で金色の髪が揺れていた。相変わらずよく目立つ眩しさだよ。赤い瞳と目が合う。相変わらず目をじーっと見てくる兄さんだ。
「わちきに何か用かい?」
「夏樹から頼まれましてね、これを」
すっ、と差し出されたのは藤柄の風呂敷包みだ。板間に上がり、広げてみる。黄色地に濃茶で格子柄、白い花の縫い取りが見事な着物だった。手触りも良い。こりゃ高いものだ。誰が見てもわかる。大見世の女郎が着るような立派な着物だ。
「立派な着物でありんす。こんなもの贈るなんて、あのせんせは何考えてんだい?」
「少なくとも、あなたに着物を贈りたいと考えてますね」
「そういう意味ではございんせん」
小焼兄さんは首を傾げる。嫌味が通じなかったようだ。あのせんせといい、この兄さんといい、一筋縄でいかないね。まったく。
それにしても、良い着物だ。七ツ屋で取ってくるにしても、こりゃ値の張るもんだ。あのせんせはモノの価値をわからずに店主にすすめられたまんま決めたのかねぇ。それとも、わちきに似合いそうなやつを見立てて……そりゃないか。前者だわな。でも、良いや。わちきに着物を贈ってくれたのは真心だ。
「気に入りましたか?」
「せんせに伝えといておくれ。何処から取ってきたかわかんないが、小見世の女郎にゃ勿体無いくらい立派な着物をありがとうってね」
「わかりました。出所と言えば、私の女房の着物です」
「は? 小焼兄さんの女房の着物だって? 素人女の着物にしちゃ派手でありんす。嘘吐いてもバレバレさね」
「いえ、女房は玄人でしたので」
「で、わちきにおさがりが来たと」
「夏樹がすぐ欲しいと言うので……。よくよく話を聞けば、新しい物を、と思っていたようなので、そのうち反物を持ってくるかもしれませんね」
「はぁ」
嘘ではなさそうだ。赤い目がこちらをずーっと向いている。ガンをとばされてんのかと思ったが、この兄さんは目を見て話したいだけのようだ。わちきも目を逸らすのは嫌だからね、ずっと見続けてやるのさ。
「小焼兄さんの女房って何処の見世の妓でございんすか?」
「ともゑ屋のーー」
「まさか、小景かい?」
「はい。貴女の事を知っているようでしたよ」
「あー……、稽古で一緒になったことがありんす。俯きがちにぼそぼそ話すから何言ってんだかよくわかんないし、すぐめそめそするから、わちきは怒鳴っちまってね……。いや……だって、すぐ泣くから、腹が立っちまって。ああ、女房のこと悪く言ったのは謝りんす。すみません」
「…………言ってる事はよくわかるので、謝らなくて良いです」
小焼兄さんは目を細める。短く溜め息を吐いた。
あの小景の着物とあれば、立派なのもわかる。百鬼夜行の小鬼がわちきに着物をくれるとは思わなかった。
初対面で怒鳴ったのに、稽古で会う度にぼそぼそ話すようになったのは懐かれたからだったのかねぇ。他の女郎は髪が青くて気味が悪いし泣き虫だからって隣に座るの嫌がってたくらいだった。わちきは目が少し赤いってのもあったし、変なのの隣にいりゃわちきの事は目立たないと思って隣に座っただけなんだが……不思議な縁もありんす。
身請けされたって話は聞いてたが、そっか、鬼の女房に……小鬼がなったかぁ。お似合いだねぇ。
「ところで、夏樹が財布を忘れていませんか?」
「ああ、預かっておりんす。返したほうが良いね?」
「はい。それはすぐ返してください。あいつはしばらく来ないと思います」
「……もう来なくて良いって伝えてくださんし。わちきに会ってたら、急患がいたら困りんす」
「いえ、あいつがここに居たから、助かった命もあるんです。養生所には、ここから走っても四半刻はかかりますので」
「そうかい。ンでも……千寿の情夫が激昂して、医者を殺す気だって湯屋で聞きんした」
「それは私も貸本屋の雪次から聞きましたよ。だから、あいつはしばらく来ないと思います」
「もう、良いんだよ。来なくて」
わちきと会ってなかったら、千寿は助かったかもしれない。
女遊びをしてたから急患を蔑ろにしたって話が湯屋の帰路で聞こえた。わちきもヤクザものに殺されちまうかもしれない。それはそれで苦界から早く出られて良いかもしれないが、あのせんせは……どう思うんだろ……。
やっぱりおかしくなっちまってる。わちきは、あのせんせに惚れちまってんだ……。認めたほうが良いや。
「おはる」
「……何で小焼兄さんがわちきの名前知ってんだい? 夏樹せんせから聞いたのかい?」
「聞いたと言うより、あいつが貴女の事をそう言ってたんです。春日、と言いなおしてはいましたが……」
「で、何で呼びんした?」
「今まで、夏樹が女郎を本名で呼んだことは無かったんですよ」
「たまたまじゃないかい」
「いいえ。どの見世の女郎もあいつは見世の名で呼んでいます。貴女だけです。夏樹が本名で呼んでいるのは」
「ふーん」
素直に嬉しい。でも、喜んで良いのかわからない。夏樹せんせが本名で呼ぶのがわちきだけだとしても、それはただ、……いや、わちきは本名で呼んでなんて一言も言ってない。胸が苦しくなる。ああもう、面倒なものを背負い込んじまった。会いたいけど会いたくない。またおかしくなっちまうのがわかるから。
その後、小焼兄さんは夏樹せんせのことを色々教えてくれた。伊織屋のこと、養生所のこと、それから、歳の離れた妹がいること、両親のこと。
……あのせんせが優しいのは、期待に応えたいって思うからなんだ。そんで、他人を傷つけたくないから、いつでも一歩引いて、求められた言葉をかける。自分の気持ちは抑え込んで、相手の喜ぶことをする。優しいのに、優しくない。
「そういや、あのせんせ、女房は?」
「夏樹は独り身ですよ。何度か見合い話もあったようなんですが『おれより良い人がいるよ』の一点張りだったそうで」
「なんか、想像しやすいねぇ」
「……変なところで自信が無いんですよ、あいつは」
「自信があり過ぎるよりは良いさね」
小焼兄さんは目を伏せる。何かを考えているようだった。そんでからわちきに手を差し出す。
「夏樹の財布、返してください」
「あ、ああ! ほい。中身はそのまんまだよ」
「抜くほど入ってないでしょう」
「それ、夏樹せんせに失礼でありんす」
首を傾げる小焼兄さんに夏樹せんせの財布を渡す。そりゃ大店の若旦那と比べたらさみしい財布だろうに。ずばっと言うもんだから思わず笑っちまった。そんなことを言えるくらいには仲が良いようだ。なんだか羨ましくなっちまう。わちきにもそんな友達がいりゃ良いが、今んとこ親しいのは源次ぐらいだ。朋輩はなんだか距離を置いてくる。目がちっと赤いからってひどい話だ。
「では、私は勤めに戻ります。……貴女って何が好きなんですか?」
「わちきは夏樹せんせが好きでありんす」
「……」
「何だい、嘘じゃないよ」
「いえ。そう想ってくれる人ができたんだなと感慨深くなっただけです。…………夏樹も、きっと貴女の事を想ってますよ」
目をじっと見て言われた。瞳にわちきが映ってる。この人の言葉は真っ直ぐで鋭くて重みがある。誤魔化しなんて一切無い。
「そうだと、良いけどね……」
「なんにせよ、ほとぼりが冷めるまであいつはここには来ないと思います。貴女が狙われるのも嫌ですからね」
「……優しいね、ほんと」
「夏樹から優しさを取ったら……何が残るんですか?」
「小焼兄さん、失礼過ぎやしないかい?」
ほとんど真顔でそんなことを言うから、再び笑っちまった。
そしたら、小焼兄さんは少しだけ笑って、わちきに背を向ける。
「笑ってるほうが良いですよ」
「……なんだいそりゃあ」
それだけ言い残して小焼兄さんは行っちまった。
ああ、やっぱり、あの鬼は優しいんだ。
着物をくれると言ってくれたから、きっとくれるんだ。あのせんせは、欲しいものを与えようとしてくれる。きっと、誰にでも同じように。
欲しい言葉を返してくれるんだ。優しいから、そのまま返してくれる。好きと言ったら、好き。愛してると言ったら、愛してる。きっと、そのまま返される。
やっぱり、ぬか喜びだ。あのせんせは、わちきの事は嫌いじゃなくとも、好きではない。わちきが「好き」と言ったから、「おれも好きだよ」って返してくれただけ。優しくされるのがこんなにつらいとは思わなかった。
湯屋へ向かうために見世を出た。道のそこかしこに女郎が歩いていた。どっかの女郎と相方の男が立ち話をしている。客の見送りをしている女郎もいる。
普段どおりの朝だ。変わったことといえば……ともゑ屋の女郎の目が腫れてることかね。千寿とやらが死んじまったから、泣き腫らした目の女郎が多いのなんの。それだけ慕われた姉さんだったんだねぇ。わちきにゃわかんないが。
湯屋で汗ばむくらいに湯に浸かった後、身体を拭いてる時に耳に飛び込んできたのは、夏樹せんせのことだ。
女を殺して下衆人を助けただのなんだの、そういう話。ああ、すぐに話が広まっちまうから、可哀想だ。更に聞こえてきたのは千寿の情夫の話。ヤクザものらしい。かなり激昂しているらしく、医者を見つけだして、殺そうと考えてるとかなんとか。こりゃまずい。わちきはすぐ身支度を整えて、見世へ急ぐ。
角を曲がったところで、向こうから源次が手をばたばたさせながら駆け寄ってきた。
「春日さん! 鬼! 鬼が!」
「小焼兄さんが来てるのかい?」
「へい。早く戻ってほしいげす!」
見世の前に車がとめられている。暖簾を掻き分け、中に入ると、板間で金色の髪が揺れていた。相変わらずよく目立つ眩しさだよ。赤い瞳と目が合う。相変わらず目をじーっと見てくる兄さんだ。
「わちきに何か用かい?」
「夏樹から頼まれましてね、これを」
すっ、と差し出されたのは藤柄の風呂敷包みだ。板間に上がり、広げてみる。黄色地に濃茶で格子柄、白い花の縫い取りが見事な着物だった。手触りも良い。こりゃ高いものだ。誰が見てもわかる。大見世の女郎が着るような立派な着物だ。
「立派な着物でありんす。こんなもの贈るなんて、あのせんせは何考えてんだい?」
「少なくとも、あなたに着物を贈りたいと考えてますね」
「そういう意味ではございんせん」
小焼兄さんは首を傾げる。嫌味が通じなかったようだ。あのせんせといい、この兄さんといい、一筋縄でいかないね。まったく。
それにしても、良い着物だ。七ツ屋で取ってくるにしても、こりゃ値の張るもんだ。あのせんせはモノの価値をわからずに店主にすすめられたまんま決めたのかねぇ。それとも、わちきに似合いそうなやつを見立てて……そりゃないか。前者だわな。でも、良いや。わちきに着物を贈ってくれたのは真心だ。
「気に入りましたか?」
「せんせに伝えといておくれ。何処から取ってきたかわかんないが、小見世の女郎にゃ勿体無いくらい立派な着物をありがとうってね」
「わかりました。出所と言えば、私の女房の着物です」
「は? 小焼兄さんの女房の着物だって? 素人女の着物にしちゃ派手でありんす。嘘吐いてもバレバレさね」
「いえ、女房は玄人でしたので」
「で、わちきにおさがりが来たと」
「夏樹がすぐ欲しいと言うので……。よくよく話を聞けば、新しい物を、と思っていたようなので、そのうち反物を持ってくるかもしれませんね」
「はぁ」
嘘ではなさそうだ。赤い目がこちらをずーっと向いている。ガンをとばされてんのかと思ったが、この兄さんは目を見て話したいだけのようだ。わちきも目を逸らすのは嫌だからね、ずっと見続けてやるのさ。
「小焼兄さんの女房って何処の見世の妓でございんすか?」
「ともゑ屋のーー」
「まさか、小景かい?」
「はい。貴女の事を知っているようでしたよ」
「あー……、稽古で一緒になったことがありんす。俯きがちにぼそぼそ話すから何言ってんだかよくわかんないし、すぐめそめそするから、わちきは怒鳴っちまってね……。いや……だって、すぐ泣くから、腹が立っちまって。ああ、女房のこと悪く言ったのは謝りんす。すみません」
「…………言ってる事はよくわかるので、謝らなくて良いです」
小焼兄さんは目を細める。短く溜め息を吐いた。
あの小景の着物とあれば、立派なのもわかる。百鬼夜行の小鬼がわちきに着物をくれるとは思わなかった。
初対面で怒鳴ったのに、稽古で会う度にぼそぼそ話すようになったのは懐かれたからだったのかねぇ。他の女郎は髪が青くて気味が悪いし泣き虫だからって隣に座るの嫌がってたくらいだった。わちきは目が少し赤いってのもあったし、変なのの隣にいりゃわちきの事は目立たないと思って隣に座っただけなんだが……不思議な縁もありんす。
身請けされたって話は聞いてたが、そっか、鬼の女房に……小鬼がなったかぁ。お似合いだねぇ。
「ところで、夏樹が財布を忘れていませんか?」
「ああ、預かっておりんす。返したほうが良いね?」
「はい。それはすぐ返してください。あいつはしばらく来ないと思います」
「……もう来なくて良いって伝えてくださんし。わちきに会ってたら、急患がいたら困りんす」
「いえ、あいつがここに居たから、助かった命もあるんです。養生所には、ここから走っても四半刻はかかりますので」
「そうかい。ンでも……千寿の情夫が激昂して、医者を殺す気だって湯屋で聞きんした」
「それは私も貸本屋の雪次から聞きましたよ。だから、あいつはしばらく来ないと思います」
「もう、良いんだよ。来なくて」
わちきと会ってなかったら、千寿は助かったかもしれない。
女遊びをしてたから急患を蔑ろにしたって話が湯屋の帰路で聞こえた。わちきもヤクザものに殺されちまうかもしれない。それはそれで苦界から早く出られて良いかもしれないが、あのせんせは……どう思うんだろ……。
やっぱりおかしくなっちまってる。わちきは、あのせんせに惚れちまってんだ……。認めたほうが良いや。
「おはる」
「……何で小焼兄さんがわちきの名前知ってんだい? 夏樹せんせから聞いたのかい?」
「聞いたと言うより、あいつが貴女の事をそう言ってたんです。春日、と言いなおしてはいましたが……」
「で、何で呼びんした?」
「今まで、夏樹が女郎を本名で呼んだことは無かったんですよ」
「たまたまじゃないかい」
「いいえ。どの見世の女郎もあいつは見世の名で呼んでいます。貴女だけです。夏樹が本名で呼んでいるのは」
「ふーん」
素直に嬉しい。でも、喜んで良いのかわからない。夏樹せんせが本名で呼ぶのがわちきだけだとしても、それはただ、……いや、わちきは本名で呼んでなんて一言も言ってない。胸が苦しくなる。ああもう、面倒なものを背負い込んじまった。会いたいけど会いたくない。またおかしくなっちまうのがわかるから。
その後、小焼兄さんは夏樹せんせのことを色々教えてくれた。伊織屋のこと、養生所のこと、それから、歳の離れた妹がいること、両親のこと。
……あのせんせが優しいのは、期待に応えたいって思うからなんだ。そんで、他人を傷つけたくないから、いつでも一歩引いて、求められた言葉をかける。自分の気持ちは抑え込んで、相手の喜ぶことをする。優しいのに、優しくない。
「そういや、あのせんせ、女房は?」
「夏樹は独り身ですよ。何度か見合い話もあったようなんですが『おれより良い人がいるよ』の一点張りだったそうで」
「なんか、想像しやすいねぇ」
「……変なところで自信が無いんですよ、あいつは」
「自信があり過ぎるよりは良いさね」
小焼兄さんは目を伏せる。何かを考えているようだった。そんでからわちきに手を差し出す。
「夏樹の財布、返してください」
「あ、ああ! ほい。中身はそのまんまだよ」
「抜くほど入ってないでしょう」
「それ、夏樹せんせに失礼でありんす」
首を傾げる小焼兄さんに夏樹せんせの財布を渡す。そりゃ大店の若旦那と比べたらさみしい財布だろうに。ずばっと言うもんだから思わず笑っちまった。そんなことを言えるくらいには仲が良いようだ。なんだか羨ましくなっちまう。わちきにもそんな友達がいりゃ良いが、今んとこ親しいのは源次ぐらいだ。朋輩はなんだか距離を置いてくる。目がちっと赤いからってひどい話だ。
「では、私は勤めに戻ります。……貴女って何が好きなんですか?」
「わちきは夏樹せんせが好きでありんす」
「……」
「何だい、嘘じゃないよ」
「いえ。そう想ってくれる人ができたんだなと感慨深くなっただけです。…………夏樹も、きっと貴女の事を想ってますよ」
目をじっと見て言われた。瞳にわちきが映ってる。この人の言葉は真っ直ぐで鋭くて重みがある。誤魔化しなんて一切無い。
「そうだと、良いけどね……」
「なんにせよ、ほとぼりが冷めるまであいつはここには来ないと思います。貴女が狙われるのも嫌ですからね」
「……優しいね、ほんと」
「夏樹から優しさを取ったら……何が残るんですか?」
「小焼兄さん、失礼過ぎやしないかい?」
ほとんど真顔でそんなことを言うから、再び笑っちまった。
そしたら、小焼兄さんは少しだけ笑って、わちきに背を向ける。
「笑ってるほうが良いですよ」
「……なんだいそりゃあ」
それだけ言い残して小焼兄さんは行っちまった。
ああ、やっぱり、あの鬼は優しいんだ。
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