はるなつ来たり夢語

末千屋 コイメ

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第八話

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 すぐになんて帰ってこないってわかってるよ。だって、血を吐いたってんだろ……。そんなら、ずっと手当てするに決まってんじゃないかい。
 隣の部屋から甘いよがり声が聞こえる。今夜はけっこう客の入りが良かったようだった。お屋敷者が江戸に入ってきてたんかね。それとも、大坂の行商人か。どれでも良いや、わちきの馴染み客は来てないんだ。廻しをすることすらできやしない。「上玉だ」と言われてちやほやされてたことを思い出すよ。わちきは妹と違って喧嘩っ早くてすぐに手が出ちまうから、小見世に売り飛ばされたんだ。「春日」って名前は、まあ、けっこう気に入ってる。亡八わんぱも他所の見世に比べたらだいぶ優しいんだと。大見世だとすぐに仕置部屋にぶちこまれて百叩きされるってことも、わちきは許されている。相手するのが面倒だとか思われてんのかね。……初めては変なジジイだった。故郷の男に割られたいって思ってたのに、クソ親の博打癖の所為で売り飛ばされ、この末路さ。母ちゃんも働き過ぎでおっんじまった。はあ、何でこんなこと思い出しちまったんだろ……。
 廊下を歩く足音が聞こえてくる。わちきは目をぱっちり開く。……ああ、廻しの客の気持ちがよくわかる。違う。期待するだけ無駄ってのもんなのに……。今夜は来ないかな。を自分だけのモノにするのは、難しい。窓辺に置いたサクラソウが風でひそやかに揺れている。可愛い花だ。選んで持ってきてくれたんじゃなくても、誰かに貰ったのを押し付けてきただけだとしても、嬉しい。この布団だって……本当に嬉しかったんだ。
「せんせ、まだかな……」
 あのせんせなら、戻ってきてくれる。きっと、戻ってきてくれる。今まで何度もこんな甘い言葉に遊ばれていたし、嘘を吐くのがここでは普通だとしても、あれは……嘘じゃないはずなんだ……。妹の形見までどっかから持ってきてくれた。ともゑ屋に残してあるとは思えない、当時のも年季明けしちまってるかもしれないんだから……どっから持って来たんだ、ほんとに。
 これで、本当は形見でもなんでもなく、わちきに渡したいけど恥ずかしいから。って、咄嗟に吐いた嘘だったらどんなに嬉しいんだろうかね。でも、嘘じゃなさそうだ。あのせんせ、嘘吐くのかね……。
 とたとたとたとた……、忙しない足音が聞こえてくる。禿でも騒いでんのか。それとも二階廻しが走り回ってんのか。と、考えていたら、障子が開かれた。慌ててたのか、足をぶつけちまったようで小さく「あ痛っ」って声が聞こえた。
「……そんなに慌てなくても良いんだよ。おかえり、せんせ」
「あはは、わりぃ。ただいま」
 笑ってはいるけど、なんだか声が暗い。ああ、こりゃあ、無理して笑ってんだ。女郎のフリと同じだ。
 夏樹せんせは薬箱を置く。わちきはその背にぎゅっと抱き着く。こういう時、前帯だと少し苦しくなっちまうけど、今は我慢。汗の匂いがする。血のにおいが混じっている。……血を吐いたってところに呼び出されたからにしては、濃い。ぎゅうぅと抱き締めると「苦しいよ、おはる」と少し震えた声が聞こえた。
「苦しいのはわちきもだよ」
「何だそりゃあ」
 小さく笑い声が聞こえる。絡んだ腕を解いたら、せんせはこっちを向いた。行灯あんどんで照らされた目が潤んでいる。ああ、やっぱり……で間違いないようだった。わちきはせんせの袖をひっぱり、胸で受け止める。そのまま背を撫でてやった。
「泣いて良いんだよ、せんせ」
「ん……」
 優しいってのは、しんどくなるだろうに。
 わちきの背に腕が回される。ぐずっている音がする。湿っていく胸が不思議と嫌じゃない。小焼兄さんに頼まれた休ませるってのは、もしかして、こういうことかもしれない。わちきはせんせの背中をぽんぽん軽く叩き続ける。昔、泣いている妹をなだめる時にしていたように。
 医者をしているなら、いくらでも別れには立ち会わないといけないだろうに。その度に泣いてんのかって思うと、良い人に最期を看取ってもらえたんだなって思う。心を殺して何にも感じずにいられるよりかは、こうやって泣いてもらえるなら嬉しいもんさ。それが女郎なら尚更。女郎が死んだらこもに包まれて、どっかの寺に投げ込まれるか、そこのドブ川にぶちこまれるだけさ。その前に、医者に診てもらえるだけ……良いよ。
 ぽつぽつ、夏樹せんせは話を始める。千寿って女郎のことだ。ともゑ屋の女郎だそうな。百鬼夜行の小鬼についていた新造が、今じゃ立派な昼三になり、お勤めをしていたと。その子が亡くなったらしい。
 病じゃなくて――毒を盛られて。
「一昨日会った時は元気だったんだ。紅白のねじり棒を咥えて笑ってた」
「そうかい……」
 わちきには気の利いた言葉をかけられないよ。毒を盛った客は無理心中するつもりだったらしい。そっちは、助かったらしい。
 ……そのまま殺しちまったら良かったのに、この人は助けちまうんだ。全部、治そうとしちまう。だから、こんなに苦しい思いをしちまうんだろう。ぎゅぅっと強く抱き締める。震える背中を撫でてやる。
「良いんだよ、我慢しなくて。全部吐き出しちまいな」
 言葉が落ちていく。抱え込む物が多過ぎる。全部話してすっきりしてくれりゃ良い。それくらいなら、学の無いわちきにもできる。夏樹せんせの抱えた苦い思いが取り去れる、こんな話を聞けるのは、きっとわちきだけだ。わちきだけ。特別になれたような気がするから、話しておくれ。もっと。
 助けられなかった人の話を聞いた。殺された人の話も聞いた。病で亡くなった人の話も聞いた。全部、夏樹せんせは独りでずっと心に抱え込んでいたんだ。誰にも相談できず、誰にも愚痴ることもなく、ずっとずっと。
 わちきまで泣いてどうすんだ。視界が滲む。頬を伝って涙が落ちた。夏樹せんせの顔がわちきの胸から上がる。
「変な話聞かせてごめんな」
「そんなことでっ、謝んじゃないよぉ!」
 無理して笑う姿があまりにいじらしい。わちきの頬に手を添えて、涙を指で拭う。ぺろり、と指を舐める姿が艶っぽい。少し息が乱れてるのは、泣いていたからってのもありそうだけど、こりゃあ……気が悪くなってるのかね? そろーっと、脚の間に手を伸ばせば、熱くなったものに触れる。せんせから「ぃっ」と小さく声が聞こえた。
「せんせ、わちきの胸好きなのかい? 昨夜も胸に埋もれただけでこうなってたろ?」
「た、たまたまだって」
「そうかい?」
 撫で擦れば撫で擦るだけ、褌ごしに質量が増しているのを感じる。昨日の今日でもこれだけ反応するってのは、元気なのかはたまた全然してなかったからすぐに反応するようになっちまってるのか……。どっちでも良いか。これは女郎が得意な慰め方だ。舐めてでもやろうか、と褌をずらして、まらを取り出してやる。つん、と汗の匂いがする。顔を見てやれば、潤んだ瞳がわちきをじっと見ていた。ああ、すっかり男の顔だ。顔を見つつ、鈴口を舌先でつついてやる。ビクリッ、腰が浮く。
「っ、おはる、痛ぃ」
「もうちょい我慢しなよ。直に良くなりんす」
 破瓜する時に言うようなセリフが口をついて出ちまったや。舐められるのは慣れてないのかね。棹を上下に扱きつつ、舌でつーっと舐めれば、ガクガク震えてるのが愛らしい。
「おはる、それ……っ」
「玉揉まれるの好きかい?」
「あっ、好き……」
「じゃあ、もっとしてやりんす」
 余計な意地を張らずに、そのまま「好き」って言ってくれるんなら、もっとしてやろうと思う。
 玉を揉みつつ根元を唇で挟む。指先がぴんっと張り詰めている。鈴口から先走りが垂れて照って見える。それがまたいやらしくて気が悪くなってくる。一回気をやらしてやった方が良いかね。膨らんだ亀頭を口に含み、舌先で鈴口をつつきながら吸ってやる。不意に頭を撫でられた。少し高い呻き声と共に口に苦味が広がる。甘露まらではないから、こっちも甘くはないか……。まだ熱くて硬いままだから扱きつつ、首をねぶってやる。
「ぅっ、あ、……」
「こういうの好きかい?」
「ん、好き」
 素直だね。悩まし気に下がった眉が色っぽい。噎せ返るような色気があるってんのに、愛らしい犬のような顔してんだから、混乱しちまう。美丈夫ではないけど、整ってんだ、やっぱり。男前ともまた違うけど、どうでもいいや。
 銚子から直に酒を口に含んで、夏樹せんせの襟首を掴んで唇を塞ぐ。酒を飲ませて忘れさせちまえば良い。つらいことは忘れさせちまおう。でも、きっと、忘れないんだ。優しいから。
 今まで助けられなかった人のことを、どういう人だったか、どういう病だったか、どういう最期だったか、はっきり語るくらいだ。忘れちまえば良いのに。
 口吸いをしつつ着物を剥がす。わちきも脱ぐ。せんせの腰に乗り上げて、肌を擦り合わせ、潤ったぼぼに屹立したまらを添える。
「おはるっ、まっ……」
「何を待つんだい?」
「まだ、拓いて――」
「なめないでくんな! あんたに解してもらわなくとも、こちとら女郎だよ」
 とは言ってみたが、強がっただけだ。夏樹せんせに触られたら、わちきは駄目になっちまう。
 腰をゆっくり落として受け入れる。ほら、入った。簡単さ。慣れてんだから、これぐらい呑み込むのは造作ない事なのさ。もう一度口吸いをする。絡んでくる舌が気持ち良い。水音が身体の中で響いているのがわかって、気が悪くなっちまう。そうっと手が首に添えられて、きゅっ、と軽く絞められる。苦しいはずなのに、頭がぼーっとして、ふわふわ夢心地だ。舌を吸い、唾液を飲み下し、唇を軽く噛む。唇が腫れるくらいに、口吸いをしてみたいと思ったのは初めてだ。腰が勝手に動く。床の秘儀なんてどうでも良くなるくらいに、刺激を追いかけてしまう。居茶臼だからひしっと抱き締めあったまんまなのがまた良い。あったかくて、抱かれてるって思う。大腰に動けば夏樹せんせは甘い吐息をこぼす。欲のにじんだ大きな瞳に腰がゾクッと疼いた。
 ――ああ、溺れちまう。
 繋がったまま、わちきの背が布団につく。昨日までは少し背が痛かったようなもんだが、今夜は痛くない。包み込むように身体が沈む。
「せんせ、アッ、ああ! ……、……っ良いよ。……もっと、もっと……突いとくれ」
 背に腕を回せば何も言わずに奥を抉られた。一瞬、意識が持っていかれちまった。このせんせ、ツボってもんをってるんだ。だから、こんなにも、わちきはよがり泣いちまう。
「あっ、せんせ、好き、好きだよ」
 突かれながら、せんせの耳元で言葉を紡ぐ。言うつもりもなかったのに、言っちまった。女郎の言葉だから、嘘だと思うだろうし、床だとお決まりの言葉でもあるから、きっと気にもされずに聞き流されるもんさ。
 ゆるゆるした甘い刺激が伝わってくる。緩急をつけて出し入れされる度に甘い声が抑えきれなくなっちまう。
「おれも、好きだよ」
 返されるとは思ってなくて、一瞬頭が真っ白になった。また口吸いをする。
 ――ああ、溺れちまった。
 この夜がいつまでも続けば良い、なんて、思っちまうくらいには。

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