上 下
28 / 43

第二十八話

しおりを挟む
 千歳おにぃはおとなしく手当てを受けていた。左腕に包帯がぐるぐる巻かれている。血が滲んでいた。どれだけ深く掻きむしったんだろ……。
 さっき交合とぼした時に、千歳おにぃの肌に引っ掻き傷がたくさんあったのを見た。胸のところにもあった。苦しくなって掻きむしってるんだ。
 おれ、たくさん苦しくさせてるんだ。千歳おにぃをたくさん苦しめてるんだ。
 ……おれは、一緒にいないほうが、良いのかも。
「千歳おにぃ。ごめん。ごめんね。おれが全部悪いんだ。おれが、おにぃにいっぱい触ったから。おにぃは嫌がってたのに、いっぱい」
「急になんですか?」
「おれ、千歳おにぃと、ずっと、一緒にいたいって思ってた」
「思ってた?」
「ひっ!」
「千歳!」
 壁を蹴られて、天井から土埃がぱらぱら落ちてくる。父ちゃんが千歳おにぃを羽交い締めして止めてるけど、父ちゃんの力だとそのうち負けちゃいそうだ。
 包帯がだんだん赤く染まっていく。血、止まってないの? 父ちゃんが手当てしたのに、まだ、止まってないの? それとも、傷が開いたの? こわくて、こわくて、涙がぽたぽた落っこちる。養生所の皆が集まってきてる。遠くからこっちをじぃっと見てる。
 視線が気になるのか千歳おにぃはぐるっと見回した。おにぃの目がキッと鋭くなってるのが怖くて、皆、後ろに下がっていく。
「思ってたって何ですか? 思ってたって。今は? さっきまで、一緒になろうと言ってたのに? おれのモノになってと言ってたくせに? どうして? 何で?」
「ご、ごご、ごご、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさいぃ!」
 謝ることしかできない。
 土が鼻に入りそうなくらいに額を地面につけて謝った。体を丸めて、謝った。
 ふぅーっと、長い溜息が降ってくる。怖くて顔をあげられない。あげちゃ駄目だと思う。
「千歳。夢夏もこうして謝ってっから、許してやってくれ。おれも、悪かった」
「……謝ってほしいんじゃないです」
「うごぇっ!」
 頭を踏みつけられて、鼻がぐきっと鳴った。折れたかもしれない。痛い。血のにおいがする。すごく、痛い。
「どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?」
「千歳!」
 父ちゃんが周りの皆を呼んだのかもしれない。足音がどっと押し寄せて、引いて行った。
 おれはまだ動けずにいた。鼻が痛い。血のにおいもだけど、血の味もする。にがい。あと、涙でしょっぱい。なんもかんもがごっちゃになって、苦しい。おにぃはもっと苦しかったんだ。もっと痛かったんだ。もっともっと。
「夢夏。顔あげてみな」
「……父ちゃん。千歳おにぃは?」
「わりぃけど、皆で押さえこんで、縛り上げた。今、中臣屋に使いを走らせてっから、そのうち小焼が来るだろ。……ったく、こんなに乱心するなんて思わなかったぞ」
 父ちゃんはおれの顔を拭いながら話してくれた。鼻を覆うようにぐるっと包帯を巻かれた。
 千歳おにぃを大の男三人で押さえつけたところに、母ちゃんが手とうで気絶させたって。母ちゃんどうしてそんなに気絶させるの上手いんだろ……。働きすぎな父ちゃんにしてるのを見たことがあるような気がする。
 それで、今は縛りあげて寝かせてるらしい。
「だから、おれは小焼に寝ているうちに連れて帰ってくれって言ったのに」
「……おれが、悪いんだ。おれが、おにぃに、はっきり言えなかったから」
 はっきり言ってたら、おにぃはこんなに傷つかずに済んだかもしれないんだ。
 日が沈みかけの時分に、小焼さんが再び養生所に来てくれた。赤い目で鋭く睨まれて、体がビクッと跳ねあがった。父ちゃんも同じように跳ね上がっていた。
「わりぃ」
「謝られても困るんですよ。では、千歳は連れ帰りますので、落ち着いたら、養生所のものを壊したお詫びに来させます」
「その時は、小焼も一緒に来てくれよ。おれじゃ、力負けしちまう」
「もう若くないですものね」
「言ったなー!」
 父ちゃんは笑ってた。小焼さんは笑ってないけど、ほんの少し表情が穏やかに見えた。
 おれも、ああいう風になれたら良いな。千歳おにぃと……一緒にはなれなくても……、親友になりたい。ともだちに、なりたい。
 千歳おにぃを車に乗っけて、小焼さんは帰っていった。
 落ち着いたらって、いつになるんだろう。ひと月は先になるのかな。後七日ばかりしたら、おももがうちに嫁いでくる。吉原ちょうではにわかが始まるはずだ。
 本当なら、千歳おにぃはあきのねぇと一緒に俄を見て笑ってるはずだったんだ。おれが、おにぃの幸せを壊しちゃった。
 あきのねぇ、まだ千歳おにぃのこと好きかな。もう諦めちゃったかな。……自分のことが好きになるように、おまじないとかしてないかな。
「そういえば夢夏、千歳の櫛はどうしたんだ?」
「おももにあげちゃった」
「おももに!?」
「う、うん。だって、おももはおれの女房になる子だし……、おもも喜んでたし……」
「ばっ、……、おはる! おはる! 急いで小焼の後追うぞ!」
「へ? 何だってんだい?」
「千歳がおももの髪に櫛差さってんの見たら、狂っちまう! 夢夏! おまえは店番してろ!」
 父ちゃんと母ちゃんは慌てた様子で出て行った。
 おれ、置いていかれたや……。店番……しよう……。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

溺愛執事と誓いのキスを

水無瀬雨音
BL
日本有数の大企業の社長の息子である周防。大学進学を機に、一般人の生活を勉強するため一人暮らしを始めるがそれは建前で、実際は惹かれていることに気づいた世話係の流伽から距離をおくためだった。それなのに一人暮らしのアパートに流伽が押し掛けてきたことで二人での生活が始まり……。 ふじょっしーのコンテストに参加しています。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

剣客居酒屋 草間の陰

松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

処理中です...