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第二十八話
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千歳おにぃはおとなしく手当てを受けていた。左腕に包帯がぐるぐる巻かれている。血が滲んでいた。どれだけ深く掻きむしったんだろ……。
さっき交合した時に、千歳おにぃの肌に引っ掻き傷がたくさんあったのを見た。胸のところにもあった。苦しくなって掻きむしってるんだ。
おれ、たくさん苦しくさせてるんだ。千歳おにぃをたくさん苦しめてるんだ。
……おれは、一緒にいないほうが、良いのかも。
「千歳おにぃ。ごめん。ごめんね。おれが全部悪いんだ。おれが、おにぃにいっぱい触ったから。おにぃは嫌がってたのに、いっぱい」
「急になんですか?」
「おれ、千歳おにぃと、ずっと、一緒にいたいって思ってた」
「思ってた?」
「ひっ!」
「千歳!」
壁を蹴られて、天井から土埃がぱらぱら落ちてくる。父ちゃんが千歳おにぃを羽交い締めして止めてるけど、父ちゃんの力だとそのうち負けちゃいそうだ。
包帯がだんだん赤く染まっていく。血、止まってないの? 父ちゃんが手当てしたのに、まだ、止まってないの? それとも、傷が開いたの? こわくて、こわくて、涙がぽたぽた落っこちる。養生所の皆が集まってきてる。遠くからこっちをじぃっと見てる。
視線が気になるのか千歳おにぃはぐるっと見回した。おにぃの目がキッと鋭くなってるのが怖くて、皆、後ろに下がっていく。
「思ってたって何ですか? 思ってたって。今は? さっきまで、一緒になろうと言ってたのに? おれのモノになってと言ってたくせに? どうして? 何で?」
「ご、ごご、ごご、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさいぃ!」
謝ることしかできない。
土が鼻に入りそうなくらいに額を地面につけて謝った。体を丸めて、謝った。
ふぅーっと、長い溜息が降ってくる。怖くて顔をあげられない。あげちゃ駄目だと思う。
「千歳。夢夏もこうして謝ってっから、許してやってくれ。おれも、悪かった」
「……謝ってほしいんじゃないです」
「うごぇっ!」
頭を踏みつけられて、鼻がぐきっと鳴った。折れたかもしれない。痛い。血のにおいがする。すごく、痛い。
「どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?」
「千歳!」
父ちゃんが周りの皆を呼んだのかもしれない。足音がどっと押し寄せて、引いて行った。
おれはまだ動けずにいた。鼻が痛い。血のにおいもだけど、血の味もする。にがい。あと、涙でしょっぱい。なんもかんもがごっちゃになって、苦しい。おにぃはもっと苦しかったんだ。もっと痛かったんだ。もっともっと。
「夢夏。顔あげてみな」
「……父ちゃん。千歳おにぃは?」
「わりぃけど、皆で押さえこんで、縛り上げた。今、中臣屋に使いを走らせてっから、そのうち小焼が来るだろ。……ったく、こんなに乱心するなんて思わなかったぞ」
父ちゃんはおれの顔を拭いながら話してくれた。鼻を覆うようにぐるっと包帯を巻かれた。
千歳おにぃを大の男三人で押さえつけたところに、母ちゃんが手とうで気絶させたって。母ちゃんどうしてそんなに気絶させるの上手いんだろ……。働きすぎな父ちゃんにしてるのを見たことがあるような気がする。
それで、今は縛りあげて寝かせてるらしい。
「だから、おれは小焼に寝ているうちに連れて帰ってくれって言ったのに」
「……おれが、悪いんだ。おれが、おにぃに、はっきり言えなかったから」
はっきり言ってたら、おにぃはこんなに傷つかずに済んだかもしれないんだ。
日が沈みかけの時分に、小焼さんが再び養生所に来てくれた。赤い目で鋭く睨まれて、体がビクッと跳ねあがった。父ちゃんも同じように跳ね上がっていた。
「わりぃ」
「謝られても困るんですよ。では、千歳は連れ帰りますので、落ち着いたら、養生所のものを壊したお詫びに来させます」
「その時は、小焼も一緒に来てくれよ。おれじゃ、力負けしちまう」
「もう若くないですものね」
「言ったなー!」
父ちゃんは笑ってた。小焼さんは笑ってないけど、ほんの少し表情が穏やかに見えた。
おれも、ああいう風になれたら良いな。千歳おにぃと……一緒にはなれなくても……、親友になりたい。ともだちに、なりたい。
千歳おにぃを車に乗っけて、小焼さんは帰っていった。
落ち着いたらって、いつになるんだろう。ひと月は先になるのかな。後七日ばかりしたら、おももがうちに嫁いでくる。吉原では俄が始まるはずだ。
本当なら、千歳おにぃはあきのねぇと一緒に俄を見て笑ってるはずだったんだ。おれが、おにぃの幸せを壊しちゃった。
あきのねぇ、まだ千歳おにぃのこと好きかな。もう諦めちゃったかな。……自分のことが好きになるように、おまじないとかしてないかな。
「そういえば夢夏、千歳の櫛はどうしたんだ?」
「おももにあげちゃった」
「おももに!?」
「う、うん。だって、おももはおれの女房になる子だし……、おもも喜んでたし……」
「ばっ、……、おはる! おはる! 急いで小焼の後追うぞ!」
「へ? 何だってんだい?」
「千歳がおももの髪に櫛差さってんの見たら、狂っちまう! 夢夏! おまえは店番してろ!」
父ちゃんと母ちゃんは慌てた様子で出て行った。
おれ、置いていかれたや……。店番……しよう……。
さっき交合した時に、千歳おにぃの肌に引っ掻き傷がたくさんあったのを見た。胸のところにもあった。苦しくなって掻きむしってるんだ。
おれ、たくさん苦しくさせてるんだ。千歳おにぃをたくさん苦しめてるんだ。
……おれは、一緒にいないほうが、良いのかも。
「千歳おにぃ。ごめん。ごめんね。おれが全部悪いんだ。おれが、おにぃにいっぱい触ったから。おにぃは嫌がってたのに、いっぱい」
「急になんですか?」
「おれ、千歳おにぃと、ずっと、一緒にいたいって思ってた」
「思ってた?」
「ひっ!」
「千歳!」
壁を蹴られて、天井から土埃がぱらぱら落ちてくる。父ちゃんが千歳おにぃを羽交い締めして止めてるけど、父ちゃんの力だとそのうち負けちゃいそうだ。
包帯がだんだん赤く染まっていく。血、止まってないの? 父ちゃんが手当てしたのに、まだ、止まってないの? それとも、傷が開いたの? こわくて、こわくて、涙がぽたぽた落っこちる。養生所の皆が集まってきてる。遠くからこっちをじぃっと見てる。
視線が気になるのか千歳おにぃはぐるっと見回した。おにぃの目がキッと鋭くなってるのが怖くて、皆、後ろに下がっていく。
「思ってたって何ですか? 思ってたって。今は? さっきまで、一緒になろうと言ってたのに? おれのモノになってと言ってたくせに? どうして? 何で?」
「ご、ごご、ごご、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさいぃ!」
謝ることしかできない。
土が鼻に入りそうなくらいに額を地面につけて謝った。体を丸めて、謝った。
ふぅーっと、長い溜息が降ってくる。怖くて顔をあげられない。あげちゃ駄目だと思う。
「千歳。夢夏もこうして謝ってっから、許してやってくれ。おれも、悪かった」
「……謝ってほしいんじゃないです」
「うごぇっ!」
頭を踏みつけられて、鼻がぐきっと鳴った。折れたかもしれない。痛い。血のにおいがする。すごく、痛い。
「どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?」
「千歳!」
父ちゃんが周りの皆を呼んだのかもしれない。足音がどっと押し寄せて、引いて行った。
おれはまだ動けずにいた。鼻が痛い。血のにおいもだけど、血の味もする。にがい。あと、涙でしょっぱい。なんもかんもがごっちゃになって、苦しい。おにぃはもっと苦しかったんだ。もっと痛かったんだ。もっともっと。
「夢夏。顔あげてみな」
「……父ちゃん。千歳おにぃは?」
「わりぃけど、皆で押さえこんで、縛り上げた。今、中臣屋に使いを走らせてっから、そのうち小焼が来るだろ。……ったく、こんなに乱心するなんて思わなかったぞ」
父ちゃんはおれの顔を拭いながら話してくれた。鼻を覆うようにぐるっと包帯を巻かれた。
千歳おにぃを大の男三人で押さえつけたところに、母ちゃんが手とうで気絶させたって。母ちゃんどうしてそんなに気絶させるの上手いんだろ……。働きすぎな父ちゃんにしてるのを見たことがあるような気がする。
それで、今は縛りあげて寝かせてるらしい。
「だから、おれは小焼に寝ているうちに連れて帰ってくれって言ったのに」
「……おれが、悪いんだ。おれが、おにぃに、はっきり言えなかったから」
はっきり言ってたら、おにぃはこんなに傷つかずに済んだかもしれないんだ。
日が沈みかけの時分に、小焼さんが再び養生所に来てくれた。赤い目で鋭く睨まれて、体がビクッと跳ねあがった。父ちゃんも同じように跳ね上がっていた。
「わりぃ」
「謝られても困るんですよ。では、千歳は連れ帰りますので、落ち着いたら、養生所のものを壊したお詫びに来させます」
「その時は、小焼も一緒に来てくれよ。おれじゃ、力負けしちまう」
「もう若くないですものね」
「言ったなー!」
父ちゃんは笑ってた。小焼さんは笑ってないけど、ほんの少し表情が穏やかに見えた。
おれも、ああいう風になれたら良いな。千歳おにぃと……一緒にはなれなくても……、親友になりたい。ともだちに、なりたい。
千歳おにぃを車に乗っけて、小焼さんは帰っていった。
落ち着いたらって、いつになるんだろう。ひと月は先になるのかな。後七日ばかりしたら、おももがうちに嫁いでくる。吉原では俄が始まるはずだ。
本当なら、千歳おにぃはあきのねぇと一緒に俄を見て笑ってるはずだったんだ。おれが、おにぃの幸せを壊しちゃった。
あきのねぇ、まだ千歳おにぃのこと好きかな。もう諦めちゃったかな。……自分のことが好きになるように、おまじないとかしてないかな。
「そういえば夢夏、千歳の櫛はどうしたんだ?」
「おももにあげちゃった」
「おももに!?」
「う、うん。だって、おももはおれの女房になる子だし……、おもも喜んでたし……」
「ばっ、……、おはる! おはる! 急いで小焼の後追うぞ!」
「へ? 何だってんだい?」
「千歳がおももの髪に櫛差さってんの見たら、狂っちまう! 夢夏! おまえは店番してろ!」
父ちゃんと母ちゃんは慌てた様子で出て行った。
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