白鴉が鳴くならば

末千屋 コイメ

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第二十九話

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 趙が薬を持って駆け込んできた。ダボダボの白衣を揺らしながら、笑いつつ、だ。
「ヤアヤア、お二人さん、お待たせ! これはたった今さっきできたばかりの薬だ! 飲んでクレ! においも抑えてあルシ、甘めの味ニなってイるからサ!」
「あ、ほんとだ。あの腐ったにおいがしない」
「さあさ、飲ンデくれ! なぁに、ボクが作ったんだ。効果は花丸ダ」
「……これ飲んで万が一のことがあったら、どうしてくれるのさ?」
「その時はその時だな! アッヒャアア! ボクを信じるか信じないか、君次第ってことだヨ! 白い鴉ちゃん!」
 グラスに注がれたのは、緑色の液体だ。ドロドロしていて、見ているほうは気味が悪くなってくる。これが人体に悪影響を与えないものか? と思わず言いたくなる程度には怪しい代物だった。
 白鴉はグラスを持ち、考えている様子だ。隣に幼女が心配そうに立っている。彼女が動く度に補助具がちゃりんちゃりん、と小さな金属音を鳴らしている。
「わかった。オレ、唯姐姐の薬を信じてみるよ。今朝は信じられなかったけど」
「アッヒャア。そう言ってクレルと思ったヨ! 大丈夫ダ! このボクが作った薬だ。生きるか死ぬかの二択しかないサ!」
「というか、これ飲んですぐ治るなんてことないでしょ? ずっと飲まないといけないんだよね?」
「そりゃネ。でも、飲む度にボクが改良を加えてイク。きっと、最終的にはとびきりウマいものに生まれ変わっているハズなのサ!」
「最初からおいしーものにしてよ」
 と言って、白鴉は薬を口に含んだ。反射的に吐き出しそうになったところを趙が口を白衣で押さえつけていた。おいおい、それだと息ができないんじゃないかとは思うが、飲ませるにはこうするしかないだろう。喉仏が上下し、ゴクンッと想像よりも大きな音が鳴る。無事に嚥下されたようだった。
 幼女が水の入ったグラスを運んでくる。白鴉は真っ青な顔で「ありがとう」と言うと水を一気に飲み干していた。話せるならば、この薬は毒にはならなかったってことだろうか。判断するにはまだ早いだろうか。
 趙は口を大きく開いて笑っている。矯正器具のワイヤーが輝いて見えるくらいには大きな口だ。
「加減はドウかな? 白い鴉ちゃん」
「吐きそうだ。気持ち悪いったらありゃしないよ」
「そうかソウカ! 気持ち悪いだけか!」
「あと、身体が熱いくらいかな。オレの手、いつも冷たいんだけど、今はあったかいよ。ほら、雨涵、触ってみて」
「あっ……た……!」
 幼女は白鴉の手を握り、にこにこ笑っている。これなら余計な心配はしなくても良さそうだな。毒ではなかった。あの薬は、薬として効果を発揮した。俺の余計な心配だったというわけだ。
「うん。さっきよりも頭がはっきりしてきた。なんかずーっと靄がかってクラクラしてたんだよね」
「効果があったナラ良かった。ボクも賭けだったのサ。君に食われるか食われナイかってネ」
「……腹は減ってるよ。でも、今のオレじゃ得物に正確に針を刺せない。仕留め損なう。だから、依頼があるなら、また今度にしてね」
「ボクからとびっきりの依頼をシようと思ったんだガ、残念ダ」
 本当に残念だとか思っているのかわからないが、趙はしょぼくれたように手をいじいじしている。ダボダボの白衣の袖から手が出ているのは珍しいものだ。俺が黙っているからか白鴉はこちらを向いてニコッと笑った。
「どうしたの洋老大哥、泣きそうな顔してさ」
「いや、泣いてなどいない」
「ヒャアア、アッヒャアア、洋洋は感受性が高いからナ、感動して泣いているのサ! 白い鴉ちゃんを一番心配していたノハ、こいつだヨ!」
「違う! 笑うなこの変態!」
「天才と変態は紙一重ナンダ。褒め言葉として受け取ってアゲよう!」
 趙はケラケラ笑っていやがる。こいつはそういうやつだから、もうこのまま放っておいてやったほうが良いな。俺はポケットからタオルハンカチを取り出し、顔を拭う。ついでに眼鏡を拭いておいた。水滴がついて見えづらくなっていたからだ。
幼女が俺の隣にぽてぽて歩いてくる。その度にちゃりんちゃりん、小さな金属音が鳴る。
「そういえば、この子の歩行補助具はどうした?」
「あー、ソレは、先日の仕事帰りニ持ってキテあげたンダ!」
「うん。お陰で雨涵も嬉しそうにしてるよ。いっぱい歩けるようにもなったし、喉の薬も貰えたから、ちょっとずつ声も出せるようになってるし」
「俺は聞いていないんだが」
「ダッテ、洋洋には言ってナイからね! ボクに任せてくれるって言ったカラサ。ボクからの最高の贈り物だと思わないカイ?」
「……どうだって良い。そろそろ俺は会社に戻る。使えない部下ばかりだからな。俺が指示してやらねば、全く動こうとしない女ばかりだ」
「それッテ、洋洋が怖いカら指示待ちシテんじゃナいカナ」
「オレもそう思う。洋老大哥いつも眉間に皺寄ってるから」
「洋洋、おこっちゃ、メッ!」
「怒ってなどいない! 何なんだキミらは!」
 だが、これだけやかましいのも良いのかもしれないな。幼女の教育には、静かなところよりも少しやかましいようなほうが良いだろう。教育者がどう考えても悪影響を与えるものしかいないのが、残念ではあるが、趙は変態で変わり者だということを除けば天才だ。頭の回転が早く、薬学に強い。この先、白鴉の世話をしていく可能性があるならば、共にいることで学べるだろう。白鴉も料理の腕は良い。後は何ができるか知らんが、花嫁修業には良さそうだ。料理のできる女はどこでも喜ばれるものだからな。料理上手の女は良い。あとは床上手ならば良いだろうが、それは男が好きに仕込めば良いだけだ。
「趙、キミも研究部に帰るだろう。乗せてってやる」
「ヒャア、良いのカイ?」
「どうせ同じ会社だからな」
「それじゃあ、帰る前に白い鴉ちゃん、採血サセテくれ! 数値をミテ、薬を調整してアゲるよ!」
「前のように痛くしないでよ。オレね、痛いの嫌なんだから」
「アッヒャアア! それは無理無理無理無理無理ダ!」
「えー、やだなぁ」
 と言いつつも、白鴉はおとなしく採血されていた。思ったよりも太い注射針を使っていたので、こいつはわざと人の痛がる姿を見て楽しんでいるようだった。悪趣味でしかないな。まったく……。
 採血が終わるとすぐに店を出た。白鴉はそのまま休むと言っていたので、仕込みもしないらしい。あの分だと休息も必要だろう。彼に渡すべき仕事は今度持ってきてやるとするか。その前に趙が勝手に依頼してそうだから、きちんとスケジュール管理をしておいてやらないとな。
「これで治るのか?」
「数値の変化ヲ見て、ボクが調整をカケテいくカラネ。きっと治るサ。なんと言っても、ボクは天才ダ! ボクの薬デ皆治ってイクのさ!」
「大した自信だ」
「自信が無いヨリ、アルほうが、ずぅうううううううっと良いダロ? 自信の無い薬の売り込ミなんて、洋洋もシたくないダロ? ボクは、自信がアル。誰よりも人を助けラレるんだ! 救世主ダ!」
「その考えには一理あるな」
「ハッハァ! と言う訳デ、今後トもヨロシク! 営業部長サン!」
 自信満々に笑いながらそう言うと、趙は車に乗り込んだ。そして、二人で会社に戻った。
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