白鴉が鳴くならば

末千屋 コイメ

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第二十一話

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「治すって何? というか、あんた誰?」
「おお! そうダ! 名乗っていなかったな! ボクはこういうものダ!」
 と言いながらチョウは名刺を差し出していた。銀の箔押しをされた名刺だ。俺は金色の箔押しだが、こいつは銀を選んだらしい。いや、女は銀しか選べないんだったか? 女に選択肢を与えるとやかましくなるからな。ふと妹達の事を思い出して頭が痛くなってきた。
 頭痛の原因は目の前の二名にもありそうではある。変わり者と化け物の相手などしたくないが、俺がいないと話は脱線するだろうから、仕方なくいてやろう。
チョウウェイね。わかった、覚えたよ姐姐ねーね。オレはヂュ雨泽ユーズゥァ。よろしくね」
「ああ! よろしく! よろしく!」
 両手をぶんぶん振って挨拶している。鴉は鳴いていないようだから警戒はしなくて良いかもしれないが、さっきのようなこともある。あれは、もしや試していたのか? 趙は闇市にもよく顔を出すはずだ。それなら、人伝に聞いているかもしれないな。
 白鴉パァィアは厨房からこちら側に出てきた。相変わらず背が高い。見下されるようで癪に障る。俺の隣にいる趙との身長差は頭三つ分ぐらいはありそうなほどだ。
「ところで、お二人のクーラーボックスは何?」
「キミに頼まれていた鉄剤と全血製剤だ。それとーー」
「お土産サ!」
 少し赤黒く汚れたクーラーボックスを開く。ドライアイスが詰めてあったのか白い靄があがる。中見と。吐き気を堪えきれなくなり、つい吐いてしまった。白鴉パァィアは目を細める。
ヤン老大哥にーに……。せっかく雨涵ユーハンが掃除したのに……」
 と文句を言いつつ、白鴉パァィアは屈んだ。吐瀉物を摘み上げ、口に入れている。その気持ち悪さに俺はまた堪らず吐いた。黄色っぽい液体が床に広がる。俺の横で趙が笑っていた。
「アッヒャヒャッヒャア! 洋洋ヤンヤン、慣れてないノ? 営業部長なの二? ひー、オカシイ!」
「うん。老大哥にーに、肝臓が悪そうだね。お酒控えたほうが良いよ。やっぱり珍味にしかならないや」
 吐瀉物をした白鴉パァィアはそう言いながらグラスに水を入れてきた。一応のもてなしなのだろう。趙の分も近くのテーブルに置かれる。冷たくて美味い水だった。この辺りの上水道は腐ってるから飲用には向いていない。だから、何処かで仕入れたものなのだろう。
 俺はクーラーボックスの中を見ないように視線を白鴉パァィアに移した。ニコッと笑うと彼はクーラーボックスをあさる。見ないでおこう。
「あー! すごーい! きれーに解体さばいてあるね! ウェイ姐姐ねーねがしたの?」
「そうサ! ボクが血抜きから何から何まで処理した。君の好きなものはこの辺りカナ?」
 グチャ、グチャ……。
 水音がする。血のにおいが立ち込める。やはり変わり者だから気が合うのか趙と白鴉パァィアは明るい声で会話を続けていた。まったく、これだと幼女の教育に悪いだろう。そういえば姿が見えないな。二人の方はあまり見ないようにしながら店内を見回す。そう広くもないので首を軽く回せば全体が見える程度だ。俺達以外の人影はないように見える。
 確か、だとか言ってたな。まさか、もう食ったのか?
「おい、雨涵ちゃんはどうした?」
「雨涵なら奥で寝てるよ。老大哥にーに、何かお土産持ってきてくれたの?」
「あ、いや……。気になっただけだ。こんな血生臭い場所に幼子おさなごがいるんだからな。また何かあったら君は騒ぐだろう!」
哈哈哈はははヤン老大哥にーにって素直じゃないね」
 白鴉パァィアは大きく口を開いて笑った。腹立たしいやつめ。だが、寝ているだけなら安心だな。何かを言い返すのも面倒で、俺は口を噤む。
 いつの間にかもう一つのクーラーボックスが開かれていたらしい。前に見た時のように、ジュースのように血を飲んでいる白鴉パァィアがいた。
「で、姐姐ねーね。オレのビョーキを治せるってほんと?」
「ボクなら治せるサ! 研究部の部長だからネ!」
「へえ。面白いね」
 手を伸ばし、趙の顎を掴んで仰けさせる。白い首筋がよく見えるようになる。白衣を着ているからか更に白く見えるんだな、互いに。白鴉パァィアの服も真っ白だ。調理をするにしては袖が長過ぎやしないかとも思うが、気分で変えているんだろうか。それとも、俺が来るからわざと変えたのか。
「君から見て、ボクはうまそーカイ?」
嘻嘻ふふっ、ウェイ姐姐ねーね今まで何人食べてきたのさ?」
「君ほどは食べてないサ! 少し摘み食いぐらいダヨ。白い鴉ちゃん!」
「……野良猫だね」
「アッヒャ! 鴉とは上手くやれそうダロ? ゴミ捨て場仲間として、サ!」
「そうだねー。オレの家族にもきちんと挨拶してから来てくれたようだし、オレ、あんたを信じてみるよ。きれーなも、貰ったし、オレのを初見で受け止めたのあんたが初めてだからさ」
 趙の頭を撫で、白鴉パァィアは目を細めた。俺の頬を冷たい物が掠る。振り向く。壁に針が刺さっていた。油断したら狩られる……。背中を悪寒が滑り落ちていくと同時に奇妙な興奮がわいてくる。
 この化け物は、手懐けられる。病気の治療をできるやつを連れてきた。これで俺の信頼も増すだろう。
 気がつけば白鴉パァィアは厨房に戻っていた。血を飲んでいるので口の端が赤いままだ。クーラーボックスの中身は抜かれたらしく、趙が蓋をして床に置いていた。
姐姐ねーね、好きな食べ物はある? 仕込みが終わったから作ってあげるよ」
「それなら、サソリをクレ! ボクはサソリが大好きナンダ! もしくは天竺鼠ダ!」
「ごめんね。どちらもストックが無いや。今度ヤン老大哥にーにに持ってきてもらわないとね」
「俺が持ってくるのか? キミが買いに行けば良いだろう! 俺は料理をしないからどれが良い食材かわからんぞ。しかも、サソリだとか天竺鼠だとか、さっぱりわからん!」
 どちらも俺は食ったことがない。食べたいとも思わないな。カエルを食わされるくらいにはご遠慮願いたいところだ。
 趙は口をつりあげて笑っている。矯正器具がキラリ、光って見えるくらいには大きく笑った。
「ヒーヒー、洋洋ヤンヤンがこんなに慌ててるの久しぶりに見たヤ。おかしくって、腹がイタイ!」
「キミは笑い過ぎだ!」
「そんな訳で姐姐ねーね、他にないかな?」
「ボクはカエルも好きだ。特に唐揚げがネ!」
「カエルならあるよ。それじゃあ、唐揚げにするね。老大哥にーには何にする? カエル食べる?」
「俺は胡麻団子にしてくれ」
「え! 洋洋ヤンヤン、おっさんのくせに胡麻団子食うノ?」
「別に良いだろうが!」
「ヒャッハハハ、アヒャヒャ、そんなに怒るとハゲちゃうヨ。もう頭頂部アヤシーダロ?」
「くっそ!」
「ハイハイ、胡麻団子ね。わかった、とびきりおいしーの作ってあげるよ」
 こちらも笑っていやがる。鋭く長い犬歯が見えるような笑みだ。
 だが、不思議と嫌な気分にはならなかった。趙には腹が立つが。
 今日はゴミ捨て場で猫が鳴いていた。

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