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第二十話
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研究部へ向かう。さすがに薬品開発をしているだけあって、面倒なドアを何枚も通り過ぎる必要がある。研究部の部長は同期だから話しやすいが、今日は出勤しているだろうか……。
『ご用の方はこちら』と札のかかったドアを三度ノックしてから開く。いた。研究部の部長――趙唯だ。女だが、かなりの腕利きだ。ここまで俺と同じように努力だけでのし上がってきた。彼女が開発した薬が高値で取引されている。売り込んでいるのは俺だからな、どれだけ凄いやつかっていうのはよくわかっている。
気だるげな顔をした女はこちらへツカツカ歩いてくる。ゴム靴を履いているくせに、奇妙な足音だ。不意に、目の前に、金属が見えた。咄嗟に瞼を閉じる。冷たい物がチクリッと当たる。
「へっへっー。さすが洋洋だ。簡単に目玉を抉られないネ」
「その呼び方はやめてくれないか」
「良いじゃない。ボクと君の仲なんだから」
目を開けば、フォークを指先で回す趙がいる。相変わらず、動きの全く読めない変わり者だ。だからこそ、この地位にいるのだろうが。世間話をしている暇はない。さっさと白鴉の求める物を持っていってやらねばならない。
「――で、君がボクのところに来るってことは、何かあったんでショ?」
「ああ。鉄剤と輸血用血液製剤を貰いに来た。前と同じO型の全血製剤だ。すぐに用意して欲しい」
「それ、誰に渡すのサ?」
「白い鴉だ。人食いの化け物だよ」
「アッハァ! 良いね! ボク、そういうのだぁいすき! 血を求めて飢えた鴉って美しいネ」
「もう何人もうちの社員が食われてる。うちの部署でも食われてんだ。笑ってられないぞ」
「でーもー、洋洋は、その白い鴉ちゃんに餌を与えたいんだよネ? ヒヒッ、なんて悪い営業部長ダ」
後ろにステップを踏み、席に戻る。緩く巻いた三つ編みを指先で絡めながら趙は笑っている。歯の矯正器具が照明で輝いて見えた。八重歯だから矯正を始めたとか言っていたような記憶がある。俺より年下だった記憶はあるが、こいつはいったいいくつだったか。そこそこ良い年齢だと思うが……、まあ、今はそんなことを考えている必要は無い。
「餌を与えないと動物は懐かないからな」
「まあねェ。でも、どちらも血か。――もしかして、その白い鴉ちゃん、貧血だったりとかァ?」
「そうかもな。持病があると記載されていた。そして、スプーンネイルだった」
「へーへー。……だから、人間を食ってるんだろうネ。異食症ダ」
ポツリと言葉が零れ落ちる。にんまり笑った顔が不気味だった。つり上がり気味の目が薄く閉じられる。嘲笑っている。フォークをくるりと回すと、そのまま下に向かって振り下ろす。「ヂュッ!」と小さな悲鳴があがる。血が滴り落ちる。俺の死角に、マウスのゲージがあったらしい。持ち上げたフォークに、マウスが突き刺さっていた。白いマウスが血で赤くなっている。目が澱んでいく。ゆっくり、確実に、死んでいく。このフォークを持ったまま、趙は再び俺の前まで来た。
「ねえ、ボクも、白い鴉ちゃんに会ってみたいな」
「会ってどうする?」
「どうするもこうするも? ボクは研究部だヨ。新薬の開発もボクのお仕事なんだから、決まってるでショ! ボクは助けてあげる! 可愛い可愛い白い鴉ちゃんをね、アッハッハァ!」
「……それなら、まずはさっき言った薬を準備してくれ。連れて行ってやるから」
「オッケー。すぐに準備しよう!」
彼女が動く度に長い白衣が揺れる。少しサイズが大きいのではないだろうか。手元があまり見えないのは作業するならどうかと思うぞ。趙は奥の研究スペースへと向かったので、研究部の事務所には俺だけが残される。フォークの突き刺さったマウスは絶命したようだ。小さな足を痙攣させていたが、もう動かない。鼻もピンクから白に変わっている。
「なんだか可哀想だな」
実験動物だからいつかはこうなる運命だったのだろうが。マウスを見ている間に、趙が戻ってきた。クーラーボックスを持っているので、きちんと持ってきてくれたようだ。再び口をにんまり裂いている。
「お待たせ。O型の血液製剤を持って来たヨ」
「ありがとう。それでは、すぐに――」
「まァだ。ボクにその白い鴉ちゃんの情報をおくれヨ。知っておかないとね。ボクなら、白い鴉ちゃんを助けられるかもしれないんだかラァ」
「ああ、わかった」
取引相手の個人情報なら、社内で共有できるようになっている。俺は趙のスマホで閲覧できるようにデータを開示できるように手配をする。彼女はすぐに確認しているようだった。そうして、恍惚の表情をするのだった。
「イイね! ボク、こういうの大好き! お土産を増やしていってあげないとダ!」
「お土産と言ってもだな、あいつは――」
「人間なら、ここにも、いーっぱいあるんだヨ。ヒャッハ、ハッハハ! ちょうどさっき治験で死んだばっかのがいる! それを解体してやろう! ボクがやれば三十分ちょいさ! 待っててね洋洋!」
「お、おう……」
そうだ。ここはそういうところだったな。忘れかけていたが、ここは完全に裏側の部署だ。表向きの開発部門とは別の、裏にある研究部。ここで開発された薬は動物実験をせずに直接人間に投与されることが多い。そうして、月に何人も……。未来で助かる人間のために、今、命が奪われている。
本当に三十分だった。いや、実際はそれよりも速かった。趙が少し赤く汚れたクーラーボックスを俺に渡してきた。ずっしりした重さがある。これに、人間が? 吐き気がこみあげてくるが、なんとか耐えた。目尻から涙があふれる。目の前で大きな口を開けて笑う女がいる。
「アッヒャアッハハハヒャアア! 洋洋、行こう! ボクの患者に会いに行こう! ボクならきっと、治せるヨ!」
「あ、ああ……」
異常だ。この女は、異常者だ。狂っている。元々おかしいやつだとは思っていたが、こんなに狂ったやつだとは思っていなかった。だからこそ、部長になれたのだろう。裏の世界の、研究部で。
車を走らせて白鴉へ向かう。趙はずっと何かを歌っていた。やかましいやつだ。助手席に座らず、後部座席について欲しいくらいだった。
路地裏に入り、近くに車を置く。ゴミ捨て場に鴉がいた。縁起が悪いな。それだというのに、趙は気にせず、鴉に近付き「カァ!」と鳴き真似をする。ゴミ捨て場の鴉達は互いに顔を見合わせた後、趙に向かい「カア」と鳴いた。
「ボク、迎え入れられたみたいだヨ!」
全く理解できないな。
気にせずに白鴉に向かう。今は夕方の仕込みの最中だろう。扉を押し、中に入る。見慣れた顔がこちらに向いた。
「ハイハイ、洋老大哥、いらっしゃい」
「白鴉、さっきはどうして突然電話を――」
「君が白い鴉ちゃんか!」
趙が俺の後ろから出て来て、両手を広げる。白鴉の目が細まった。今日は袖が長い。まずい! ちゃりん、と小さく金属の音が鳴る。と、同時に、銀色が俺の頬を掠る。
「姐姐、なかなかの手練れでしょ? 何人味見したの?」
「君ほどはしてないサ!」
マウスに針が刺さっていた。あのフォーク持ってきていたのか。
趙は針をマウスから引き抜いて、白鴉に返していた。
「なーるーほーどーね。キミ、貧血デショ?」
「……オレ、何も言ってないけど」
「顔色が悪いから、目に紅を乗せてるんダ! あとはー、人間を食べるのも、治したいから、デショ? マアマア、ボクに任せておきなって! 治してあげよう!」
フォークに突き刺さったマウスに齧りつき、趙は笑った。口が真っ赤に染まっていた。
『ご用の方はこちら』と札のかかったドアを三度ノックしてから開く。いた。研究部の部長――趙唯だ。女だが、かなりの腕利きだ。ここまで俺と同じように努力だけでのし上がってきた。彼女が開発した薬が高値で取引されている。売り込んでいるのは俺だからな、どれだけ凄いやつかっていうのはよくわかっている。
気だるげな顔をした女はこちらへツカツカ歩いてくる。ゴム靴を履いているくせに、奇妙な足音だ。不意に、目の前に、金属が見えた。咄嗟に瞼を閉じる。冷たい物がチクリッと当たる。
「へっへっー。さすが洋洋だ。簡単に目玉を抉られないネ」
「その呼び方はやめてくれないか」
「良いじゃない。ボクと君の仲なんだから」
目を開けば、フォークを指先で回す趙がいる。相変わらず、動きの全く読めない変わり者だ。だからこそ、この地位にいるのだろうが。世間話をしている暇はない。さっさと白鴉の求める物を持っていってやらねばならない。
「――で、君がボクのところに来るってことは、何かあったんでショ?」
「ああ。鉄剤と輸血用血液製剤を貰いに来た。前と同じO型の全血製剤だ。すぐに用意して欲しい」
「それ、誰に渡すのサ?」
「白い鴉だ。人食いの化け物だよ」
「アッハァ! 良いね! ボク、そういうのだぁいすき! 血を求めて飢えた鴉って美しいネ」
「もう何人もうちの社員が食われてる。うちの部署でも食われてんだ。笑ってられないぞ」
「でーもー、洋洋は、その白い鴉ちゃんに餌を与えたいんだよネ? ヒヒッ、なんて悪い営業部長ダ」
後ろにステップを踏み、席に戻る。緩く巻いた三つ編みを指先で絡めながら趙は笑っている。歯の矯正器具が照明で輝いて見えた。八重歯だから矯正を始めたとか言っていたような記憶がある。俺より年下だった記憶はあるが、こいつはいったいいくつだったか。そこそこ良い年齢だと思うが……、まあ、今はそんなことを考えている必要は無い。
「餌を与えないと動物は懐かないからな」
「まあねェ。でも、どちらも血か。――もしかして、その白い鴉ちゃん、貧血だったりとかァ?」
「そうかもな。持病があると記載されていた。そして、スプーンネイルだった」
「へーへー。……だから、人間を食ってるんだろうネ。異食症ダ」
ポツリと言葉が零れ落ちる。にんまり笑った顔が不気味だった。つり上がり気味の目が薄く閉じられる。嘲笑っている。フォークをくるりと回すと、そのまま下に向かって振り下ろす。「ヂュッ!」と小さな悲鳴があがる。血が滴り落ちる。俺の死角に、マウスのゲージがあったらしい。持ち上げたフォークに、マウスが突き刺さっていた。白いマウスが血で赤くなっている。目が澱んでいく。ゆっくり、確実に、死んでいく。このフォークを持ったまま、趙は再び俺の前まで来た。
「ねえ、ボクも、白い鴉ちゃんに会ってみたいな」
「会ってどうする?」
「どうするもこうするも? ボクは研究部だヨ。新薬の開発もボクのお仕事なんだから、決まってるでショ! ボクは助けてあげる! 可愛い可愛い白い鴉ちゃんをね、アッハッハァ!」
「……それなら、まずはさっき言った薬を準備してくれ。連れて行ってやるから」
「オッケー。すぐに準備しよう!」
彼女が動く度に長い白衣が揺れる。少しサイズが大きいのではないだろうか。手元があまり見えないのは作業するならどうかと思うぞ。趙は奥の研究スペースへと向かったので、研究部の事務所には俺だけが残される。フォークの突き刺さったマウスは絶命したようだ。小さな足を痙攣させていたが、もう動かない。鼻もピンクから白に変わっている。
「なんだか可哀想だな」
実験動物だからいつかはこうなる運命だったのだろうが。マウスを見ている間に、趙が戻ってきた。クーラーボックスを持っているので、きちんと持ってきてくれたようだ。再び口をにんまり裂いている。
「お待たせ。O型の血液製剤を持って来たヨ」
「ありがとう。それでは、すぐに――」
「まァだ。ボクにその白い鴉ちゃんの情報をおくれヨ。知っておかないとね。ボクなら、白い鴉ちゃんを助けられるかもしれないんだかラァ」
「ああ、わかった」
取引相手の個人情報なら、社内で共有できるようになっている。俺は趙のスマホで閲覧できるようにデータを開示できるように手配をする。彼女はすぐに確認しているようだった。そうして、恍惚の表情をするのだった。
「イイね! ボク、こういうの大好き! お土産を増やしていってあげないとダ!」
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「人間なら、ここにも、いーっぱいあるんだヨ。ヒャッハ、ハッハハ! ちょうどさっき治験で死んだばっかのがいる! それを解体してやろう! ボクがやれば三十分ちょいさ! 待っててね洋洋!」
「お、おう……」
そうだ。ここはそういうところだったな。忘れかけていたが、ここは完全に裏側の部署だ。表向きの開発部門とは別の、裏にある研究部。ここで開発された薬は動物実験をせずに直接人間に投与されることが多い。そうして、月に何人も……。未来で助かる人間のために、今、命が奪われている。
本当に三十分だった。いや、実際はそれよりも速かった。趙が少し赤く汚れたクーラーボックスを俺に渡してきた。ずっしりした重さがある。これに、人間が? 吐き気がこみあげてくるが、なんとか耐えた。目尻から涙があふれる。目の前で大きな口を開けて笑う女がいる。
「アッヒャアッハハハヒャアア! 洋洋、行こう! ボクの患者に会いに行こう! ボクならきっと、治せるヨ!」
「あ、ああ……」
異常だ。この女は、異常者だ。狂っている。元々おかしいやつだとは思っていたが、こんなに狂ったやつだとは思っていなかった。だからこそ、部長になれたのだろう。裏の世界の、研究部で。
車を走らせて白鴉へ向かう。趙はずっと何かを歌っていた。やかましいやつだ。助手席に座らず、後部座席について欲しいくらいだった。
路地裏に入り、近くに車を置く。ゴミ捨て場に鴉がいた。縁起が悪いな。それだというのに、趙は気にせず、鴉に近付き「カァ!」と鳴き真似をする。ゴミ捨て場の鴉達は互いに顔を見合わせた後、趙に向かい「カア」と鳴いた。
「ボク、迎え入れられたみたいだヨ!」
全く理解できないな。
気にせずに白鴉に向かう。今は夕方の仕込みの最中だろう。扉を押し、中に入る。見慣れた顔がこちらに向いた。
「ハイハイ、洋老大哥、いらっしゃい」
「白鴉、さっきはどうして突然電話を――」
「君が白い鴉ちゃんか!」
趙が俺の後ろから出て来て、両手を広げる。白鴉の目が細まった。今日は袖が長い。まずい! ちゃりん、と小さく金属の音が鳴る。と、同時に、銀色が俺の頬を掠る。
「姐姐、なかなかの手練れでしょ? 何人味見したの?」
「君ほどはしてないサ!」
マウスに針が刺さっていた。あのフォーク持ってきていたのか。
趙は針をマウスから引き抜いて、白鴉に返していた。
「なーるーほーどーね。キミ、貧血デショ?」
「……オレ、何も言ってないけど」
「顔色が悪いから、目に紅を乗せてるんダ! あとはー、人間を食べるのも、治したいから、デショ? マアマア、ボクに任せておきなって! 治してあげよう!」
フォークに突き刺さったマウスに齧りつき、趙は笑った。口が真っ赤に染まっていた。
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