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第六話
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市場は賑わっていた。
今日の目玉商品! 新入荷! 激安! 売り子の声がよく響いていた。
長い袖を揺らしながら道を行く。オレを見て逃げていく人も数人いた。今日はまだ家族も鳴いていないんだから、逃げなくて良い。腹もそれほど空いていない。これから鳴いたら、一番にさっきの人を食べてやろうかな、とも思った。
狭い路地を抜けていく。ねずみが足元を駆けていった。そういえばねずみの唐揚げもなかなかうまいんだ。今度馴染みの肉屋に仕入れてもらおっかな。
「雨泽、雨泽」
「ハイハイ」
辺りは黒っぽく、じめじめしている。闇市だと言っても、商品を見るためのじゅうぶんな明かりは欲しい。ここまで闇にする必要はないと思う。
オレを呼び止めた人物は、そんな、闇の奥から姿を現した。常日頃贔屓にしてもらってる男だ。名前は知らない。何屋だったかも知らない。聞いたかもしれないけど、忘れた。どうせ偽名なんだから、覚えても仕方ない。裏側に生きる人は大抵の場合は偽名だ。オレは本名だけど、本名だと思われていないかもしれない。まあ、どっちでも良い。呼び名なんて、些細なものだから。
彼もまた人間を食べたがるような男だった。美食の果てに行き着いた答えだった。人間を食べたいなら、勝手にすれば良いと思う。それでオレを訪ねてくるのも好きにすれば良い。オレが人を食う理由とは別物なんだから。
「オマエのとこに奴隷を雇わないか?」
「オレね、そういうの要らないから」
そうだったそうだった。彼は人身売買をしているんだった。その中で自分が食べたいと思った人間を殺してからうちに持ってくるんだ。この殺し方が汚い。血抜きも中途半端だし、何もかもが雑過ぎる。けっこう良い額を出してくれるからいちいち言わないけれど、もっとシケた額なら、彼も食材の仲間入りしてもらいたいところだ。まあ、オレの料理はうまいから、問題は無い。家族だって皆うまいって言うし。
「オマエはいつもそう言うな。奴隷が一人いれば楽できるぞ」
「オレは性奴隷がいなくても食えるから良いの。あんまりしつこいと、あんた、食うよ?」
袖を振ると高い金属の音が鳴る。彼はその音が何かわかったらしく、一目散に逃げていった。
気を取り直して、闇市を歩く。表では絶対に流れない品々が揃っている。特に目的は無い。こうしてたまに闇市に顔を出しておけば、オレに用事がある人の噂を聞ける。
鴉は死肉を啄むから、死体のあるところに現れる。死体を片付けるのが、オレのーー家族の、仕事だ。綺麗さっぱり、無かったことにする街のお掃除屋、と言えば聞こえは良いかもしれない。まあ、実際のところはオレと静静以外は食べ散らかしがひどい。鴉が食べたって、趣があって良いことだけど。
「雨泽、良い品が入ったから見て行くかい?」
「ハイハイ大哥、調子が良いね」
「おまえんとこに卸すので良い廻りができてんだよ。ほらほら、上玉揃いだ!」
こちらは前に料理人を分けてくれた料理店のオーナーさん。肉屋もしているから、食材を見せてくれる。銀色の四角い小さな檻に裸の女達が入れられていた。手枷足枷口枷をされている。目だけは見えているので、怯えきった表情の者や全て諦めたかのような表情の者もいる。
「食用にしては細いんじゃない? それともこれ性処理用の食用なの?」
「相変わらずおまえはデブ好きだな」
「デブが好きなんじゃないよ。脂肪しかないのは嫌い。オレはね、中肉中背が好きなの。手足が長くて細いとか、胸が大きいとか、そういうのよりも、中肉中背。これに限るよ」
「見た目は?」
「食材に見た目の美しさなんて要求しない。オレね、飾り切りすごく得意だからさ。料理を美しくするのすっごくうまいんだよ。味も良くて見た目も良い。いつでも最高の料理に仕立て上げられる」
「そうかい。雨泽の料理人魂には参った」
「せっかく命を頂くんだから、野蛮であっても無礼ではいけない。神の恵みに感謝して頂かないとね」
両手を合わせて微笑む。ちゃりん、と小さく金属の音が鳴る。鈴のような可愛さのある音が。オーナーさんは少し眉を訝しげにあげていた。
「そう言えば、『人間を食べたい』と女の子が来たよ。連絡先を聞いておいたから、仕事を受けてやってくれ」
「ハイハイ。仕事の依頼なら大歓迎だ。何人分調理しようか」
「そこまで話してないから、後は先方と話してやりな」
「わかったよ大哥。連絡しておく」
オーナーさんから名刺を受け取る。けっこう大手の社名が記されていた。このグループなら、あっちできもちいー薬を取引していたような記憶がある。裏の取引も余裕でやるんだから、人間を食べたいって子も出てくるか。それとも、どっかの美食家の無理難題に付き合わされてるか、どっちかな。
オレはどっちでも良い。仕事ならきちんと受けてあげるだけだから。ついでにおこぼれに預かれば良い、人間を一人食べるのにも時間がかかるし量が多い。そこは下処理からオレがやれば、の話だけど。既に処理された人肉を渡されるなら鮮度とか可食部の量が気になるところ。骨ばっか渡されても拉麺のスープしか作れない。
「そういえば雨泽、子どもは好きか?」
「子どもの肉はやわらかくて甘いから好きだよ。死体でも手に入った?」
依頼以外で子どもの調理はしたことがない。肉がやわらかくて口の中でとろけるようでジューシーだけど、徒らに食べようとは思わない。親に虐待されていて可哀想な子とかだったら、救う意味で食べたいけれど、それ以外は遠慮したい。
「死体じゃなくて、生きてる子だ。そこの売春宿の娼婦が産んだ子なんだがな、女は贔屓の男と逃げちまって、子をゴミ捨て場に捨てやがった。うちの店の残飯を鴉と食ってたから持ってきたんだ」
「へえ、そりゃまた可哀想な子だ」
「ろくな教育もされてないから、口もきけない。医者に診せたら、声が出にくい喉をしてるんだと。でもな、ここからよく聞け」
「何? 勿体ぶらずに教えてよ。オレあんまり気が長くないんだから」
「その子はな、鴉の鳴き真似だけは、すごく上手いんだ」
「哈哈哈、良いね。その子は何処にいるの? 会わせてよ」
「こっちだ」
オーナーさんの後ろをついて歩く。
明るい部屋の中にその子はいた。銀のように上品な白色の髪に、琥珀色の瞳をしている。まだ幼い女の子だった。
「名前も無くてな、コレとかソレ呼びされていたらしい」
女の子はとたとた、歩いてくる。足も少し悪いのかな。オレはしゃがんで目線を合わせる。どんぐりのように大きくて丸い目をしている。娼婦の娘だけあって器量は良いみたいだ。
「初めまして。オレは朱雨泽だよ。よろしくね」
「は、……じめ…………ま……た」
「うんうん。良い子だね」
頭を撫でてあげると嬉しそうに笑った。オーナーさんがオレの隣に立つ。
「どうだ? 持って帰るか?」
「その言い方はあまり好きじゃないかなぁ」
オレは女の子を抱き上げる。とても軽い。ろくに食わせてもらってなかったのかもしれない。食材には、ならないかな。
「一緒に帰って、一緒にうまいもの食べて、一緒に風呂に入って、一緒に寝るよ」
「気に入ったなら何よりだ。商品にするのも同情しちまうような子だったからな」
「そうそう、仕事の紹介料として今度カエルの唐揚げでも持ってくるね」
「カエル以外にしてくれ」
「うまいのになぁ」
何で皆カエルを食べないかなぁ。ぷりぷりしてあっさりしているのに肉汁がじゅわっとしてうまいのに。
「あ……ぅ……?」
「ああ、ごめんごめん。いきなり抱っこされたら驚くよね。今日から、きみはオレの家族だよ」
「よ……く……ゆー…………ぁ」
「うんうん。よろしくね。オレのことは哥哥で良いよ」
「哥哥、哥哥、哥哥」
「嘻嘻っ、よくできました」
片腕で抱えられるくらいに軽い女の子は覚えたての言葉を繰り返す。出しやすい音と出しにくい音があるのかもしれない。
オーナーさんに挨拶をして闇市を抜け出す。賑やかな表の市場を抜けて、いつものように店に向かう。途中のゴミ捨て場で静静が翼を広げて迎えてくれた。
「カァ!」
「おっ、本当に鳴き真似がうまいね。この子はね、オレの家族の静だよ。静静って呼んであげてね」
「静静!」
「グワァッ!」
「あ、返事したね」
「カァ!」
「グワァッ!」
女の子の鳴き真似に反応して静静は鳴いている。鴉が鳴いたら人が死ぬって言うけど、これはただのじゃれあい。不吉な報せではない。静静の報せは、もっと大きくて低くてよく通る声だから。
女の子は小さな手を伸ばして静静の頭を撫でていた。鴉を恐れずに触れるから、この子はうちの家族に相応しい。名前が無いって聞いてたなぁ……。それなら、ぴったりの名前をつけてあげよう。
女の子を下ろして頭を撫でつつ目をじっと見る。オレと同じ琥珀色の瞳がキラキラ輝いて見えた。
「きみの名前は、雨涵だよ。雨のように周りの人を潤して、愛されるように、ってね」
目が更に輝く。気に入ってくれたみたいだ。静静が隣に飛び降りてきてくれた。こちらにも気に入ってもらえたみたい。家族の末っ子を認めてくれたようだ。
「それじゃあ、オレの店に行こっか。うまいものいっぱい作ってあげるね」
「カァ!」
「哈哈哈、オレ、鴉が好きだから嬉しいな。静静にも後で持ってくるね」
静静は鳴かずにぴょこぴょこ跳ねて、大きな翼を広げて飛び去った。
オレは再び雨涵を抱き上げる。彼女はまた小さく「カァ」と鳴いた。
この日は鴉が鳴いただけだった。
今日の目玉商品! 新入荷! 激安! 売り子の声がよく響いていた。
長い袖を揺らしながら道を行く。オレを見て逃げていく人も数人いた。今日はまだ家族も鳴いていないんだから、逃げなくて良い。腹もそれほど空いていない。これから鳴いたら、一番にさっきの人を食べてやろうかな、とも思った。
狭い路地を抜けていく。ねずみが足元を駆けていった。そういえばねずみの唐揚げもなかなかうまいんだ。今度馴染みの肉屋に仕入れてもらおっかな。
「雨泽、雨泽」
「ハイハイ」
辺りは黒っぽく、じめじめしている。闇市だと言っても、商品を見るためのじゅうぶんな明かりは欲しい。ここまで闇にする必要はないと思う。
オレを呼び止めた人物は、そんな、闇の奥から姿を現した。常日頃贔屓にしてもらってる男だ。名前は知らない。何屋だったかも知らない。聞いたかもしれないけど、忘れた。どうせ偽名なんだから、覚えても仕方ない。裏側に生きる人は大抵の場合は偽名だ。オレは本名だけど、本名だと思われていないかもしれない。まあ、どっちでも良い。呼び名なんて、些細なものだから。
彼もまた人間を食べたがるような男だった。美食の果てに行き着いた答えだった。人間を食べたいなら、勝手にすれば良いと思う。それでオレを訪ねてくるのも好きにすれば良い。オレが人を食う理由とは別物なんだから。
「オマエのとこに奴隷を雇わないか?」
「オレね、そういうの要らないから」
そうだったそうだった。彼は人身売買をしているんだった。その中で自分が食べたいと思った人間を殺してからうちに持ってくるんだ。この殺し方が汚い。血抜きも中途半端だし、何もかもが雑過ぎる。けっこう良い額を出してくれるからいちいち言わないけれど、もっとシケた額なら、彼も食材の仲間入りしてもらいたいところだ。まあ、オレの料理はうまいから、問題は無い。家族だって皆うまいって言うし。
「オマエはいつもそう言うな。奴隷が一人いれば楽できるぞ」
「オレは性奴隷がいなくても食えるから良いの。あんまりしつこいと、あんた、食うよ?」
袖を振ると高い金属の音が鳴る。彼はその音が何かわかったらしく、一目散に逃げていった。
気を取り直して、闇市を歩く。表では絶対に流れない品々が揃っている。特に目的は無い。こうしてたまに闇市に顔を出しておけば、オレに用事がある人の噂を聞ける。
鴉は死肉を啄むから、死体のあるところに現れる。死体を片付けるのが、オレのーー家族の、仕事だ。綺麗さっぱり、無かったことにする街のお掃除屋、と言えば聞こえは良いかもしれない。まあ、実際のところはオレと静静以外は食べ散らかしがひどい。鴉が食べたって、趣があって良いことだけど。
「雨泽、良い品が入ったから見て行くかい?」
「ハイハイ大哥、調子が良いね」
「おまえんとこに卸すので良い廻りができてんだよ。ほらほら、上玉揃いだ!」
こちらは前に料理人を分けてくれた料理店のオーナーさん。肉屋もしているから、食材を見せてくれる。銀色の四角い小さな檻に裸の女達が入れられていた。手枷足枷口枷をされている。目だけは見えているので、怯えきった表情の者や全て諦めたかのような表情の者もいる。
「食用にしては細いんじゃない? それともこれ性処理用の食用なの?」
「相変わらずおまえはデブ好きだな」
「デブが好きなんじゃないよ。脂肪しかないのは嫌い。オレはね、中肉中背が好きなの。手足が長くて細いとか、胸が大きいとか、そういうのよりも、中肉中背。これに限るよ」
「見た目は?」
「食材に見た目の美しさなんて要求しない。オレね、飾り切りすごく得意だからさ。料理を美しくするのすっごくうまいんだよ。味も良くて見た目も良い。いつでも最高の料理に仕立て上げられる」
「そうかい。雨泽の料理人魂には参った」
「せっかく命を頂くんだから、野蛮であっても無礼ではいけない。神の恵みに感謝して頂かないとね」
両手を合わせて微笑む。ちゃりん、と小さく金属の音が鳴る。鈴のような可愛さのある音が。オーナーさんは少し眉を訝しげにあげていた。
「そう言えば、『人間を食べたい』と女の子が来たよ。連絡先を聞いておいたから、仕事を受けてやってくれ」
「ハイハイ。仕事の依頼なら大歓迎だ。何人分調理しようか」
「そこまで話してないから、後は先方と話してやりな」
「わかったよ大哥。連絡しておく」
オーナーさんから名刺を受け取る。けっこう大手の社名が記されていた。このグループなら、あっちできもちいー薬を取引していたような記憶がある。裏の取引も余裕でやるんだから、人間を食べたいって子も出てくるか。それとも、どっかの美食家の無理難題に付き合わされてるか、どっちかな。
オレはどっちでも良い。仕事ならきちんと受けてあげるだけだから。ついでにおこぼれに預かれば良い、人間を一人食べるのにも時間がかかるし量が多い。そこは下処理からオレがやれば、の話だけど。既に処理された人肉を渡されるなら鮮度とか可食部の量が気になるところ。骨ばっか渡されても拉麺のスープしか作れない。
「そういえば雨泽、子どもは好きか?」
「子どもの肉はやわらかくて甘いから好きだよ。死体でも手に入った?」
依頼以外で子どもの調理はしたことがない。肉がやわらかくて口の中でとろけるようでジューシーだけど、徒らに食べようとは思わない。親に虐待されていて可哀想な子とかだったら、救う意味で食べたいけれど、それ以外は遠慮したい。
「死体じゃなくて、生きてる子だ。そこの売春宿の娼婦が産んだ子なんだがな、女は贔屓の男と逃げちまって、子をゴミ捨て場に捨てやがった。うちの店の残飯を鴉と食ってたから持ってきたんだ」
「へえ、そりゃまた可哀想な子だ」
「ろくな教育もされてないから、口もきけない。医者に診せたら、声が出にくい喉をしてるんだと。でもな、ここからよく聞け」
「何? 勿体ぶらずに教えてよ。オレあんまり気が長くないんだから」
「その子はな、鴉の鳴き真似だけは、すごく上手いんだ」
「哈哈哈、良いね。その子は何処にいるの? 会わせてよ」
「こっちだ」
オーナーさんの後ろをついて歩く。
明るい部屋の中にその子はいた。銀のように上品な白色の髪に、琥珀色の瞳をしている。まだ幼い女の子だった。
「名前も無くてな、コレとかソレ呼びされていたらしい」
女の子はとたとた、歩いてくる。足も少し悪いのかな。オレはしゃがんで目線を合わせる。どんぐりのように大きくて丸い目をしている。娼婦の娘だけあって器量は良いみたいだ。
「初めまして。オレは朱雨泽だよ。よろしくね」
「は、……じめ…………ま……た」
「うんうん。良い子だね」
頭を撫でてあげると嬉しそうに笑った。オーナーさんがオレの隣に立つ。
「どうだ? 持って帰るか?」
「その言い方はあまり好きじゃないかなぁ」
オレは女の子を抱き上げる。とても軽い。ろくに食わせてもらってなかったのかもしれない。食材には、ならないかな。
「一緒に帰って、一緒にうまいもの食べて、一緒に風呂に入って、一緒に寝るよ」
「気に入ったなら何よりだ。商品にするのも同情しちまうような子だったからな」
「そうそう、仕事の紹介料として今度カエルの唐揚げでも持ってくるね」
「カエル以外にしてくれ」
「うまいのになぁ」
何で皆カエルを食べないかなぁ。ぷりぷりしてあっさりしているのに肉汁がじゅわっとしてうまいのに。
「あ……ぅ……?」
「ああ、ごめんごめん。いきなり抱っこされたら驚くよね。今日から、きみはオレの家族だよ」
「よ……く……ゆー…………ぁ」
「うんうん。よろしくね。オレのことは哥哥で良いよ」
「哥哥、哥哥、哥哥」
「嘻嘻っ、よくできました」
片腕で抱えられるくらいに軽い女の子は覚えたての言葉を繰り返す。出しやすい音と出しにくい音があるのかもしれない。
オーナーさんに挨拶をして闇市を抜け出す。賑やかな表の市場を抜けて、いつものように店に向かう。途中のゴミ捨て場で静静が翼を広げて迎えてくれた。
「カァ!」
「おっ、本当に鳴き真似がうまいね。この子はね、オレの家族の静だよ。静静って呼んであげてね」
「静静!」
「グワァッ!」
「あ、返事したね」
「カァ!」
「グワァッ!」
女の子の鳴き真似に反応して静静は鳴いている。鴉が鳴いたら人が死ぬって言うけど、これはただのじゃれあい。不吉な報せではない。静静の報せは、もっと大きくて低くてよく通る声だから。
女の子は小さな手を伸ばして静静の頭を撫でていた。鴉を恐れずに触れるから、この子はうちの家族に相応しい。名前が無いって聞いてたなぁ……。それなら、ぴったりの名前をつけてあげよう。
女の子を下ろして頭を撫でつつ目をじっと見る。オレと同じ琥珀色の瞳がキラキラ輝いて見えた。
「きみの名前は、雨涵だよ。雨のように周りの人を潤して、愛されるように、ってね」
目が更に輝く。気に入ってくれたみたいだ。静静が隣に飛び降りてきてくれた。こちらにも気に入ってもらえたみたい。家族の末っ子を認めてくれたようだ。
「それじゃあ、オレの店に行こっか。うまいものいっぱい作ってあげるね」
「カァ!」
「哈哈哈、オレ、鴉が好きだから嬉しいな。静静にも後で持ってくるね」
静静は鳴かずにぴょこぴょこ跳ねて、大きな翼を広げて飛び去った。
オレは再び雨涵を抱き上げる。彼女はまた小さく「カァ」と鳴いた。
この日は鴉が鳴いただけだった。
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