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第二話
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「白鴉」と言えば、多くの人が気味悪がる。ただでさえ不吉な鴉が、どうしたものかと白い。珍しいからと吉兆の証というものもいたが、鴉というだけで嫌がる人も多い。
そんな白鴉を看板にひっさげた料理店がある。料理もうまく、料理人の腕が良い証拠だろう。だが、その料理人がけっこうな頻度でいなくなっている。これで今月三度目の交代だ。
「雨泽。また料理人が変わってないか?」
「うん。味が良いとお別れが早いよね」
「あーあ」
友人であり、この店の管理をしている雨泽と話す。
彼は背が高く顔も整っているからか女からの人気が凄まじい。いつ見ても隣に女がいる。彼自身も料理上手なので料理人がいない時は彼が厨房に立っている。今日は彼が厨房に立っている日だった。昼の繁忙期も過ぎ、夕方からの仕込みを始めるこの時間、常連客である俺は店で話を続けていた。
「そういえば、あの彼女とはうまくやってんの?」
「玲玲のこと? それなら三日前に食ったよ」
「うわぁ、このモテ男め! 手を出すのが早いだろ。付き合って一ヵ月もしてないだろうに」
「オレはね、きれーなものとかわいーものとうまいものが好きだから」
雨泽は人懐こい笑みを浮かべながら、ちょいちょいっと手に持ったお玉を振る。ちょうどスープの仕込みをしていたところだったらしい。長い寸胴鍋には、様々な香草や骨が浸かっていた。小皿にスープを取り分け啜っている。
「へいへい。で? その後は?」
「お別れしたよ。食べたから」
「まーた、そんなことして! もっと長続きしろよ!」
玲玲はこの店の常連客だったから俺もよく知っていた。とても可愛い女だったからよく覚えている。あわよくば、俺も付き合いたいと思っていたくらいだ。フラれて傷ついて弱っている今なら優しくするだけでいけるだろうか。だけど、連絡先がわからない。
「玲玲の連絡先を教えてくれ、慰めてやりたいから」
「えー、個人情報の取り扱いは厳重にしないと駄目だよ」
「そういうとこはしっかりしてんだな」
「依頼なら、良いけどね」
「ガメツイ! これで顔が良いからって許されるのが腹立つな!」
「うん。オレね、女の子によくかわいーって言われるんだ」
雨泽は調味料を手にしつつ答える。笑った口から鋭く尖った長い犬歯が見えた。彼の家系は皆こうして犬歯が長いのだと言っていた。
相変わらず寸胴鍋ではスープが作られている。骨を入れているからか灰汁が雲海のように浮いている。それを雨泽は丁寧に掬い、取り除いていた。雲海の晴れたスープは黄金色に輝き、芳ばしい香りが室内中に広がっている。
味見をする仕草に妙な色気があり、思わず目を逸らした。
「そういえば、今日は珍しい食材が入ったんだよ。今スープにしてるけど」
「へえ。珍しい食材って何だ?」
恐る恐る尋ねる。
前に雨泽がこう言って出してきた料理はカエルの唐揚げとチャウチャウの肉餃子だったな、と思い浮かべる。雨泽はカエルの唐揚げが好きだと言っていた。好きなのに、店ではあまり出ないからメニューに入れてないと言っていた。チャウチャウについても犬肉ってけっこううまいのになぁなんて声を溢すくらいだった。
「今日はね、猿が入ったんだ。とても活きの良い猿だったから、骨も余すことなくスープにしてる」
「さ、猿かぁ」
脳味噌は揚げると付け加えていた。人間に近い猿を食うのはなんだか躊躇われる。俺はそっと席を立つ。このままだと味見をしないかと言われそうだったからだ。雨泽の作る料理はどれもうまいが、なんだか妙な中毒性がある。それでいて、猿なんて食ったらハマッた時にまずいことになる。
「帰るのー? 味見していってもらおうかなって思ったのに」
「また今度にしておくよ。そろそろ仕事に戻らないと」
「そっか。じゃあ、またのご来店をお待ちしてます」
厨房から出て来て雨泽は見送りのためにドアを開いてくれた。背が高いので、視線が首の辺りになる。チョーカーの金属部分が光っていた。遠くのゴミ捨て場に鴉が群がっていた。ゴミ袋が破かれて野菜のクズや肉の破片が飛び散っていた。食い散らかしていくから、やっぱり鴉は縁起が悪い。何でこの店は白鴉なんてひっさげてんだか。
振り向いて雨泽を見上げる。彼は目を細めて人懐こい笑みを浮かべていた。
「今日は鳴かないかな、あの子達も」
「鴉が鳴いたら人が死ぬから、できることなら鳴かないで欲しいよなぁ」
俺の言葉に雨泽は咯咯笑っていた。
「今日は鳴かないから、大哥は心配しなくて良いよ」
歌うように同じ言葉を繰り返し、雨泽は口に手を当てて笑っている。そういえば、三日前に会った時は長い袖で手が全く見えてなかった。
「それじゃあ、また来てね。今度は大哥と料理を一緒に食べたいと思うから」
「お、おう」
耳元で囁くように言われて、背筋を悪寒が滑り落ちて行った。でかくて男だけど、可愛い顔をしてるから悪い気はしないな。
雨泽に背を向け、手を振りながら歩き始める。ゴミ捨て場を通った時、鴉と目が合った。鋭い目かと思えば意外と優しい可愛い目をしている。じっくり見れば、可愛い顔してるものなんだな。不吉だけれど。
その日は鴉が鳴かなかった。
そんな白鴉を看板にひっさげた料理店がある。料理もうまく、料理人の腕が良い証拠だろう。だが、その料理人がけっこうな頻度でいなくなっている。これで今月三度目の交代だ。
「雨泽。また料理人が変わってないか?」
「うん。味が良いとお別れが早いよね」
「あーあ」
友人であり、この店の管理をしている雨泽と話す。
彼は背が高く顔も整っているからか女からの人気が凄まじい。いつ見ても隣に女がいる。彼自身も料理上手なので料理人がいない時は彼が厨房に立っている。今日は彼が厨房に立っている日だった。昼の繁忙期も過ぎ、夕方からの仕込みを始めるこの時間、常連客である俺は店で話を続けていた。
「そういえば、あの彼女とはうまくやってんの?」
「玲玲のこと? それなら三日前に食ったよ」
「うわぁ、このモテ男め! 手を出すのが早いだろ。付き合って一ヵ月もしてないだろうに」
「オレはね、きれーなものとかわいーものとうまいものが好きだから」
雨泽は人懐こい笑みを浮かべながら、ちょいちょいっと手に持ったお玉を振る。ちょうどスープの仕込みをしていたところだったらしい。長い寸胴鍋には、様々な香草や骨が浸かっていた。小皿にスープを取り分け啜っている。
「へいへい。で? その後は?」
「お別れしたよ。食べたから」
「まーた、そんなことして! もっと長続きしろよ!」
玲玲はこの店の常連客だったから俺もよく知っていた。とても可愛い女だったからよく覚えている。あわよくば、俺も付き合いたいと思っていたくらいだ。フラれて傷ついて弱っている今なら優しくするだけでいけるだろうか。だけど、連絡先がわからない。
「玲玲の連絡先を教えてくれ、慰めてやりたいから」
「えー、個人情報の取り扱いは厳重にしないと駄目だよ」
「そういうとこはしっかりしてんだな」
「依頼なら、良いけどね」
「ガメツイ! これで顔が良いからって許されるのが腹立つな!」
「うん。オレね、女の子によくかわいーって言われるんだ」
雨泽は調味料を手にしつつ答える。笑った口から鋭く尖った長い犬歯が見えた。彼の家系は皆こうして犬歯が長いのだと言っていた。
相変わらず寸胴鍋ではスープが作られている。骨を入れているからか灰汁が雲海のように浮いている。それを雨泽は丁寧に掬い、取り除いていた。雲海の晴れたスープは黄金色に輝き、芳ばしい香りが室内中に広がっている。
味見をする仕草に妙な色気があり、思わず目を逸らした。
「そういえば、今日は珍しい食材が入ったんだよ。今スープにしてるけど」
「へえ。珍しい食材って何だ?」
恐る恐る尋ねる。
前に雨泽がこう言って出してきた料理はカエルの唐揚げとチャウチャウの肉餃子だったな、と思い浮かべる。雨泽はカエルの唐揚げが好きだと言っていた。好きなのに、店ではあまり出ないからメニューに入れてないと言っていた。チャウチャウについても犬肉ってけっこううまいのになぁなんて声を溢すくらいだった。
「今日はね、猿が入ったんだ。とても活きの良い猿だったから、骨も余すことなくスープにしてる」
「さ、猿かぁ」
脳味噌は揚げると付け加えていた。人間に近い猿を食うのはなんだか躊躇われる。俺はそっと席を立つ。このままだと味見をしないかと言われそうだったからだ。雨泽の作る料理はどれもうまいが、なんだか妙な中毒性がある。それでいて、猿なんて食ったらハマッた時にまずいことになる。
「帰るのー? 味見していってもらおうかなって思ったのに」
「また今度にしておくよ。そろそろ仕事に戻らないと」
「そっか。じゃあ、またのご来店をお待ちしてます」
厨房から出て来て雨泽は見送りのためにドアを開いてくれた。背が高いので、視線が首の辺りになる。チョーカーの金属部分が光っていた。遠くのゴミ捨て場に鴉が群がっていた。ゴミ袋が破かれて野菜のクズや肉の破片が飛び散っていた。食い散らかしていくから、やっぱり鴉は縁起が悪い。何でこの店は白鴉なんてひっさげてんだか。
振り向いて雨泽を見上げる。彼は目を細めて人懐こい笑みを浮かべていた。
「今日は鳴かないかな、あの子達も」
「鴉が鳴いたら人が死ぬから、できることなら鳴かないで欲しいよなぁ」
俺の言葉に雨泽は咯咯笑っていた。
「今日は鳴かないから、大哥は心配しなくて良いよ」
歌うように同じ言葉を繰り返し、雨泽は口に手を当てて笑っている。そういえば、三日前に会った時は長い袖で手が全く見えてなかった。
「それじゃあ、また来てね。今度は大哥と料理を一緒に食べたいと思うから」
「お、おう」
耳元で囁くように言われて、背筋を悪寒が滑り落ちて行った。でかくて男だけど、可愛い顔をしてるから悪い気はしないな。
雨泽に背を向け、手を振りながら歩き始める。ゴミ捨て場を通った時、鴉と目が合った。鋭い目かと思えば意外と優しい可愛い目をしている。じっくり見れば、可愛い顔してるものなんだな。不吉だけれど。
その日は鴉が鳴かなかった。
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