白鴉が鳴くならば

末千屋 コイメ

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第一話

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 ぴちょん、ぴちょん……。水の音が駐車場に響く。
 今朝から降り続いた雨の名残だろう。湿った空気が男の肌を湿らせた。
 琥珀色とも碧玉へきぎょく色とも言える瞳を煌めかせながら、男はアスファルトを蹴って先を行く。背の高い男だった。大抵のものを見下すことができるような、男だった。
「ハァイ! 大哥にーに! お待たせ!」
 飄々と軽く、男は声をかける。シニヨンカバーの布がふわり、夢見るように揺れている。大きく振る手は長い袖に隠されていて、布擦れの音だけがバサバサと大きく鳴っていた。
 黒い車に寄りかかり煙草をふかしていた相手は、視線だけを人懐こく笑う男に向ける。
「初めまして大哥にーに! オレは、ヂュ雨泽ユーズゥァ。よろしく」
「ああ、よろしく。俺はラウだ」
 劉は咥えていた煙草を捨て、革靴で踏み潰す。その様子は雨泽は珍しいものを見るかのような目で見つめていた。少し影の落ちた表情をした後、ふいっ、と人懐こい笑みを浮かべる。
「劉大哥。早速だけれど、本日は何をお求めで? まあ、こんなところで取引するくらいだから、鴉が鳴くような事だろうけどね」
 雨泽は、劉と視線を合わせるため少し屈んで微笑む。長い袖に隠れて手元は一切見えないままだ。少し、金属の擦り合うような音が聞こえたようだが、きっと気のせいだろう。劉は口を開く。
「ああ。鴉を鳴かせて欲しい」
「ハイハイ。何回鳴こうか?」
「一回で良い」
「男? 女? どちらかな?」
「男」
「なるほどなるほど」
 殺しの依頼だった。
 ふわふわ、夢見心地のように長い袖が揺れている。ちゃりんちゃりん、と軽い音が聞こえてくる。金属が擦り合う音だ。雨泽は目を細めて劉の依頼内容を聞いていた。落ち着きがないのかずっと袖が揺れている。その事に劉は眉間に皺を寄せていたが、喋り方が子供の様に幼かったので、だと思うことにした。
 劉は日頃から闇市での抗争に悩んでいた。最近自分の管轄シマに新興組織が入ってくる。そいつらを何度圧制しても、再びわいてくる。自組織の部下達も幾度なく襲われ、命を奪われたものもいた。このままではボスに示しがつかない。失った戦力の補充、そして向こうの幹部を葬ろうと思ったのだった。
 友好同盟にある組織からの紹介で、雨泽と接触することができた。彼がどういった人物であるかを劉は知らなかった。ただ、同盟相手を信じていたのだ。あそこの組織なら、信頼するに値する。常に対等な関係にあり、どちらも得するような取引をするような組織だった。
 劉の説明は続く。
 元締めは名前を聞くだけで誰もが震えるような大きな組織だが、末端に行くほど似て非なるものとなる。標的は、末端のまた末端。つまりは、チンピラグループの喧嘩ぐらいの規模だった。
 雨泽にとっては、正直、仕事として受けるには物足りないくらいだった。切れ長の瞳を細め、曖昧に笑う。
「報酬は?」
「これでどうだ」
 と劉は封筒を差し出す。
 雨泽は中身を確認して、小さく溜息を吐いた。
 チンピラグループの喧嘩だから少額なのはわかりきっていたが、予想よりも少ない。足元を見られているとかそういう問題ではない。
 他人に金を払うより、自分で解決しなよ、と喉元まで出る声を抑える。雨泽にとっても、日頃から贔屓にしてくれている組織の紹介なので、何とかしてやろうと思う心はある。劉ではなく、組織側の気持ちを汲み取ることが最優先になるのだが。
「大哥、残念だけど、こんなにちっぽけな金じゃ受けられないかな。一応、こちらも商売だからね。一人殺すにしても二人殺すにしても、死体の処理は大変だ。嗅ぎつけられれば面倒事になる」
 治安の悪い地域で人が死のうが政府は無干渉だが、常識的な話として言っておく。そして、贔屓にしてくれている組織の為にも、雨泽は一つの提案をする。これが、組織の望んだもの。これが、紹介という名の――依頼だった。
「――でも、一つだけ、オレがあんたの依頼を受けて良いと思える方法がある」
「それは?」
「オレね、料理が得意なんだ。オレの作る料理はうまいと家族の皆言う。だから、オレの家に来てくれたら、あんたの依頼を受けてあげよう。客人が来れば家族も喜ぶさ」
 長い袖を大きく振り、雨泽は笑う。にんまり笑った口から鋭く尖った長い犬歯がよく見えた。
「ならば、それで。お前の家に行こう」
哈哈哈ははは! じゃあ、一名様ご案内!」
 ――しゃんっ!
 それは、一瞬だった。雨泽の隠れていた手が見えたと思えば、既に終わっていた。
 頸動脈から血が溢れていく。劉は何が起こったかわからぬまま、どうっとアスファルトに身体を叩きつけた。どくどくどく、溢れる血が地面を濡らしていく。あーあ、勿体ない。そう呟いた雨泽は冷ややかな目で相手を見下しながら、しゃがむ。血の溢れ出る首に食らいつき、血を啜る。ひどくまずい血だった。うぇっと低い呻き声をあげ、口を袖で拭う。白い衣に赤色がよく映えていた。
 くるくるくる、赤く濡れた金属を回し、袖に片付けた。じんわり、熱が奪われていく。
「さて、血はまずいし、肺は臭そうだけど、食えるとこはあるかな……。ご贔屓にしてくれてるあの人にあげよっと。よし、あともう一体、取りに行くか。劉大哥のご依頼だもんね」
 悪戯っぽく「カア」と鳴くと、雨泽は首から血を流す食材を担ぎ上げる。白い衣が赤く染まっていく。
 ――血に染まって紅白で縁起が良い、哈哈哈! 笑い声が薄暗い道に響く。
 黄昏時の、出来事だった。

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